白羽根

「そこまで知ってるんやったら・・・」


 マイが言うには才能のある料理人はなかなか婿養子になってくれへんらしい。やっぱり婿養子の地位は辛いと思われるし、龍泉院の婿養子やから今度は龍泉院の看板が重荷になるぐらいで良さそうや。


 この辺はマイも苦笑いして言うとったけど、婿を取る側の娘にも問題があるそうや。いくら龍泉院の看板と財産が付いとっても、性格がイジけたヘチャムクレやったら逃げられるってな。それこそ小糠三合の世界やな。


「そやから、うちも厳しゅう躾けられた」


 そうは見えんが、


「うるさいわい。あんたらの目は節穴か」


 マイがお嬢様なのは見とったらわかる。あんだけ綺麗にご飯食べれるやつはそうはおらん。龍泉院の娘やったら当然やけど、ギャルっぽく振舞おうとはしとるが、叩き込まれた礼儀作法は隠せるかい。


 マイは龍泉院の娘として婿を迎えるのに申し分のない教養と美貌は備えとる。別に龍泉院の看板がのうても男が群がってくる美人でエエやろ。


「それは言い過ぎやと思うけど・・・」


 やっぱり龍泉院の財産目当てが集まって来るらしい。どこの世界も同じやな。ゼニの匂いがしたら群がるもんや。これもそれだけやない。マイもセットで手に入るんやから、群がって来ん方が不思議やろ。


 問題はマイの親父が婿候補にしてるやつで良さそうや。龍泉院の婿養子やから、腕利きの料理人になるはずやけど、


「それやったらうちも逃げださん。これでも龍泉院の娘や」


 そこまで言えるか。これは見直したな。てっきり、ぶっさいくな偏屈な料理人を押し付けられそうになって逃げたかと思うとったが、


「バカにせんといてくれる。小さい時から料理人の世界で育ってるんやで。料理人は顔やない腕や。他に何が要るんや。うちはな、顔やのうて腕に惚れるんや」


 ひゃぁぁ、こりゃ筋金入りや。そやのに話が迷走したんはマイの婿候補がなぜか料理人やないんよ。そいつをマイの親父はゴッツイ気に入ってるらしいが、


「うちには理解できへんねんけど」


 そいつが提案しとるんは、


「龍泉院の名を使うたビジネスや」


 料理の世界の龍泉院ブランドは高いから、これを利用したビジネス展開をやろうってことやな。


「それって諸刃の剣じゃない」


 そのリスクはあるし失敗したとこも多いんよ。最初はブランド・イメージで売り出せるけど、儲けに走って質が落ちたら、ブランド・イメージが失墜して倒産したとこも多いねん。料理も様々やけど超一流の味は大量生産に向かんとこが確実にある。


「親父はノリノリでバンバン話を進めてもて」


 マイの父親も婿養子で肩身が狭い思いをしとったはずやから、ドカンと儲けて見返してやりたいぐらいかもしれん。


「アイツだけは死んでも嫌や」


 エライ言われようやけど、女が嫌うタイプの男で代表的なんは、


『チビ、デブ、ハゲ』


 とりあえず三拍子そろとるらしい。さらにやけど、


「食い方は汚いし、貧乏ゆすりでテーブルが揺れまくるわ。どこに行っても態度は横柄やし、不潔やし、時間にルーズやし、話は幼稚でつまらんし、タンをそこいら中に吐きまくるし、なんかあったら爪噛んでるし、酒癖悪いし・・・」


 おいおい、なんぼ並べるんや。


「それだけやないで。うちの前で女をカネで買って遊んだんを武勇伝みたいに自慢するって信じられっか」


 こりゃ質が悪過ぎるな。武勇伝自慢は昔は喧嘩が強かったとかのヤンチャ自慢が多いんやけど、女性遍歴、それも買った女の自慢をするアホは最低どころか男のクズやで。


「そんな最低野郎を押し付けられたら逃げへん方がおかしいやろ」


 そやな。で、相手は誰やねん。


「白羽根亮介や」


 えっ、選りもよって白羽根か、


「危ないね」

「危ないどころやないやろ」


 白羽根亮介の父親は白羽根大介。白羽根産業の社長や。一代で白羽根産業を作り上げた辣腕やけど、


「儲けるためには汚い手段を平気で使うのよね」

「それがビジネスやけど、あの野郎はエグツナイぐらいやもんな」


 白羽根産業は一部上場の大企業やけど、一方で札付きのブラック企業として有名なんよ。


「ブラックなんて甘いよ、ブラック・ホールだよ」


 自殺者だけでも何人出てることか。精神を病んで廃人になったクラスは数えきれんぐらいと言われとる。まあ、自分とこの社員をこき使うのは経営者の仕事みたいなもんやし、うちもそうや。そやけど白羽根のとこは度を越してるのは間違いあらへん、


「そうよね。あそこはどれだけサービス残業をするかが評価の基準だものね」

「あれやろ、家いらずで済むってやつ」


 噂だけやけど、一度出社したら、次にいつ家に帰れるかわからへんってやつや。それこそ月に一回とか、二回レベルやから会社に住んでるようなもんや。会社から帰ると言うか、出たら、


「ビジネスホテルに泊まるとか、ネカフェって話もあったし、公園のベンチで野宿って噂もあったよ」


 さすがに都市伝説やと思てるけど。そんな白羽根がやりそうなことは、


「そうだね。龍泉院と関白園ブランドでしゃぶり尽くすように儲けるぐらいだよ」


 そのためにマイと結婚か。人質みたいなもんやな。マイは一人娘やから、結婚して抑え込まれたら白羽根のやり放題か。


「白羽根ならやるよ。別名白アリ産業だからね」


 そやねんよな。前科はテンコモリつうか、そうやって伸し上がって来た会社やもんな。マイは、


「爺ちゃんは反対やねん」


 そやけどマイの爺ちゃんは隠居状態で反対しきれへん状態やそうや、


「婚約まで話が進んでしもたからロケットのカギを渡してくれたんや」


 マイは軟禁状態にされてたみたいやけど、爺ちゃんの手引きで逃げ出したで良さそうや。さてどうしたもんか。


「誰なんや、あんたら」

「旅の仲間よ」


 別に白羽根産業がどんなシノギをやろうとも、関わってこん限り手出しはせえへんけど、


「関わっちゃったものね」

「そやもんな」


 ここでマイを見放したら目覚めが悪いやろ。


「コトリ、どこまでやるの」

「そんなもん相手次第や」


 正義の味方をやる気はあらへんけど、降りかかってくる火の粉は払わせてもうらわ。


「あんたらかってタダでは済まんようになるで」

「あら、いくらかしら」

「そうや、タダより高いもんはこの世にあらへんぐらいは教えられるで」


 しばらくヒマ潰し出来そうや。まずは津和野で観光や。

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