夕焼け小焼けライン

「なんかつかんでくれたら嬉しいな」

「きっと頑張れるよ」


 二日ほどやったけど、笹岡君も原田君もエエもん持っとると思うで。そやけど今はそんだけや。


「なんかおらんようになったら寂しいな」

「旅の出会いってそんなものよ」


 ホンマは寂しいクセに無理しよるわ。大洲まで一時間ほどやった。大洲まちの駅あさもやに移動してバイクを置いて、じゃ~ん、


「わぉ、人力車なの」


 ホンマは男と乗りたいけんど、


「それを言っちゃおしまいよ」


 ユッキーとでも楽しいで。男とはまた来たらエエやんか。とにかくフルで回ってくれと頼んどいた。人力車が終わったら土産物も買い込んだ。削りかまぼこ、塩ぽんず、奥地あじ一夜干し、伊予柑クッキー・・・


「ミルクイリコは見たこと無いな」

「生タイのお茶漬けって美味しそうじゃない」

「あらくれポークソーセージってイノシシだって」

「じゃこ天は外せんな」


 他にもテンコモリ買ったんやが、


「宅配で」


 そうバイクに載らへんかった。ここまでもあれこれ買うてるし。そしたら大洲コロッケ頬張ってるユッキーが、


「コトリも食べてるじゃない」


 これも変わってるわ。コロッケいうたらジャガイモやねんけど、大洲コロッケはサトイモやねん。


「それだけじゃないよ」


 大洲に、いもたきって郷土料理があるらしゅうて、さといも、揚げ、鶏肉、椎茸とか野菜を煮込む鍋料理ぐらいやけど、


「山形の芋煮みたいなものかな」

「発想的には似てるんちゅか。つうか、日本全国ありそうな気がする」


 それをコロッケに仕立てとるねん。


「よもぎうどんも食べようよ」

「そやな、最後のツーリングの前に腹ごしらえや」


 うどんによもぎを混ぜ込んでるのは珍しいな。こりゃ、なかなかのもんやな。そろそろ行こか。コトリとユッキーは肱川を河口まで走って、海岸線に出た。国道三七八号、愛称が夕焼け小焼けラインや。


 道は松山に向かって北東に走るけど、西側が海やから海に沈む夕日が綺麗で有名なんよ。目指すは下灘駅。無人駅やからホームに自由に入れるんやけど、なんの変哲もないホームの向こうが遮るもののない海や。


「時間はどう」

「エエぐらいになるはずや」


 最高の時間帯は日没前らしい。これを見ずに夕焼け小焼けライン走る意味があらへんぐらいとも言われとる。


「それは大げさだけど、見れる人はラッキーよ」


 そやけど下灘駅には夕焼け小焼けラインからは直接行かれへんねん。あそこの構造は海があって、夕焼け小焼けラインがあって、一段上がって下灘駅になってるんよ。そやから、えっとえっと、


「ユッキー、次の信号曲がるで」

「らじゃ」


 踏切を渡ったら、あったあった。さすがは人気スポットや。ぎょうさん人が集まってるわ。


「そっかディーゼルだから電線がないのか」


 こりゃ、まさに瀬戸内海に沈む夕日やで。


「日没なんて数えきれないぐらい見てるけど、日没を楽しんで見るなんて初めてかもしれない」


 言われてみればそうや。朝日は御来光としてわざわざ見に行くことはあるけんど、夕日を拝みに行ったりせえへんもんな。仕事中やったら日が暮れたぐらいにしか思わへんし、旅行中かって宿まで焦らす材料ぐらいにしか感じへんもんな。


「それもあるけど、夕日を見るって朝日と全然違うのよね」


 朝日は見てると元気が出ると言うか、今日も一日頑張るぞって励みになってくれるけど、夕日は物寂しいんよね。良く人生の終わりを黄昏って表現するけどまさにピッタリや。沖天にあれだけ輝いてた太陽が真っ赤に燃え尽きながら沈み、周りをすべて闇に包み込んでいくからな。


 それでも綺麗や。こうやって人生終わるってのが実感する感じがする。すべての業を成し終えて静かに眠りに着く時か、


「今度の旅は平家落人伝説が多かったけど、


『驕れる心も猛き事も取々にこそ有りけれども、遂に滅びにき』


 こんな感じかな」

「いっぱい見て来たからな」


 帝国でも王朝でも全盛に向かう時は永遠に続くんやないかと思うぐらいやってんよ。それぐらい活力が満ち溢れとったし、戦争で負けても跳ね返すぐらいの強靱さがあったんよ。それが沖天から下り始めると、なにをやっても裏目裏目や。


「わたしたちもそうだった」

「だよな」


 こうやって夕日をじっくり見るのは初めてやけど、歴史の夕暮れは見て来たもんな。古代エレギオン王国もそうやった。ユッキーと王国を三千年、亡国の遺民を率いて千六百年。どれだけ頑張っても日は沈んでもた。


「でもね、でもね、日は沈むけど、また昇るのよ。今沈んでいる太陽も明日の朝には希望と共に昇って来るの」


 ユッキーは、


「秋は夕暮。夕日のさして山の端いと近うなりたるに、烏の寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛びいそぐさへあはれなり。まいて雁などのつらねたるが、いと小さく見ゆるはいとをかし。日入りはてて、風の音、虫の音など、はたいふべきにあらず」


 ニコッと笑ったユッキーは、


「清少納言はエライよね。ちゃんと夕日の楽しみ方を知ってるし、秋の夜の楽しみ方も知ってるじゃない。夕日は終わりじゃないんだよ、夜の始まりだよ」


 そうやってユッキーはエレギオンを背負い続けたんやろな。時代がどう変わろうと希望を燃やし続けていたのはよう知っとる。だからあれだけ続いたんやもの。


「そうでもないよ。夜は終わりじゃないのよ。明日への始まりだし、夜は燃えるためにもあるじゃない。ずっと昼間ばっかりじゃ、やりにくいじゃない」

「夜に子作りに励んでもらわんと国が亡ぶしな」


 あははは、夜になると女が燃える時間になるか。


「そうよ、燃えに燃えて朝に燃え尽きるの」

「毎晩やったら男が死ぬで」

「そんな情けない男は選ばないよ」


 そう言えば、


「夜這いしたんか」

「仕掛けてくれてたら応じてたわよ。それが夜の礼儀じゃない」


 今どきの子じゃ無理やろ。それが悪いとは言わんけど、さすがに時代が変わったで。そやけど、求めるのは男の仕事やとコトリは思とるで。女は求められて気が乗れば応じるぐらいや。気が乗らんで応じてへんのを無理やりやったらレイプや。


「コトリを襲える男なんていないよ」

「ユッキーもな」


 女神のエッチの話はどうでもエエけど、コトリはどこかで平家一門が羨ましいところがある。別に入水自殺をしたいわけやないけど、あれぐらい敗者の美学を体現したんは、他にあらへん気がするねん。そやから、あれだけ平家物語が愛されるんやろ。


 平家の滅びはあれこれ遠因や原因はあるけど、あれだけの打たれ強さは他に類を見いひんと思てる。富士川で無様に敗走し、倶利伽羅峠で惨敗を喫し、都落ちから、福原落ちした時点で普通は木っ端微塵や。


 そこから一の谷に大要塞を築くまでに復活し、一の谷でコテンパンに負け、屋島を失落しても壇ノ浦に決戦兵力をかき集めた底力はか弱い公達やあらへん。誇り高き勇者の軍団や。


「二位尼も格好良いね」


 目の前の敗戦にも毅然とし、草薙の剣と八尺瓊勾玉を持ち、安徳天皇と怯むことなく入水してるんからな。


「たぶんだけど、二位尼は草薙の剣を振りかざしたと思ってるの。その姿が源氏の武者たちによほど印象的に映り、見た者には一生忘れられないものになったと思ってる」

「コトリもそんな気がする。壇ノ浦で草薙の剣だけは間違いなく失われたとしてるぐらいやからな」


 ここからは見えへんけど、あの方角やろな。


「平家一門が最後まで崩れなかったのは二位尼の統率力だったで良いと思ってる。都落ちも、一の谷も耐え抜けたのもそう。男じゃ、あそこまで無理よ」

「あははは、ゲラスで魔王に木っ端みじんにされても復活できたのは、首座の女神の鋼の心と求心力やもんな」


 ユッキーはふっと笑って、


「わたしだけでは無理だった。次座の女神がいたから頑張れたのよ。次座の女神なら必ず勝ってくれるってね」


 勝ったんは勝ったけど、


「あんな時代だけはもうコリゴリね」

「もういらん」


 日が完全に沈むまで下灘駅の夕日を見て、


「ちょっと急ぐで」

「乗船時刻は八時だものね」


 名残惜しかったけど下灘駅を後にして一路松山へ。松山市内の渋滞をなんとかクリアして、


「また最後はフェリーだね」

「だからエエんやないか」

「何食べる」

「宇和島鯛めしだけはパス」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る