事件発生

 昼飯も終わったからレンタサイクル返しに行って五百羅漢を見て大森のバス停からバス乗って世界遺産センターに引き返したんよ。ここも資料館になっとるから最後の仕上げに見学しようかと思とってん。バスから降りて世界遺産センターに向かいかけた時にマイが、


「悪いけど、ここでバイバイにさせてもらうわ」


 食い逃げかと一瞬思たけど、マイの表情が変わっとる。一目散にバイクに向かってダッシュしよった。


「コトリ、これって」

「ホンマもんどころのお嬢さんやなさそうや」


 コトリらは第二駐車場にバイク駐めとってんけど、第一駐車場の方に黒づくめの男が四人ほどウロウロしてるんが見えたわ。なんやねんあれ。葬式ちゃうやろし、こんなとこにヤーさんの観光もおかしいやろ。


 マイのトライアンフが駐車場から出てきたら、その黒づくめ集団がこっちに向かって走って来やがった。ゴッツイ連中やねんけど、


「待て」


 あんなゴッツイ連中に追いかけられて誰が待つか。


「追え」


 白昼の世界遺産センターの駐車場やで。みんな変な顔しとるわ。


「コトリ、マイを追うよ」

「よっしゃ」


 ユッキーはその気か。コトリもやけどな。バイクに乗ってマイを追いかけた。ちらっと第一駐車場の方を見たら黒づくめ集団は走っとったから自分らのクルマに戻る気やろ。マイを追っかける気やな。


 マイのロケットは遅いバイクじゃない。なにしろトルクが二十キロもあるもんやから強烈なダッシュ力がある。そやけどコーナーリングが得意とは言えん。さらに石見銀山からは下りや。超重量級のロケットをそうは飛ばせるもんか。


 コトリたちのバイクも他人の事は言えん。マッド・サイエンティストの変態集団が作りよった超軽量バイクやからな。そやけどこの下りやったらなんとか追いつけるで。


「コトリ、そういうけど飛ばすと怖すぎるよ」


 安定感ってやつが極端にあらへんから、飛ばすのは嫌やねんけど今はしゃ~ない。


「マイはどっちに行ったと思う?」


 県道四十六号は大森の街はずれぐらいに県道三十一号に曲がる道がある。まっすぐ県道四十六号を走れば大田、県道三十一号やったら仁摩や。


「マイは仁摩に行くはずや」


 逃げるんやったら一般道は信号があるから追いつかれやすくなる。そやから山陰自動車道に乗りたいはずやねん。マイのロケットが高速に乗ってもたらクルマやったら追いつけれへんからな。大田までの方が遠いから、目指すなら仁摩石見銀山ICのはずや。県道三十一号を突っ走っとったらマイの姿が見えて来た、


「ユッキーもうちょっとや」

「まだ遠いね」


 もうちょい詰めんとインカムは無理やな。うまい具合にトラックに引っかかってくれとる。一挙に距離を詰めて、


「マイ、高速乗らんと真っすぐ行け」

「それはアカンやんか」

「コトリを信じんかい」


 マイを追い抜いて先導して、


「トラック追い抜くで」


 ICの入り口をすっ飛ばして、だいぶ市街地に入って来たな。そろそろのはずやねんけど、


「コトリ、右にサンド・ミュージアム駐車場ってあるけど」

「次の交差点を左に曲がってサンドミュージアムに行くで」


 ユッキーが見つけたんが仁摩サンド・ミュージアムのクルマの駐車場や。ホンマはそっちにバイクも駐めなアカンねんけど、県道から丸見えやんか。そやから行儀悪いけど歩道に駐める。バイクやから出来る芸当やけど、マイのロケットは無理あるな。


「こっちにも駐車場あるよ」

「アカンて、それは身障者用や」


 社会のルールや。マイは、


「こんなとこで観光している場合やあらへんのや」

「落ち着かんかい」


 ちょっとした駆け引きや。まずは県道四十六号を真っすぐ走ってくれて大田の方に行ってくれたら一番手っ取り早い。そやけどあいつらかてマイが山陰自動車道を使う手ぐらいすぐに思いつくはずや。


「マイもそうする気やった」


 そやから裏かいて外しただけや。あいつら四人おったからクルマは二台のはずや。


「四人やったら一台ちゃうんか」

「そんなんしたらマイが乗るとこあらへんやろ」


 あいつらかってマイが高速乗らんとさらに裏かくぐらいは思いつくかもしれんやんか。その時にサンド・ミュージアムの駐車場やったら見つかってまうかもしれへんやん。


「こっちに来てると気付くかもしれへんやん」


 可能性は低いな。ああいう状況に置かれたら、とにかく逃げるしか考えへん。それも一刻も早く引き離してまいたいや。高速外しても、こんなところでノンビリ観光しとるとは思うかい。


「そりゃ、そうや。今からでも逃げたいもん」


 ここでノンビリ観光しとるうちに、あいつらは勝手に離れて行くってことや。ホンマはコトリが来たかったんはマイには黙っとこ。ミュージアムに入るとユッキーは、


「ああ、ここだったの」


 そやねん。ここには世界一の砂時計があるねん。なんちゅうても一年計やからな。ほお、これか大きなもんやな。長さが五メートルで直径が一メートルもあるねんな。あれっ、動いてへんやん。故障かいな。


「コトリ、それは展示用の見本だよ。本物はほら」


 ひょぇぇ、天井に釣ってあったんか。一年経ったらぐるっとひっくり返す仕組みやな。こんなデッカイ砂時計なんか二度と誰も作らんやろ。他も、


「砂のルーブ・ゴールドバーグ・マシンみたいなのが楽しい」


 こんだけ見てお土産に砂時計買うわんかったらウソやろ。へぇ、砂鉄の砂時計もあるんか。さすがに一時間計は大きいな。マイは心配そうに、


「ここからはどないするん」

「どないするも、こないするもツーリングや」


 こっちは下道でのんびり走っていくさかい、そうそう見つかるかい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る