最終話 一登と陽乃と月乃


「ごめんなさい!」


 それは月曜日の昼休みのことだ。

 俺は何とか早急に朝比奈と話がしたかったので昼休みに会えないかと連絡した。


 するとすぐに返事が来た。あまり人に聞かれたくもないので、かつて俺が告白した人気ゼロの校舎裏に彼女を呼び出した。

 俺が到着したときには既に朝比奈はそこにいて、俺を見つけた朝比奈は開口一番頭を下げながら豪快に謝罪をしてきた。


 もちろん戸惑う。

 謝るべきは俺なのに、なんで朝比奈が、しかもあんなに深々と頭を下げているんだ?


「えっと」


「昨日、陽乃の話をしたんです」


 え、それはいろいろとマズくない?

 あいつと話をしてどうなれば俺に謝罪をする展開になるんだろうか。


「土曜日のあれ、デートの為に服を買いに行ってたって」


「へ?」


「一人じゃ分からないから、最近話すようになった陽乃に手伝ってもらってたんですよね?」


「あ、ああ」


 そういう方向ね。


「私をからかおうとしてあんなことを言ったことを陽乃が謝ってきました。私が怒っていたから嘘だって言い出せなかったと」


 めちゃくちゃ上手く誤魔化してる。あの日、俺に話したこととはまるで違う。何なら真逆とさえ言える。


「私も混乱してて、冷静ではなかったです。本当に、ごめんなさい!」


 再び深々と頭を下げる朝比奈。


 彼女が伝えられたものは真実ではない。

 虚偽と偽装にまみれた作り物語だ。


 陽乃がこの話を丸く収めるために作ったもので、現にそれによって朝比奈の怒りは鎮まり謝罪するにまで至っている。


 陽乃がどんな意図でこの嘘をついたのか。

 俺との関係を隠したい一心であるならば全てを曝け出しても構わない。俺は朝比奈からの罰を受け入れる覚悟はしてきたから。


 しかし。

 陽乃と朝比奈は姉妹で、彼女達には家での生活がある。平穏な生活を守るべく嘘を吐いたのであれば、俺はその嘘を守るべきなのではないだろうか。


 陽乃の日常を守るということは、同時に朝比奈の日常を守ることにも繋がる。


 しかし。

 そんな事情があったとして、この話をこのまま終わらせれば俺は再び朝比奈に嘘を付くことになる。

 それでいいのか?


 よくはない。

 けれど、だからといって俺の独断で決めれることではない。

 だから。


「あ、いや、俺達もややこしいことしてしまったわけだし、そういうことなら水に流すという方向で」


 その嘘を貫くことを選んだ。

 人を傷つける真実があれば、誰かを守る嘘だってある。そんなのただの詭弁だと知っていながら、俺は自分にそう言い聞かせた。


「……うん。あの、それで牧村くん」


「ん?」


「こんなことを私から言うのもどうかと思うんですけど、デートのこと……」


 言いながら、朝比奈はちらと俺の方を見てくる。

 言いたいことは分かる。


「うん。初デート、やり直そう」


「はいっ」


 そう答えて、彼女は笑ってくれた。


 まるで土曜日のことなんてなかったと言わんばかりに俺と朝比奈は仲直りをした。

 デートのリベンジをしようと約束して、昼休みは帰ることになった。


 午後の授業は頭に入ってこなかった。


 頭の中を整理しようとぐるぐる考えていると余計にごちゃごちゃしてしまったからだ。


 俺と朝比奈の関係は元通りとなった。延期となった初デートもやり直し、これまで通りに慣れないながらもお互いに歩み寄りながら、少しずつ距離を縮めていく。


 まるで少女漫画のようなゆったりとした青春を送るのだ。


 それは俺が望んだもので、入学したときには手に入るとは思っていなかったもの。


 奇跡的に手が届いた。

 俺の学生生活はこれから薔薇色に染まるのだ。


「……」


 そう、思っていた。


 けれど、土曜日のことはなかったことにはならない。

 朝比奈の中からなくなったとしても、俺の中からあの日の出来事が消えることはない。


 俺は視界の中にいる朝比奈陽乃を見る。そのとき、ちょうどこちらを振り返っていた陽乃と目が合った。

 にこりとこちらに微笑みかけて、誰にも分からないようにそのまま前を向いた。


 朝比奈陽乃。

 彼女は俺に心中を吐露した。


「ちょっといい?」


 放課後。

 いつの間にか授業が終わっていた。

 ぼーっとしていた俺の前にやって来たのは陽乃だ。


「ちょっとって?」


「んー、正確にいうと放課後ひまってこと」


「部活があるぞ」


「活動してるの?」


「……まあ、それなりに」


「今日はサボろう」


「いや、そう言われても」


「あたしと話したいこと、ない?」


「……」


 試すように言ってきやがる。

 俺と朝比奈が土曜日のことについて話して、和解していることも知っているに違いない。


「……分かった」


 溜息をついて立ち上がる。

 それじゃあ行こっかと笑いながら歩き出した陽乃について行く。

 部活については今日は用事があるから行けそうにないと朝比奈に連絡を入れておく。


 他の生徒が帰るタイミングと微妙にズレたのか、帰り道に生徒の姿は全然いなかった。

 だからか、陽乃が気にもしない様子で話しかけてきた。


「牧村はあたしに何を聞きたいのかな?」


「まず最初に、陽乃は俺と朝比奈が昼休みに話したことを知っているか?」


「話すことは知ってたよ。実際に何を話したのかは知らないけどね」


 そうは言いながらも、まるで全てを知っているような物言いだ。


「謝られたよ。そんで、またデートしようって言われた」


「そうなんだ」


 驚く様子もない。

 彼女の言葉はただの相槌だ。


「陽乃が何かを話したんだろ?」


「まあね。具体的には言わないけれど、そうなるように話はした」


 やはり。

 朝比奈は陽乃の手のひらの上で踊らされているのだ。


「なんで」


「わかるでしょ? まさか、あたしがこの前言ったことを忘れたとは言わないよね?」


「……そりゃ、まあ」


 何をとは言わないけど、きっと陽乃が言っているのはラブホテルでの告白じみた会話のことだ。


「あたしの気持ちを伝えたらいろいろと面倒でしょ? もちろん家でのこともあるけど、月乃が焦っちゃう」


「どういうことだ?」


「あたしは無害な協力者。これからも月乃の相談だって受け付ける。そうやって、油断してゆっくりと進展しようとしている間に、あたしが牧村を奪うんだよ」


「……本人目の前にして言うことじゃないぞそれ」


「覚悟しといてもらおっかなと思ってさ」


 くるりと回って俺の方を向く陽乃の顔は、これまでに見たことがないくらいに恐ろしく感じた。

 まるで獲物を狙う雌豹のような、妖艶で鋭い目つきだ。


「なに、を?」


「浮気をする覚悟だよ」


 朝比奈陽乃。

 彼女に目をつけられたその時点で、いや、あるいは彼女に狙われたその段階で、俺の夢見たきらきらな青春は遠のいたのだ。


 手を伸ばしても届かない。

 戻ろうとしても戻れない。


「俺は……」


「さっき言ってたよね。月乃に謝られて、デートをやり直す約束をしたって」


「それが何だよ?」


「どうしてそのとき、本当のことを話さなかったのかな?」


 言われた瞬間に、俺の胸がズキリと痛んだ。バクバクと動きを激しくする心臓を抑えようとしてか、息が荒くなる。


「それは、お前達にも生活があって」


「嘘だよ」


 俺の言葉を遮るように陽乃が言葉を被せてくる。


「いや、嘘じゃない。家で気まずくなるのが嫌でついた嘘なら俺がむやみにバラすわけにはいかないだろ? だから、あのときはとりあえず保留というか、その……」


「本当に真っ当な道を行こうとするなら、そのときに全部話すべきだったと思うよ。そんなことを気にすることなく、ね。でも、牧村はそうしなかった。それってどういうことか分からない?」


「だから……」


 言葉が詰まる。

 言おうとしても出てこない。

 何を言っても無駄だと言うことを、脳が理解しているのだ。


 陽乃が俺に近づいてきて、動けずにいる俺の耳元で、まるで悪魔の囁きとでも思えるような言葉を口にした。


「牧村は、あたしを選ぼうとしているんだよ?」


 違う。

 そうじゃない。


「必死に言い聞かせてたんだよね。自分は間違ってないって。そうだよ、何も間違ってない」


「……」


「でも、やっぱりまだ悩んでる。月乃のことも大好きだもんね」


「……俺は」


「ゆっくりでいいよ。どっちのことを選ぶか、しっかりじっくり考えて」


 俺の青春は。

 俺のラブコメは。


 どろどろの真っ黒色に染まろうとしている。

 けれど、引き返すこともせずに、俺はその場に突っ立っている。


 すぐに逃げない時点で、俺の中に答えはあるのに。それに気づかないように必死に自分に嘘を付き続けている。


「まあ、最終的にはあたしを選ぶことになると思うけどね」


 ああ。

 これはもう確実だ。


 誤魔化しようのないくらいに彼女は真っ直ぐに俺を見ている。



 彼女の双子の妹が俺を寝取ろうとしている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼女の双子の妹が俺を寝取ろうとしている 白玉ぜんざい @hu__go

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ