第5話 一登と月乃②
そんな話をしてしまったせいか、その後の部活の時間はいつにも増して静かだった。
ただでさえ喋らない朝比奈は完全に沈黙を決め込んでいたし、作業に没頭し始めた部長も急に無言になった。
俺はというと、そんな二人に合わせて話しかけることはせず、ただひたすらキャラクターの考案に務めた。
部長にあんなことを言われたから、胸の大きさはバラけさせることにした。
夕方の五時になるとチャイムが鳴る。このチャイムが基本的に帰宅のタイミングになっている。
文化系の部活動はだいたいこのチャイムを目処にその日の活動を終える。やることがあるなら残ることも可能だが。
現に運動系の部活はまだまだ終わらない。
最終下校は午後七時と決まっているので、それまでならば残るのは自由だ。
「牧村くん、帰ります?」
「そうだね。特にやることもないし」
何に追われているわけでもないので、今日は普通に帰ることにしよう。
「じゃあ、私も帰り支度しちゃいますね」
「うん」
せっせかせっせかと片付けを始める朝比奈を眺めていると部長がゲフンゲフンとわざとらしく咳払いをした。
「なんすか?」
「俺には聞かないのかなと思ってさ」
「……部長は帰ります?」
「いや、今止めるとキリ悪いからもうちょっと残って進めるわ」
「そっすか」
今の時間必要だった?
だいたいいつも残ってるじゃん。部長がこの時間に帰ることは滅多にない。極々稀にあるらしいが俺はまだ見たことがなかった。
「それじゃ帰ります」
「お先です、部長」
俺と朝比奈が挨拶すると、部長は顔も上げずに唸り声で返事をしてきた。あれは集中している証拠だ。
適当だし、二次元キチだし、空気読めなかったりするけど、集中して描き上げた作品のレベルは本当に高い。
そこは尊敬すべきところなのだ。
「あ、そうだ」
思い出した。
今日は朝比奈に聞いてみたいことがあったんだった。
学校を出て、駅に向かう道中に俺は尋ねる。
「朝比奈って妹いるんだよな?」
「ん? はい、いますよ。牧村くんと同じクラスですよ?」
「あ、うん。それは知ってるんだけど」
何をどう聞けばいいんだろう。
考えてみたけど、上手く思い浮かばなかった。
「妹とは仲良いの?」
「いいか悪いかは分かりませんけど、多分いい方なのかなとは思ってます。ケンカもしたことないですし」
「ないんだ?」
「ええ」
姉妹って意外とそんなもんなのかな。性別が違うとともかく、兄弟とかはケンカ当たり前ってイメージだった。
うちにも妹がいるけど、ケンカを始めれば母さんが黙ってないからな。どうせ俺が怒られるオチに繋がるのでそもそもケンカをしない。
「妹さんには俺のこと言ってる?」
「いえ、何だか恥ずかしくて。誰にも言ってないんです」
「恥ずかしいの?」
俺ってそんな存在なのか。周りに知られると恥ずかしい彼氏とか辛いなおい。
「あ、違いますよ? 私、これまでに恋人とか全く興味なかったから、そんな話したことなくて。だから、恋人ができたっていうのが恥ずかしいんです」
あ、そういうことか。
よかった。危うくショックのあまり数日間引きこもりそうになった。
しかし、そうか。陽乃は俺と朝比奈が付き合っているということは知らないのか。
「妹の前で俺の話したことは?」
「それは何度かありますよ。同じ部活だし、私の学校の生活を話すことになると嫌でも出てきますから」
「嫌なんだ……」
「言葉の綾です!」
がっくりと肩を落としてみると朝比奈は慌てて俺を励まそうとわたわたする。そういう慣れない感じも可愛くて好きだ。
陽乃は俺を知っていた。
まあ、同じクラスなんだし知っていてもおかしくはないけど。認知されていることにはシンプルに驚いたな。
でも、知っているということは関わってきたことの理由にはならない。
それともあれかな、姉の話によく出てくる牧村とかいう野郎がどういう人間なのかを確認しに来ているのか?
それは有り得る。
「どうして陽乃のことをばかり聞くんですか?」
「え、いや、特に理由はないけど」
「特に理由もなく話題になるとは思えません。これまで一度も出たことなかったのに」
怪しむように半眼を向けてくる朝比奈。そう言われると確かにそうだ。俺が陽乃に向けている疑念と同じようなものか。
変に誤魔化しても何だし、別に後ろめたいことしてるわけでもないし、普通に話すか。
「この前、教室で話しかけてきたから。不思議に思ってさ」
「陽乃が?」
「ああ。話してみたかったとかどうとか言ってたような気がするけど。突然そんなことになったから、何でだろって思ったんだ」
「そういうことですか。陽乃、家では興味ある素振りなんて微塵も見せてなかったのに」
それに関しては朝比奈も不思議に思ったようだ。このリアクションは嘘ではできないので、本当に朝比奈はこの件には深く関わっていないらしい。
何を考えているんだろうか、あの陽キャちゃんは。
「あの、ところで牧村くん」
「ん?」
電車に乗り込み、たまたま空いていた席に二人並んで腰を下ろしたところで朝比奈が恐る恐るといった様子で聞いてきた。
「今度のその、デートなんですけど」
「あ、うん」
先日、部長の言葉に触発され、俺は意を決して朝比奈をデートに誘ったのだ。
休日に予定を合わせて会ったことは以前にもないので、これが初デートということになる。
誘うのに精一杯だったので、まだ何もかもノープランだった。
「土曜か日曜、どっちにします?」
もちろん俺もどっちも空いているのでどちらでも構わない。早いほうがいいかな、そうなると土曜日だな。
「どよ」
いや、ちょっと待て。
俺はデートに行くための準備は整っているのか? デートに相応しい服装はもちろん、知識や計画など、勉強しておいた方がいいことはたくさんある。
準備期間が必要なのでは?
「土曜日ですか?」
「いや、日曜日でお願いします」
危ねえ危ねえ。
危うく初デートがグダグダに進んで大失敗してしまうところだった。そんなことになれば愛想尽かされて振られてもおかしくない。
これは俺の男としての彼氏力が試されている。いわば試練のようなものなのだ。
「わかりました。緊張しますけど、実はすごく楽しみなんです」
わかり味が深い。
俺の中にも緊張や不安と楽しみな気持ちが共存している。
「初デート、ですよね?」
ちらと俺の方を見ながら小さな声で言う朝比奈の頬が、僅かに赤く染まっていた。
可愛い。
「そうだね。上手くできるか心配だよ」
俺がそう言うと、朝比奈は俺の心配を拭おうとしてか、にこりと優しく微笑んだ。
「上手くできなくてもいいんですよ。部長が言っていたように、私は牧村くんと一緒ならどこに行っても楽しいです。だから、そんなに気張らないでください」
「そう、だな。そう言われると、少しだけ気持ちが楽になったよ」
そうは言っても、グダグダにはできない。初デートってのは特別なものだ。人生において二度目がないのだから。
笑える失敗ならばそれでいい。でも、そうでない失敗もある。
スマートでなくても、やっぱりちゃんとエスコートはしたい。楽しいと思ってほしいのだ。
「どこに行くかはもうちょっと考えるよ」
「そうですね。私も考えておきます」
俺もそうだけど、朝比奈はインドアな趣味だからアウトドアなイベントは良くないだろう。
そうなるとやっぱりあれか、定番中の定番である映画とかか? 家に帰ったら上映中の作品を確認しよう。
そんなことを考えながら、俺達は暫くの間電車に揺られていた。何だかんだ言いながらデートのことを意識してしまっていたせいか、その日の帰り道はいつもより少しだけ口数が少なかった。
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