第4話 一登と陽乃③
「そんな怖い顔しないで。ね? ほんの冗談だよ」
「……冗談でもやっていいことと悪いことがあるんだよ。お前は今、男の純情を踏み躙った!」
俺は怒りをあらわにした。
ここはハッキリと言わないと舐められっぱなしで終わってしまう。男を怒らせると怖いんだということを教えてやらねば。
「ごめんってば。あんまり怒らないでよ。ほら、怒るとせっかくのイケメンが台無しだよ?」
「イケメンとか言われたことないわ! 自分でもイケメンだとか思ったことないし! そんな見せかけの慰めは虚しさ増加させるだけなんだよ」
「……うう。ほんとに怒ってる?」
少し涙目になって、困ったような顔をしながら立ち上がっている俺に上目遣いをしてくる。
この可愛い顔の上目遣いを向けられれば、そこら辺の男ならだいたいのことは許してしまうだろうな。
否!
だがッ!
俺は違う!
「めちゃくちゃ怒ってるよ」
「……わかった。もう一度耳貸して」
「騙されんぞ。俺は同じ過ちは二度も繰り返さない」
「今度はほんとだから。牧村の反応が面白くてついからかっちゃったの。お詫びの気持ちを込めて、今度はちゃんと教えるよ。スリーサイズはさすがに恥ずかしいけど」
「……冗談とか言ったら叩くからな。言っとくけど俺は男女平等主義だぞ」
「できないくせに」
そこに関しては笑われた。
陽乃がこちらに顔を寄せてきたので、俺はもう一度だけ彼女を信じることにした。
これでさっきの繰り返しが起こったらもう二度とこいつとは口をきかないだろう。
俺の純情を弄んだ罪は重いのだ。
「あたしの胸はね、Cカップだよ」
「え」
ぶっちゃけ笑われないにしてもどうでもいいようなことを言われると思っていただけに驚いた。
咄嗟に離れて距離を取る。何故か耳を抑えてしまう。
そして、自然とその視線は彼女の顔から徐々に下がっていき、女の子の膨らみへと到達する。
これが、Cカップ……?
「牧村、視線がエロいよ」
「あ、いや、違くて」
見ていることがバレてしまい、俺は動揺して言葉を詰まらせる。それを見た陽乃は、ぷっと吹き出した。
「あはは、ほんとおもしろい反応するなあ牧村は。正直でよろしいよ、うん。いいと思う」
「絶対思ってないじゃん」
ひたすらにバカにされてるとしか思えない。
ここまで俺の下心が露見してしてしまった以上、明日からキモオタエロメガネと呼ばれる覚悟をして登校しなければならない。
いいだろう。
受けて立つ。
「これで許したくれた?」
十分に笑った陽乃は、思い出したようにそんなことを聞いてきた。何だか目を合わせるのが恥ずかしく、俺はそっぽを向いて頷いた。
「じゃあ、またお話してくれるよね?」
「……ああ、まあ、暇だったら」
「うん。暇だったらね」
今でも、やっぱりこいつが俺に話しかけてくる理由は分からない。
深い意味も裏もないと彼女は言っていたけれど、とてもそうとは思えない。
こんな可愛い女の子が何の理由もなく、俺みたいな男に声をかけてくるはずがない。
そんな漫画みたいなことが、現実で起こるはずはないのだ。
警戒は怠るな。
油断もするな。
逆に。
ここまできたらどういうことなのか気になるものだ。
彼女の意図が分かるまで、もう少し付き合ってみてもいいかもしれない。
しかしなんだ。
「……Cカップ、なのか」
教室の外に歩いて行く陽乃の後ろ姿を眺めながら、俺はそんな言葉を漏らしてしまう。
ハッとして周りを確認し、人がいないことに安堵した。
今のは、我ながらキモかったな、うん。気をつけよう。
*
放課後。
漫画研究部の部室でいつものように自分のデスクと向き合い、ペンを踊らせていた。
「……珍しいな」
シナリオが思いつかないので、今日は思いのままにキャラクターを描いていたところ、いつの間にか後ろにいた部長がそんなことを呟いた。
「気配もなく後ろに立たんでください」
「別に気配を殺していたつもりはないが。遠回しに俺のこと存在感ナシってディスりやがって」
「……別にそんなつもりはなかったんですけど。ネガティブって度を越すとこんなことになんのか」
今日も部室には俺と朝比奈と部長の三人だ。この三人だけが部室にいるとメガネ率が一〇〇パーセントになってしまうのだ。
まあ、部長がいなくても一〇〇パーセントは揺るがないんだけど。
「それで、なにが珍しいんですか?」
「それだよ。そのキャラクター」
俺はファンタジーのバトルものが好きな一方でラブコメも好んで読んでいる。
前作はファンタジーで熱いバトルを展開したので次回作は甘々なラブコメとかも悪くないかと思い、女の子の練習に励んでいたのだが。
「これがなにか?」
「それは次回作のヒロインか?」
「決定じゃないですけど、候補のうちの一人ですよ」
「牧村はこれまで何本漫画描いた?」
「えっと、漫研に入ってからは三本ですかね」
入って早々に描き始めた異世界転生もの。夏休み前までに簡単に描いた現代バトルもの。そして文化祭に向けて夏休みを使いじっくり描き上げたハイファンタジーものの三本だ。
「その三本の漫画のヒロインがどれも巨乳だったから、お前はてっきり巨乳好きなんだと思っていたんだが……」
言いながら、部長の視線は俺が描いていたキャラクターに移っていく。
ミドルの髪の女の子。その胸の大きさは巨乳というには少し控えめなものだった。
「貧乳に目覚めたのか?」
「貧乳じゃないでしょ」
「じゃあ美乳だ」
「まあ、そですね」
「巨乳派から美乳派に乗り移ったのか?」
「別にもともと巨乳派じゃないんですけど」
でも、そうなのか。
意識していなかったけど、全部巨乳だったんだ。言われてみるとそうだった気がしてきた。
俺は無意識のうちに巨乳派に所属していたのか。
「たまには巨乳以外も描こうと思っただけです。他に意味はないです」
「そうか。つまり、お前は巨乳が好きだと言うことだな?」
「嫌いな男はいないでしょ」
大きすぎるとどうかと思うが、そうでないなら巨乳であるに越したことはない。
巨乳には無限の可能性があるのだからして。
「よかったな、朝比奈。どうやら牧村はまだ巨乳派なようだぞ」
黙々と作業をしていた朝比奈が、部長に言われてガタガタと分かりやすく動揺を見せた。
「ななななんで、それを私に言うんですか?」
「言わねば分からんのか? どうしてもと言うなら言ってやらんでもないが」
「いや、いいです大丈夫です。言わないでください」
顔を真っ赤にして朝比奈が大きな声を出す。こんな大きな声出たんだなと、場違いな感想を抱いてしまった。
「牧村くん」
そんな朝比奈が不安そうな視線を俺に向けながら名前を呼んでくる。
「ん?」
「ほんとに嫌いじゃないですか? その、おっきいの」
「嫌いじゃないよ。むしろ、その、好きというか……」
何言ってんだよ、俺。
「私、この胸がコンプレックスだったんです。大きくても何もいいことがないから」
「そうなのか?」
食いついたのは部長だ。
「肩はこるし、重たいし、男の人の視線は感じるし、嫌なことばかりでした」
「でも、牧村が好きなら巨乳でよかったって話か?」
「……」
部長の言葉に対して朝比奈は無言を貫いた。顔を見られたくないのか、俯いているが、耳が真っ赤だ。きっと顔はもっと赤いに違いない。
照れている。
それでいて、否定はしないということはつまり部長の言葉を肯定しているようなものだ。
そう思うと、めちゃくちゃ照れる。
いつか、あの胸に触れることができるのだろうか。
胸どころか、手さえまだ繋げていないのでその瞬間は遙か先の未来の話だが。
男として、そんな夢を抱くくらいは許されるよな。胸の中でひっそり夢見ておこう。
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