第7話 デートinアクシデント①
土曜日。
俺は電車に揺れられ約二〇分、おしゃれな若者集う都会の中のとある街に来ていた。
右を見ても左を見ても若者。いや、俺も若者だけど。
周りと俺の決定的な違いは雰囲気だ。きらきらしていてスタイリッシュで、スマートでおしゃれだ。それに比べて俺と来たら場違いにも程がある。
スーツやドレスが当たり前のパーティにジャージで参加してしまったような居心地の悪さを覚えてしまう。
改札を出たところで、早々に憂鬱な気分に襲われ帰ろうかと悩んでいたところ、後ろから目を塞がれる。
「だーれだ?」
「……」
背中に柔らかい感触が僅かに当たる。その瞬間に俺の全神経は背中へと集中した。我こそがそこへ行くと神経が仲間割れを起こしている。
「え、ちょっと待ってその本気の沈黙の意図はなに?」
俺からのリアクションがあまりにも遅かったから、目を覆っていた手が離れて俺の前へと回ってくる。
「……それどういう顔?」
どういう顔なんだろう。
俺には自分の顔が見えないのでどんな顔をしているのかは分からないけど、多分だらしない顔か幸せそうな顔をしていたんだろう。
「まあ、ごちそうさまでしたって顔かな」
「……なにそれ」
改めて朝比奈陽乃と向き合う。
体のラインが浮き出る黒のスキニーパンツ、それと対象的に上はダボッとした白のパーカーだ。
髪は纏めてポニーテールにしているからかいつもより活発的な印象を受ける。
いつもと目線が違うと思い、不思議に思っているとどうやら靴がヒール的なものらしい。よくは分からんけど。
「どう?」
俺がまじまじと見ていることに気づいた陽乃はにっと笑いながら尋ねてくる。
ポニーテールにしているおかげで見えるイヤリングがゆらりと揺れるのが見えた。
「……いいと、思いますよ」
なんで敬語なんだよ。
「なんで敬語なの?」
同じ感想を抱かれた。
無理もない。でも仕方のないことなのだ。女の子の服の感想を言う機会など過去に一度もなかった。
だからコンテストの審査員になった気持ちで答えてしまった。
「いや、特に意味はない」
「そんなあたしとは違って、何というか、牧村はイモいね。なんか中学生って感じ」
「中学生のときに買った服だからな」
あれって死語じゃないんだ。
まあ、俺がイモいのは分かりきっていることなので言われたとて傷つきもしない。
俺は基本的にダボッとした感じのズボンとパーカーだ。おしゃれに気を遣ったことなどないので、それに関してはバカにされても構わない。
「それを何とかしようという回だろ」
「いやいや、あたしの買い物に牧村が付き合う回だよ」
話がすり替わってやがる。
「そういうことなら、先にそっちの買い物済ますか」
「冗談でしょ。そんなイモダサファッションと歩けないわよ。先に服買いに行くわ」
別に傷つきはしないけど、でも言葉は選んでもらってもいいですかね?
言葉というよりは女子に辛辣なことを言われているという事実に凹んでしまうので。
そんなわけでとりあえずは俺の服を買いに行くことになった。こんな場所に来たことがないので基本的に全部陽乃任せだ。
そのスタンスに対して、彼女はどうこう言ってくることはなかった。テキパキと進行してくれるのは悪くないな。
陽乃に連れられ、とある服屋に到着する。俺が知っているところと言えばユニ○ロとかG○だけなので、どこぞの知らないブランドの店に連れてこられただけで、高級感に戦いてしまう。
「大丈夫、ここ。高いんじゃない?」
「普通だと思うよ。メンズショップだから、あたしも入ったことないけどね」
その割にはズカズカと臆することなく入っていく陽乃。そんな抵抗なく入れる場所じゃないだろ。
職員室に入るより緊張するわ。
「とりあえず適当に試着しよっか」
「こういうのとかおしゃれじゃないか?」
俺はマネキンが着ていた服を指差しながら言う。すると陽乃は何故か呆れたように溜息をついた。
「牧村には似合わないよ」
「そ、そうか」
「おしゃれになろうとするんじゃなくて、まずは普通になること考えなよ? オタクってすぐに上級目指したがるよね」
陽キャってすぐオタクばかにするよね。
いや、それは向上心があっていいことなのでは? そう思ったけど違うことにすぐ気づく。
格ゲー買ってすぐに上級者向けのプレイをしようとして出来なくて挫折した経験が蘇った。
「それに、変に凝った服着ても違和感出るだけだよ。とりあえず黒のジーンズに白のシャツ着て適当になんか羽織っとけばとりあえず見れる格好にはなるから」
「そんな馬鹿な」
言うのは簡単だけど、そんなはずはない。おしゃれがそんな簡単であってたまるか。
ぱぱっと適当に陽乃が見繕ってきた服を持って試着室に押し込まれる。未だに彼女のことが信じられないままに渡された服に着替える。
「悪くないじゃない」
着替え終えて鏡に映った自分とにらめっこをしていると後ろから声がした。
「うお、なんでお前」
「ん?」
カーテンを少し開けて、陽乃が顔だけを試着室に突っ込んでいた。俺の驚きに対して彼女はきょとんとしていた。
え、これ普通なの?
そっちの界隈では試着室覗き込むのは日常茶飯事なのだろうか。
「いや、まだカーテン開けてないんだけど」
「でも着替え終わってるじゃん」
「着替え終わってなかったらどうすんだって話をしてるんだけど」
「そのときはそのときでしょ」
「これ立場が逆だったらセクハラだ何だって騒ぐんだから女子は質悪いよ」
「別に言わないよ?」
「いや、絶対言うよ。声上げてビンタ浴びせて挙げ句通報するよ」
「経験あんの?」
「あるわけないだろ」
女子の友達いなかったんだぞ。
「実際はそんなことないよ。覗かれても、きゃーえっち! くらいだよ」
絶対嘘だよ。
そんな軽い感じで終わるのはギャグ漫画かお色家漫画くらいだ。
「チャンスがあったら試してみてもいいよ?」
からかうように言ってくる。
これは俺には挑発しても実践する度胸がないと思っているから言っているのだ。
実際にやってみればどんな顔をするのだろうか。ほんと、やってやろうか。
「……遠慮しとく」
まあ。
そんな度胸ないんですけど。
「それで、その服どんな感じ?」
「どんな感じって?」
「気に入ったかなって。おしゃれとか似合ってるかとか、そういうのも大事だけど一番は自分が気に入るかどうかだから」
案外俺のことを考えてくれていることに驚いた。
言われて、改めて鏡に映る自分を見てみる。これがおしゃれかどうかは分からないけど、少なくともさっきまでと比べると全然雰囲気が違う。
「うん。いい感じだと思う。これにするよ」
「そかそか。気に入ってくれたなら何よりだよ」
にぱーっと笑いながら陽乃は言う。
双子なだけあって顔は月乃とよく似ている。にも関わらず彼女とは感情の現れ方が全然違う。
こんなにも素直に笑った顔は中々見れるものではない。その笑顔にドキッとした理由はそれだけだ。
俺の買い物が終わったところで、今度は陽乃の方の買い物に付き合うことになった。
「本屋に行くんじゃないの?」
「いやいや、何言ってんだよ。ラノベ買うならアニメ○トだろ」
服屋を出たところでさっきまでと立場が逆転した。ここからは俺のターンである。
俺にリードされるのが不服なのか、不満げな顔をするものの文句は言ってこなかった。
そんな陽乃を連れて、俺はア○メイトへと向かう。
「ねえ、そのアニ……何とかってなんなの?」
「え、アニメ○ト知らないの?」
漫画やBlu-rayはもちろんアニメグッズや漫画用の道具を買うのにあそこまで適している場所はない。知らないとか今までどこで買い物してたんだよってレベル。
「知らないわよ」
「……まあ、行けば分かるよ。きっと気に入ると思う」
「急に活き活きし出したなあ」
スマホで場所を調べ、マップに案内してもらうこと数分。思ったより近い場所にあった。
こんな場所にでも存在してしまうアニメイ○さんマジリスペクトっすわ。
中に入ると陽乃が若干引いた声を漏らす。
「どうした? 漫画の種類の豊富さに思わず感動したのか?」
「んーん、オタクの多さに思わず引いちゃった」
「……」
いや、確かにオタクが集中する場所だけれども。こんなおしゃれな街の中にあるア○メイトにもオタクって集まるんだな。俺もちょっと驚いた。
「それで、あたしに何を勧めてくれるの?」
本日のメインイベントである。
ぶっちゃけ何を勧めてもハマるとは思えないけど、せっかく興味を持ってくれているのでここは真剣に選ぶとするか。
「好きなジャンルは恋愛ものなんだよな?」
「そうだよ」
でもなあ。
ラノベの恋愛ものって基本的にエロいハーレムものがほとんどだしなあ。少なくとも少女漫画みたいな展開はない。
同居している女の子の着替えを覗いてしまったり、転んで胸に飛び込んだり、ハンカチかと思って手に取ったらパンツだった、みたいな展開を女子は好まないだろう。
「ここはせっかくだし恋愛もの以外に触れてみるというのはどうだろう?」
うん、それがいい。
我ながらナイスアイデアである。
「んー、牧村が勧めるならそれでもいいよ。ただし、ちゃんとおもしろいのにしてね」
女子は結局カッコいい男が好きだ。それは可愛いヒロインを求めている我々男子と何も変わらない。
ヒロインよりも主人公が適正に合っているかを考えて選ぶのが得策か。
カッコいい主人公か。
「これとかどうだ?」
「ん?」
「主人公が困っている女の子を助けるために敵と戦うんだ。魔法が当たり前の世界の中で、主人公は魔法が使えないんだけど、知恵を駆使して戦っていく姿がなかなかに格好良くてさ。助けられた女の子が主人公に惚れていくんだけど、またヒロインがみんな可愛くて。主人公も女慣れしてないからアプローチにたじたじしてて」
「……」
俺が説明していると、まるでついてこれていないように、陽乃はポカンとした顔をしていた。
しまった。
オタクの悪い癖が出てしまった。
「あ、えっと、ご理解してますか?」
「んー、なんかあんまり」
「そっすか」
そりゃそうか。
そう思い、少し落ち込んでしまう俺に「ただ、」と陽乃が言葉を続ける。
「なんか、楽しそうに喋ってるなって。そういうの、嫌いじゃないかも」
「へ?」
言って、陽乃は俺が手にしていたラノベをひょいっと奪う。
「これにするよ」
「え、でも」
「おもしろいんでしょ?」
「まあ」
「じゃあ、これでいい」
笑いながら言って、陽乃はそれをレジに持っていく。その様子を少し離れた場所から見ていた。
会計を済ませた陽乃が俺のところへ戻ってくる。
「お待たせ」
「ああ。それじゃ、用も済んだし帰るか」
「いやいや、何言ってんの。まだまだこれからでしょ」
「ん?」
「とりあえず、どっか落ち着ける喫茶店とか入ろっか」
帰らないの?
もう用事済んだのに?
戸惑う俺などお構いなしに陽乃は手を引いて店を出ようとした。
そのときだ。
「牧村、くん?」
名前を呼ばれ、顔を上げる。
家族以外で、俺の名前を呼ぶやつなんて極々僅かに限られている。その中で女子となれば数人だ。
数人っていうか二人だけだ。
一人は今、隣にいる朝比奈陽乃。
もう一人は、俺の彼女であり陽乃の双子の姉。
つまり、朝比奈月乃である。
「朝比奈……」
なんでこんなところに?
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