第9話 デートinアクシデント③


 何だか、ほんのりいい香りがした。

 それはラブホテルだからなのか、それとも普通のホテルもこんなもんなのか。それは普通のホテルに泊まることもあまりないため判断がつかない。


 外観の派手さのわりには室内は案外普通なことに驚いた。テレビがあって、テーブルとイス、それとソファ、部屋の真ん中に大きなベッド。

 とどのつまり、そういうことをするためだけの部屋なのでインテリアにこだわる必要もないのか。


 でも、ネットとかで調べるとめちゃくちゃ室内が凝ってるところもあるらしい。正直、それはちょっと見てみたい気持ちもある。


 そもそも未成年であるにも関わらず部屋は借りれるのかという問題だが、受付は無人のシステムだったので普通に通れた。


 そんなわけで、俺と陽乃はラブホテルへとやって来たわけだ。


「とりあえず、風呂入ってきたら?」


 せっかくあるのだから、使わない手はない。しかも、軽く見てみたところ二人で入れるようになのか大きめの浴槽だ。もしかしたらうちのより大きいかも。


「え、でも牧村は?」


「二人で入るわけにもいかないんだから、服脱いで待ってるよ」


「や、そんな直球なことを恥ずかしげもなく言われても」


「……そういう意味じゃない」


 でも確かにそういうことを考えながら聞けば、そういうふうに聞こえないこともないか。


「あたしは別に二人で入ってもいいよ?」


「冗談はよしてくれ。本気にしちまう」


「本気だって言ったら?」


 さっき、あんなことがあったというのに陽乃の調子はいつもの通りに戻っている。

 自分が優位に立てるシチュエーションになれば、からかって楽しんでいる。


 今だって、にやにやと笑いながら俺のリアクションを楽しんでいるのだ。俺が狼狽えると思っているんだな。


 まあ、狼狽えてはいるんだけれども。


「そりゃもちろん、一緒に入らせてもらいますよ」


 どうせ俺が断ると思っているんだろう。だから俺も少し攻めてみることにした。もちろん、入るつもりなどないが。


「ほんとに? ただ言ってるだけでしょ? 牧村にはそんな度胸ないよ」


「いやいや、無料で女の子と入浴できるとか、やる以外の選択肢ないでしょ」


 俺が引かないからか、陽乃はむむむと顔をしかめる。そう毎度毎度お前の思う通りの選択肢を選んでたまるか。


「じ、じゃあ! 入ろうよ!」


 顔を赤くしながら、陽乃が声を張る。その顔はもうどうにでもなれと思っているものだ。やけくそじゃないか。


「……」


「……」


 暫し、目を合わせて向かい合う。

 腹の探り合いなんてものじゃない。どちらかが折れるのを待っているだけだ。

 そして、これまで散々優位に立ちたがり、その為ならわりと何でもしてきた陽乃が今回に限り先に折れるとは思えない。


 結局。

 こっちが折れる他ないのだ。


「……俺の負けだよ。先に入ってきてくれ」


 俺が言うと、陽乃の顔にあった緊張が僅かに解ける。俺には分からないくらいに小さく息を吐いていたが、見逃しはしなかった。


「じゃあ、先に入ってくるね」


 今回は素直に行ってしまった。

 下手に何か言ってまた退くに退けなくなったらコマルからだろう。


 陽乃が部屋を出て行き、一人になったところで俺はびしょ濡れになった服を全て脱ぎ去った。

 パンツ一枚になったところで、最後の装備をどうするか悩む。しかし、これも普通に気持ち悪いし、部屋は暖房が効いているから暖かいし、バスローブはあるからいいか。


 脱いじゃお。


 すっぽんぽんになり、バスローブを装備した俺は脱衣所からドライヤーを持ってきて服を乾かし始める。

 他にすることもないからな。


 結構長い時間こうしていた。

 中々出てこないな。後から俺が入るって分かってないのかな。もう暖房で十分温まってしまったぜ。


 そんなことを考えていると、ようやく風呂場の方でがさごそと物音が聞こえてきた。

 ようやくプロから出てきたようだ。


「あ、やっぱり使ってる」


 ドアを開けて陽乃が中に入ってくると、開口一番に俺の持っているドライヤーを見てそんなことを言う。


「なにが?」


「ドライヤー。髪乾かせないじゃん」


 むうっと、顔をむくれさせながら言う陽乃はいつもより艶めかしく見える。

 髪が濡れているからだろう。

 それだけでなく、服が俺と同じようにバスローブ一枚だからエロティックなのだ。

 首の辺りから見える鎖骨とか、ひらひらした裾から伸びる無防備な太ももも、いつも制服から見えるのとはワケが違う。


 正直言って、想像以上に刺激的だ。

 しかも、下着もぐしょぐしょだろうから、バスローブの下は何もつけていないだろうし。


 あ、ダメだ。

 変なこと考えるのはやめよう。


「ごめん。服乾かすのに使ってた」


「乾いた?」


「まあ、ほどほどに」


 触ってみるとまだ少し湿っていた。着れないことはないけど、気持ち悪いだろうなあ。


「牧村も入ってくる?」


「んー」


 体は温まってるんだよな。

 でも、お湯に浸かることに意味があるだろうし、せっかく大きな風呂だし入らないと損かな。


「せっかくだし、入ってくるわ」


「そう。行ってらっしゃい」


 そう言って俺を送り出す陽乃はなぜか顔を少しだけ赤らめていた。お風呂上がりで体温が上がっていただけか。


 脱衣所でバスローブを脱ぎ、風呂場に突入する。シャワーを浴びて体と頭を洗う。別に洗う必要は特にないけど、気づいたら洗っていた。


 そして湯船に浸かる。普通に足が伸ばせるというのは実に素晴らしい。はふう、とリラックスしながらお風呂を堪能した。


「……さっきまで陽乃が入ってたのか」


 どうしてそんなことを考えてしまうのか。一度気にしたら意識してしまうじゃないか。俺ってやつは男だぜ。


 煩悩を消し去ろうと頭を振ってみるが消えない。除夜の鐘ではないが頭を叩いてみたが意味はない。

 結局、どうしようもなくなった俺は大人しく風呂を出た。あそこにいなけりゃ意識することもない。


 体を拭き、フタタビバスローブを装備して部屋に戻る。


 ドアを開けたところで俺は驚いて動きが止まってしまう。


 部屋の電気が消えている。

 いや、正確に言うのであれば豆球程度には照らされている。つまり、薄暗い状態だ。


 陽乃はそんな中、一人ベッドに座っていた。これでは、まるでこれからおっ始めようとしているみたいじゃないか。


「……」


 ドキドキと、自分の心臓が高鳴っているのが分かる。うるさくてたまらない。静まれと言い聞かせても言うことをきかない。


「牧村?」


 名前を呼ばれて、びくりと反応してしまう。


「なにしてんの? 中入れば?」


「あ、おう」


 なんだその返事。

 自分にツッコみながら部屋に入りドアを閉める。

 え、俺はこれどこに座るべき?

 ソファとかに座ればいいのかな。でもそれだと逆に意識し過ぎてるみたいじゃないか?

 でもベッドに座った瞬間に「近くに座るな変態!」とか言われてビンタされる可能性はゼロじゃないし。


 うん。

 意識してるしな。ソファに座ろう。


「なんでそんなとこ座るの?」


 普通に聞いてくるな。

 そう言われて「いや、なんかセックス始まりそうな雰囲気だからちょっと警戒しようかなって」とは言えんだろ。

 こんな状況でこんなとこ座る理由なんか一つだけだろ。察せ。あ、いや察してるのか。いつものやつか。


「いや、このソファ座り心地いいんだよ」


「そうなんだ。ならいいけど。寝転がろっかな」


 言いながら、陽乃は一度カラダをぐっと伸ばしてそのままベッドに倒れ込む。

 決して大きくはない胸も、そう強調されればその存在感は圧倒的なものになる。

 薄暗くても、シルエットくらいは見えるのだ。


「牧村っていいやつだね」


 突然、陽乃がそんなことを言い出した。


「どういう意味?」


 彼女の意図が読めず、俺はそのまま聞き返す。


「まんまだよ。いいやつだなって思って」


「……はあ」


 褒められてんのかな。

 これどうリアクションするのが正確なんだ?


「ねえ」


 俺がそんなことに悩んでいると、陽乃が俺に呼びかけてくる。そこで俺は顔を上げて陽乃の方を向く。

 もちろん、暗くて顔は見えないが。


「ちょっとだけ、話を聞いてもらってもいい?」


「話?」


「うん。話っていうか懺悔っていうか、そんな感じのこと」


 今日のことを謝ろうとしているのかな。何だか妙にしおらしいし、聞かないという選択肢はない。


「ああ」


 どう話し始めようか考えているのか、暫し無言が続いた。俺は急かすこともせず、彼女が話し始めるのをただ待っていた。

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