彼女の双子の妹が俺を寝取ろうとしている

白玉ぜんざい

プロローグ


 欲しいものはすべて手に入った。


 それは両親の経済力がそれなりに高かったからという理由も少なくないが、自分で言うのもなんだけれど容姿の良さは大きく関係していたと思う。


 客観的に見ても、可愛い部類に入るだろう。それに気づいたのは中学生の頃で、あたしはその頃に自分の武器を自覚したのだ。


 けれど。

 その二つよりももっと大きな理由がある。

 それは、姉である月乃の寛大な心だ。姉と言っても双子なので歳は同じ。少し生まれるのが早かったというだけであたしは妹になった。


 妹でよかったと思っているし、姉がよかったとは一度たりとも思ったことはない。


 隣の芝生は青く見えるという言葉があるけど、どうしてか月乃の持っているものが良いもののように見えた。

 だから、あたしは月乃にそれが欲しいと訴えかける。それはぬいぐるみだったりお菓子だったりヘアピンだったり、洋服やご飯、実に様々なものを欲しがった。


 そのどれもを、月乃は嫌な顔一つせずにあたしに与えてくれた。

 それがお姉ちゃんというものなんだと思っていたからこそ、姉という存在に一切の憧れを抱かなかったんだと思う。


 月乃の優しさに感心している反面、その優しさに恐怖を抱くようになったのは中学生になってからだ。


 月乃はどうすれば怒るのだろうか。

 どうすれば月乃の感情はこちらに向くのだろうか。


 いつしか、あたしはそんなことを考えるようになっていた。


 そんなあたしも高校生になった。

 特に何か理由があったわけではないけれど、あたしは月乃と同じ高校に進学した。


 双子とはいえ、高校生にもなれば学校での過ごし方や友達の趣向もだいぶ変わってくる。

 その上、クラスも違うので校内で月乃と関わる機会は少なかった。


 家では普通に話すし、校内でも見かけたら声をかける。月乃はあまり積極的に人とコミュニケーションを取るタイプではなかったけれど、漫画研究部に入ってからはそれなりに楽しそうにしていた。


 あたしはあたしで友達を作って、部活には入ってないけど友達と楽しく過ごしている。


「ん?」


 そんなある日のことだ。

 夏が終わり、秋が訪れ、着々と冬の接近を感じるような肌寒さを覚える放課後。

 夕焼けが世界を赤く染めているその景色はどこか幻想的なように見える。


 その景色の中に見知った顔を発見した。


 月乃だ。


 どこへ向かっているのか、何やら周りを警戒しながら怪しさ満載の様子で校内を歩いていた。


 あんな不審な動きをする月乃はこれまで見たことがなかった。そんなものを見ればあたしの中の好奇心が膨れ上がるのは必然。


 バレないように距離を置いて、ひっそりを尾行を始めた。


 最初は検討もつかなかったけど、月乃が向かう先が何となく予想でき始めたところで、一つの仮説が生まれた。


 到着した場所は校舎裏だ。

 夕日は校舎がシャットアウトしているためここは暗い。そのせいか空気もどこかじめじめしているので、この場所に好き好んで来る生徒はいない。


 同じ校舎裏にしても、別の校舎であればもう少しロケーションがいいので、そっちには二人きりになりたいカップルがいたりする。


 月乃が校舎裏に到着したとき、そこには一人の男子生徒がいて、それを見たあたしはすべてを察した。


「あ、あの!」


 メガネを掛けた男子生徒は緊張のあまりか、第一声のボリュームを盛大に間違えた。

 月乃も驚いている。


 男子生徒のことは知っている。

 確か、牧村一登。

 あたしのクラスメイトだ。あまり目立つタイプの男の子ではない。昼休みも本を読んでいたりする。


 話したこともないと思う。

 ただ、名前は覚えていた。人の名前と顔を覚えるのは得意なのだ。


「俺と、付き合ってください!」


 あれやこれやと考えてきた言葉を並べて、最後にはそんな決まり文句で告白を締め括った。


 しまった。


 人の告白シーンを、ましてや姉のそんなシーンを見るというのはいかがなものか。


 立ち去ろうと思ったけど、でもここまで見たのだからもうどこまで見ても同じだと思った。


 なので、あたしは帰ろうとしていた足を止めて、くるりと回って再び校舎裏を覗き込んだ。


「嬉しいです。私の方こそ、お願いします」


 掛けていたメガネを外し、月乃は流れる涙をぐしぐしと手で拭っていた。泣くほど嬉しいのか。


 小学生の頃から男の子に対して苦手意識を持っていたのか、あまり関わろうとはしていなくて、中学生になるとそれに拍車がかかっていた。


 男っ気のない日常を送っていた月乃に彼氏ができたのは驚きだ。だけどそれ以上に、涙を流すほどに好きな男の子がいたことに驚いた。


 牧村と話す月乃の横顔はとても幸せそうで、前髪に隠れているが笑顔はとても可愛らしい。


 そうか。

 月乃は幸せを手に入れたのか。


「……おめでとう」


 あたしは小さく呟いて、この場を去ろうとした。これ以上見るのは野暮というものだろう。


 数歩歩いたところで、あたしの心臓は何故かバクバクと高鳴っていた。

 あたしはこの感覚を知っている。


 好奇心が働き、高揚感が高まっているのだ。ワクワクしている、というのとは少し違うような気もするけど、それに似たような感じ。


 ああ。

 あたしの悪いところだ。


 思ってしまった。

 考えてしまった。

 浮かんでしまった。


「……牧村一登、か」


 あの幸せそうな月乃の横顔。


 もし。

 もしも。


 あの牧村一登を奪ってしまえば、月乃はあたしにどんな感情をぶつけてくるんだろうか。


 月乃が選んだ男。

 彼は一体どんな人間なのか。


 いけないことだと分かっていながら、けれど湧き上がってくる気持ちを抑えることができない。いや、もう抑えるつもりなんてさらさらない。 


 あたしは自分でも気づかないうちに、口元に笑みを浮かべていた。

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