最終話 幼馴染みの男の子
夜になって、あたしはマイちゃんの家を訪れた。
おばさんが出迎えてくれて、マイちゃんはいきなり訪ねてきたことに驚いていたけど、拒むことなく部屋に入れてくれた。
「それじゃあ彩ちゃん、ゆっくりしていってね」
おばさんが部屋を出て行って、今はあたしとマイちゃんの二人きり。
何度も入ったことのある、マイちゃんの部屋。机の上はキチンと整頓されていて、棚には少女漫画や可愛い動物のぬいぐるみが並んでいる。
だけどいつもは楽しく遊んでいる空間が、今日はとても静か。話したいことはあるのに、向かい合って座るとまた喋れなくなっちゃう。
出ろ、あたしの声。
時計の針の音、更にはお互いの心臓の音さえも聞こえそうな沈黙の中。先に口を開いたのは、マイちゃんだった。
「ごめん」
「えっ? どうしてマイちゃんが謝るの?」
「えっ、騙してたことが許せなくて、文句言いに来たんじゃないの?」
心底意外そうに目を丸くしているけど、全然違うよ。だいたい。
「マイちゃんだって、最初は分かってなかったんでしょ。お互いに、勘違いしてただけなんだから」
「けどボクは自分が男だって気づいてからも、ずっと黙ってた」
マイちゃんは申し訳なさそうに下を向いていたけど。あたしは手を伸ばして彼女の——ううん、彼の頬に触れた。
「彩?」
「マイちゃんが本当のことを言えなかったのは、あたしのせいなんでしょ。あたし、男子苦手だし、マイちゃんのことを女の子だって信じちゃっていたから、言いにくいのは当然だよ。あたしの方こそたくさん傷つけてきて、ごめんなさい」
「違う、彩は何も悪くない!」
そう叫ぶと、ようやく顔を上げてくれた。
「だいたい、彩は変だって思わないの? ボクは男なのに、可愛いものが好きだし、メイクもするし、スカートだって履く。気持ち悪いって、思わない?」
「良いじゃない、男の子がスカートを履いても。好きな物が人とは少し違うだけだもの。どこが悪いの」
スカートを履いて、お洒落やメイクが好き。ぬいぐるみを集めて、少女漫画だって読む。
良いじゃない、そんな男の子がいても。
ジェンダー問題は本当に複雑。人の数だけ、性があるとさえ言われているんだもの。
分からないこともあるし、間違えることだってある。
だけど忘れちゃいけないのは、男であるとか女であるとか以前に、マイちゃんはマイちゃんだってこと。
あたしはそっとマイちゃんに近づくと、彼の背中に手を回して、胸に顔を押し付けた。
その胸は、あたしのそれとは違って固い。男の子なんだから、当然だよね。
トクントクンと伝ってくる鼓動感じながら、あたしは抱き締める腕に、更に力を入れた。
こうして抱き締めていないと、マイちゃんが離れていきそうだったから。
「こんなことして、怖くないの? 男子苦手なのに」
「苦手だけど、マイちゃんは別。あたしがマイちゃんを怖がるはずないじゃない。今までだって平気だったんだから、これからだって大丈夫だよ」
本当は男の子だって分かった時は、少し怖いって思っちゃったけど、これはナイショ。
マイちゃんはしばらく黙っていたけど、やがてそっと頭を撫でてくる。
「ありがとう。やっぱり、彩は最高だよ」
ホッとしたような、嬉しそうな声。
やっぱり何も変わらない。男の子でも女の子でも、マイちゃんはマイちゃん。今までも、これからだってずっと。
「けどさ彩、ちゃんとわかってる?」
「え、何が?」
「ボクは男なんだよ。なのに夜遅くに二人きりで、こんな風に抱きつくのは、ね」
「えっ?」
言われてようやく、自分のしていることに気がついた。
あ、あたしってば男の子相手に、なんて大胆なことを!
抱き締めていた手を慌てて放し、後ろに下がる。
平気だとは言ったけど、男の子相手にこういう事は、さすがにね。意識しちゃうと、やっぱりちょっと恥ずかしい。
マイちゃんはそんなあたしを見ながら、ふふっと笑みを浮かべる。
「あと、これも言っておかなくちゃね。ボク、彩のことが好きだから。男として、ね」
「ふえっ!?」
そうだ。そっちもあったんだ!
自分の顔が、真っ赤になっていくのがわかる。胸の奥が大きく鼓動を刻んで、ドキドキが止まらない。
さっきはマイちゃんが男の子でも、今までと何も変わらないって思ったけど。
前言撤回。これは今まで通りいられるか、分からないや。
「と、友達からお願いします。男の子の友達、第一号として」
「うん、これからもよろしくね」
長年幼馴染みやってるのに、今更友達からってのも、おかしな話だけど。
ぎこちない返事をするあたしに、マイちゃんは可愛い顔で笑った。
了
スカートを履いた幼馴染 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi
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