第3話 マイちゃんの告白

 夏休みが間近に迫った、七月半ば。昼休みが終わった後の掃除の時間、あたしは外庭の掃除をしていた。


 ふぅ、今日も暑いなあ。汗で制服は肌にはりつくし、メイクは崩れちゃうし、最悪だよ。


 そんな事を考えながら、集めたゴミを収集所に持って行って、掃除完了。

 だけど教室に戻ろうとしたその時。


「よう、紺野」

「げ、山下君」


 声を掛けてきたのは、嫌いな男子ナンバーワンの山下君。よくマイちゃんの悪口を言ってるから、苦手なんだよね。


 いったいなんの用? また意地悪してくるつもりなの?

 どうしよう、周りには誰もいないし、何かあったらヤバいかも。そう思ったけど。


「あのさ、今度夏祭りがあるだろ。俺と一緒に行かね?」

「は?」


 告げられたのは、意外な言葉。

 夏祭りって、あたしと山下君が? そう言われても。


「ゴメン、他当たってくれる」


 即座に断って背を向けた。

 だってさあ。親友の事を悪く言う人と一緒に行ったって、楽しく無いじゃない。

 山下君も、どうしてアタシを誘ったんだか。


 だけど行こうとすると、グイと肩を引っ張られた。


「待てよ。どうして断るんだよ。夏祭り、行きたくないのか?」

「―—痛っ! そうじゃないけど、もう他の子と行く約束してるの」


 山下君のことが苦手だと言うのもあるけど、先約があるのも嘘じゃない。

 だけど途端に、山下君の表情が険しくなった。


「お前、あの変態野郎と一緒に行く気じゃないだろうな?」

「変た……それ、マイちゃんのこと言ってるの? そんな風に言わないでよ」

「本当のことじゃねーか。男のくせに女装して学校に来るだなんて、変態だろ」

「止めてよ!」


 マイちゃんの事を悪く言われるのは、自分の事を言われたみたいに悔しい。

 そんな言い方、あんまりじゃない!


 だけど庇えば庇うほど、山下君は顔を真っ赤にしていく。


「そんなにアイツの事がいいのよ⁉」

「そうだよ。わかったらもう、手を放して」

「ふざけるな!」


 山下君は何故かますます怒り出して、掴まれた肩がどんどん痛くなる。

 振り払おうとしたけど、あたしの力じゃどうしようもなく、ギラついた目が怖い。

 このままじゃ、何されるかわからない。どうしよう、どうしよう……。


「山下、何やってるんだ!」


 この声―—


 振り向くと、そこにいたのはマイちゃん。

 あたしたちを見て事態を察したのか、すぐさまこっちに駆け寄ってくる。


「市原ぁ、この際だから言っとくけどな、紺野につきまとうんじゃね―—ぶあっ⁉」


 言い終わらないうちに、マイちゃんの拳が山下君の顔にめり込んだ。


 前にこれと、よく似た光景を見たことがある。

 小学生の頃、あたしが男子にイジメられた時と一緒だ。あたしを助けるため、マイちゃんが殴ったのだ。


 そして殴った事で掴まれていた肩が解放されて、ようやく自由になれた。するとすかさず、今度はマイちゃんが手を握ってくる。


「走るよ!」


 手を引かれながら、二人して駆け出す。

 後ろからは山下君の「待て!」って声が聞こえたけど、無視して走って行った。


 そうして全力で逃げて、やって来た校舎の入り口。こ、ここまで逃げたら、大丈夫だよね。


「ハァ、ハァ、逃げられたみたいだね。ありがとう、助かったよ」


 息を切らしながらお礼を言うと、マイちゃんは心配そうにあたしを見る。


「本当に大丈夫? 変なことされてない?」

「平気。けど怖かった。男子ってどうして、あんな乱暴なんだろう」


 何の気無しに言ったけど、途端にマイちゃんの表情が曇った。


「ごめん」

「え、どうしてマイちゃんが謝るの?」

「それは……。ボクも男子だから」


 しまった!

 あたしの中ではマイちゃんは完全に女の子って認識になっていたけど。性別を意識させることを、うっかりでも言うべきじゃなかった。


「マイちゃんは別だよ。だいたい、マイちゃんは女の子だから、気にする方が間違ってるよ」


 だけどマイちゃんの表情は晴れない。

 それどころか思い詰めたような目で、じっとあたしのことを見る。


「違う、そうじゃないんだ。ずっと黙ってた事があるんだけど、驚かないで聞いてほしい」


 え、何? いったい、何を言おうとしているの?

 分からないけど、何か大事なことを伝えようとしているのだけは分かった。


 心臓がドキドキと音を立てる。マイちゃんは少しの間、躊躇ったように黙っていたけど、やがてゆっくりと口を開いた。


「ボクは彩が思っているような、女の子じゃない。ボクは男……男なんだ」

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