第2話 トランスジェンダー

 あたし、紺野こんのあやと、幼馴染のマイちゃんこと市原いちはら舞人まいとちゃん。

 家が近所で仲が良く、小さい頃はよく一緒に女児向けの魔女っ子アニメを見ていたっけ。


 あたしが保育園で男子に意地悪された時に、守ってくれたマイちゃん。

 思えばその頃から、マイちゃんは他の男の子とは違うなって思ってた。


 大きな変化があったのは、小学校に上がる少し前。マイちゃんがあたしの家に遊びに来た日のこと。

 その時あたしは、新しく買ってもらったスカートを履いて喜んでいたんだけど、それを見たマイちゃんが言ったの。

「ボクもスカート履いてみたい」って。


 マイちゃんは男の子だけど、可愛いからきっと似合う。

 だからスカートを貸してみたんだけど、思った通りとっても可愛くて、ママに頼んで写真まで撮ってもらっちゃった。


 するとそれからしばらくして、ママに言われたの。

 マイちゃんは男の子だけど、本当は女の子なのかもしれないって。


 その時は知らなかったけど、世の中には体は男の子だけど、心は女の子な人もいるみたいなの。

 心と体の性が一致していない、トランスジェンダーと呼ばれる人達が。


 難しい事は分からなかったけど、納得したのだけは覚えている。

 だってマイちゃんは、女の子向けのアニメが大好き。可愛いものも好きで、ぬいぐるみをたくさん集めている。

 雰囲気も他の男の子と違っていたし、スカートを履いて喜んでいたもんね。

 そっかー、マイちゃんは女の子だったのかー。

 あたしは特に疑問に思う事無く、それを受け入れた。むしろそっちの方が納得できたくらい。


 体は男の子だけど、マイちゃんは女の子。それに決まり!


 というわけであたしはそれから、マイちゃんを女の子として接するようになり、うちのパパやママ、それにマイちゃんのパパやママも、その事を受け入れたの。


 だけど全ての人が、マイちゃんの事を分ってくれるわけじゃない。それを痛感したのは、小学校に上がってから。


 可愛いものが好き。オシャレが好き。スカートだって履く事があるマイちゃん。

 そんなマイちゃんのことを、みんなは変だって言ったの。


 女子の友達と遊ぶ時マイちゃんも誘おうとしたら、「男子はちょっと」って嫌な顔をされた。

 そして男子はもっと意地悪で、マイちゃんのことをおかしい、気持ち悪いってバカにしたのだ。


 おかしくなんかないのに、みんな酷いよ。

 あたしは悔しくて仕方がなかったけど、当のマイちゃんは。


「仕方ないよ。けど彩がボクのことを、分かってくれてるもの。ボクはそれで十分だよ」


 そう言って、寂しそうに笑った。


 その後もマイちゃんのことをからかったり、陰口を言ったりする人は後をたたなかった。

 それどころかマイちゃんだけでなく、一緒にいるあたしのことまで、バカにしてくる子まで現れたの。


 マイちゃんといつも遊んでいるあたしも、実は女の子の格好をしている男の子なんじゃないかってからかわれたのだ。

 だけど、そしたらマイちゃんが。


「ボクになら何を言ってもいい。だけど彩のことはバカにするな!」


 そう言って、意地悪してきた男の子を殴ったんだよね。


 それまで何を言われても大人しかったマイちゃんがだよ。もうビックリしたよ。

 その後は大ケンカになって、先生が止めに入る騒ぎになったけど、あたしのために怒ってくれた事が嬉しかった。


 偏見を持っている人は多いけど、理解してくれる人だってちゃんといる。

 特にマイちゃんがメイクを覚えてからは、その話題で一緒に盛り上がる女子が一気に増えたりもした。


 中学校に上がると学校にも事情を説明して、女子の制服で通うことを認めてもらって、今に至る。

 

 登校してきたあたしたちは教室に入って、隣り合う席に腰を下ろした。

 教室には夏服を着た女子の姿がちらほらあったけど、一番綺麗なのはやっぱりマイちゃんだ。

 どこからどう見ても、完璧な女の子。あたしよりずっと綺麗で、羨ましいー!


「はぁ~、あたしもマイちゃんみたいに、可愛くなりたいな~」

「何言ってるの、彩は可愛いじゃん。さっき山下がちょっかい出してきたのだって、ボクが彩と一緒にいるのが気に入らなかったからじゃないの」

「まさかー、そんなわけないって」

「本当だって。可愛いって自覚、少しは持ちなよ」


 実際はどう考えてもマイちゃんの方が可愛いけど、こんな風に言われて悪い気はしない。

 だけどそれも束の間。またしても山下君達の声が聞こえてきた。


「あーあ。あーやって女子に取り入るなんて、ズルいよなー」

「本当は男なのによー。だいたい女だったら、自分のこと『ボク』なんて言わねーだろ」


 またあんなこと言って。

 睨んでやったら悪口を言うのは止めたけど、バカにしたように笑うのは止めてくれなかった。

 何にも分かってないくせに、好き勝手言わないでほしいな。


 どうしてマイちゃんが自分の事を『ボク』って言うのかは、あたしも聞いた事がある。

 すると返ってきた答えは、そっちの方が慣れているからだそうだ。


『別に呼び方なんてどうだって良いじゃない。ボクはボクなんだから』とのこと。


 それもそうだね。呼び方なんて関係無い。マイちゃんは可愛くて美人で格好良くて、最高オブ最高! あたしの自慢の、幼馴染の女の子なのだ。

 だけど。




 あたしはマイちゃんのことを分かっているようで、実は全然分かっていなかった。

 その事を思い知らされたのは、それからしばらくしてからだった。

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