第4話 受け止めきれない真実

 ずっとため込んで来たモノを吐き出すような、マイちゃんの告白。

 だけど何を言っているのか、あたしはよく分からなかった。


「う、うん。体は、男の子だよね。けど心は女の子だって、ちゃんと分って……」

「違う、そうじゃない。体だけじゃなくて、心も。彩はボクの事を、トランスジェンダーだって思ってるし、ボクもずっとそうだって思ってきた。けど違う。体だけじゃない、心も男なんだ」

「えっ、ええっ?」


 今度こそ、本気で何を言っているのか分からなかった。

 だって、だってマイちゃんは。


「ま、まって。そんなはず無いでしょ。だって可愛い物や少女漫画が好きで、メイクをするしスカートだって履くじゃない。嫌々やっていたわけじゃないよね?」


 長い間一緒にいるのだから、間違いないと思う。

 けど。


「うん、好きだよ。スカートを嫌々履いたことなんて、一度も無い」

「ほら、それじゃあやっぱり」

「けどそれだけ。ボクは可愛いものが好きで、メイクもオシャレも、スカートを履くのだって好きな……そんな男なんだ」


 とても言いにくそうに、絞り出すような声での告白。


 え、ええと。つまりマイちゃんはやっぱり男の子で、普通なら女の子が好むような物を、好きなだけだったってこと?


 でも、そんなことってある? 男の子なら、ぬいぐるみよりもプラモデルを欲しがるんじゃないの?

 メイクをしてスカートを履きたがる男の子なんて、あたしは知らない。


 頭が混乱して、訳が分からなくなってくる。

 冗談を言って、ふざけているだけ? 

 違う。この苦しそうな表情、とても冗談を言っているようには思えない。


 照り付ける日差しが暑い。背中を、嫌な汗が流れる。

 遠くから聞こえるセミの声と共に「ボクは男なんだ」というマイちゃんの声が、頭の中で何度もこだまする。

 

 女の子というのは勘違い。マイちゃんは男の子。男の子……。


「彩!」


 暑さと混乱で倒れそうになったところを、マイちゃんが慌てて抱き止めてくれた。

 ショックのあまり、一瞬意識が飛んじゃってたんだ。


 だけど支えてくれたマイちゃんの、半袖のシャツから伸びた腕を見ると、体が硬直してしまった。

 それはゴツゴツしていて力強い、男の子の手。女の子の手とは、明らかに違う。

 もちろん今までだって、マイちゃんの体があたしとは違うって知っていたけど。けどさっきの告白を聞いた後だと、まるでマイちゃんが全く知らない人みたいに思えてきて……怖い。


「ヤダッ!」


 自分でも信じられない言葉を口にして、マイちゃんの手から逃れて距離を開ける。

 今までだったら、くっついていても平気だったのに。マイちゃんが男子だって思うと、恥ずかしい。


 目の前にいるのが、マイちゃんじゃないみたい。

 混乱。怖さ。羞恥。色々な感情が混ざりあって動けずにいると、マイちゃんは辛そうな顔をしながら、絞り出すような声で言ってくる。


「ごめん。ボクも最初は、自分は女の子なんだって勘違いしてた。だってボクの好きなものは皆、女子が好きな物ばかりだったし、女の子の服を着たいっても、普通に思っていたから」


 うん、それはあたしも同じ。

 マイちゃんが女の子だということに、何の疑問も持たなかった。


「けどね。成長するにつれて、違うのかもって思ってきたんだ。中学に上がったくらいからかな。彩と一緒にいたらドキドキして、さっきみたいに山下にちょっかい出されてるのを見たら、イライラするんだ。そんな風に思うのは彩が女の子で、ボクが男の子だからなんじゃないかって、気づいたんだ」

「えっ? ちょ、ちょっと待って。それって」


 マイちゃんの言ってることはおかしい。

 だってそれじゃあまるでマイちゃんがあたしのことを……す、好きみたいじゃない。


 ダメ。マイちゃんが男の子だっていうだけでも混乱してるのに、ますますわけが分からなくなる。


「本当は、もっと早く言わなきゃいけなかったんだ。だけど彩、男子苦手だし。言ったら嫌われるんじゃないかって思って、怖くて言えなかった。ずっと騙してて、ごめん」


 深く頭を下げて、もう一度謝ってくる。

 表情を見ることはできないけど、いったいどんな顔をしているんだろう?


 言いたいこと、聞きたいことがたくさんあるはずなのに、話すのが怖い。

 結局あたし達は、それから一言も喋ることなく教室に戻って。マイちゃんは午後の授業を受けることなく、一人早退して行った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る