第3話 兄の自覚

わぁわぁと村中で大きな声がした。

父はそれでようやく気付いた。

村のどこかで、なにか問題が起きているという事態に。


急いで父は子どもたちの眠っている部屋に飛び込んで、太兵衛、チサ、三平を起こした。

「なに・・・?」

チサは寝ぼけまなこで目をこする。


「早く外へ出ろ!太兵衛、チサと三平を頼むぞ!」

父の大きな声に三平は驚いて泣きだした。

まだ三平は齢5つ。チサより5つ下だ。

「おとっちゃんは!おとっちゃんはどこ行くんだよ!」

「良いから早く外へ出ろ!」

太兵衛たちは慌てて外へ出る。


「兄ちゃん、怖いよぉ。」

チサは太兵衛の手をぎゅっと握る。

「兄ちゃんがいるから大丈夫だ。おとっちゃんもきっとすぐ来てくれる。」

泣き疲れて眠る三平を背負い、チサの手を引いて歩いて家の近くの広場に来た。


「太兵衛兄ちゃん!おチサと三平も一緒だったんだ。」

「貫太郎もやっぱりここに来たんだな。」

「おっかさんから言われてここに来たんだ。太兵衛兄ちゃん、おらのおっかさん見かけなかった?」

「いや、見てないよ。おとっちゃんもどこにいっただろうか。」

四人の子供たちは恐怖心から身を寄せ合った。


ごうごうと轟音を立てて、一軒の家が燃えていた。

それは村長の家であった。

だが、村長も、村長の妻や子供の姿はそこにない。


見ず知らずのよそ者らしき男たちが悠々と広場を横切る。

「やっぱりあそこの家が一番立派だったな。」

「お宝もありましたぜ、兄貴。」

その言葉に、貫太郎は飛び出して行こうとするのを太兵衛は止める。

貫太郎は太兵衛をにらむが、太兵衛はただ首を横に振った。

子どもの自分たちが行っても危ないだけだ、とそういう意味で。


武装した太兵衛の父がよそ者たちに近寄った。

「お前たち!何者だ!村長たちはどうした!」

「ああ?村長?その家の爺さんなら今頃床でおねんねしながら焼かれているだろうよ。」

太兵衛の父はその意味を理解した。

「村長を・・・!お前たちは守護職へ引き渡す!」


よそ者たちはそれを聞いて太兵衛の父を襲った。

太兵衛の父は二人を相手に戦いざるを得なかった。

後ろに子どもたちの姿を見つけたのだから・・・。


太兵衛の父がよそ者たちに立ち向かっている間に、村の一人の男が太兵衛の父の隣へとくる。

突如、太兵衛の父から赤いしぶきが上がる。

村の男が、太兵衛の父の脇腹を直刀で刺したのだ。


太兵衛はチサと三平にその姿を見せまいと必死になる。

「医者だぁ!貫太郎、チサ、先生を呼んできて!」

太兵衛は貫太郎とチサに医者を呼ぶよう指示をした。


太兵衛の声に、よそ者たちは逃走した。

捕まれば、彼らは強盗殺人で死罪となるだろう。

太兵衛の父を刺した男も、一緒になって逃げていった。


三平はその声に驚いて泣き叫ぶ。

太兵衛は三平の目を見てかがむ。

「三平、お前も男だろう?大きい声で泣いちゃいかん。」

「兄ちゃん、怖いよぉ!」


縋りつく三平に、太兵衛はよしよし、と言いながら頭を撫でて宥める。

太兵衛の父は失血で薄れていく視界の中で、その姿を見た。

良い兄に育ったものだ、太兵衛の父はそう思って安堵した。

それは太兵衛の父が最後に見た景色だった。


ぽたぽたと冷たい雨が降り注ぐ。

赤々と燃え続けていた村長の家は、雨で消火されたがもうほとんど跡形もない。

ただ、丸焼けになった死体が四体見つかっただけであった。


体も動かず、視界は絶え、痛みも何も感じなくなっていた。

太兵衛の父はそれでも目を開こうと足掻く。

「よく頑張りました。もうお休みにならない?」

太兵衛の父は声の主を探すと、今は亡き妻であった。

「私は・・・、太兵衛やチサ、三平を置いては・・・。」

「親がなくとも子は育つ、と言うのです。あの子たちを別の場所から見守りましょう。」

「・・・わかった。」

太兵衛の父は妻の手を取った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る