第6話 馬のケガ

宗佐衛門は半左エ門と別れ、家として借りている本宅の離れへと戻る。

どうも家の様子はおかしい。


チサは宗佐衛門の姿を見つけて駆け寄った。

その目はほんのりと潤んでいる。

「兄様!三平が大ケガをして・・・!」

「三平が・・・!どうして・・・。今日の手伝いはケガをするようなものではなかったはずだ!」

「馬に・・・、お義父上が馬具を付ける前の馬に撥ねられて大ケガをしたのです!」


飼われている馬たちは、三兄弟誰にもよく懐いている。

馬は普段大人しくしているばかりで、獰猛な馬はいなかった。

確かにまだ躾の行き届いていない仔馬であれば、はしゃいでしまって暴れることはあったが、三平でもそれらの相手は得意だし、ケガをしたこともない。


宗佐衛門はとにかく先に、三平のところへ走った。

「兄ちゃん・・・、おら、ケガしちまって。ごめんなさい。」

「謝るな。けがが治るまで、大人しく療養するんだ。」

「馬・・・、クワって馬・・・、ケガしてるかもしれん。兄ちゃん、見に行ってくれん?」

「分かった、クワだな。」


宗佐衛門はチサに三平の世話を任せ、うまやでクワの様子を見に行く。

「クワ、ちょっとごめんよ。・・・尻に傷をつけられた跡があるな・・・。戦に貸し出したのか?矢でも当たったのだろうか?まだ新しい傷だ。」

ケガをしていて、どうやら痛みで暴れたようだ。

クワは特に仔馬の頃から三平が大好きだったのだから、むやみに襲うはずがない。


宗佐衛門はすぐに本宅に住む長兵衛に言いに行く。

長兵衛は仕事を終えていたので、酒を飲んで横になっていた。

「養父上、傷薬と麻布を分けてください!クワがケガをしているのです。傷が癒えれば、またクワも働いてくれるはずですから。」

だが、長兵衛は難しい顔をした。

「今、薬は切らしている。麻布であれば、少しなら分けてやれるから持って行くと良い。」

「ありがとうございます、養父上。」

「そこの棚にあるぞ。」

どうやら、長兵衛はもう立つのさえ面倒のようで宗佐衛門に言った。


宗佐衛門は棚から麻布を取った。

ぶつり、と指先に切り傷ができる。

「・・・?なぜ、切り傷が?針でも触れてしまったか?」

とりあえず、麻布をもってクワのところへと急ぐ。


クワの傷に合わせて麻を裂き、手当てをする。

麻布の中から、カラン、という音とともに、古い直刀が姿を現した。

キレイに磨かれているのだが、切っ先にはほんのりと血の跡がある。

その跡は、先ほど宗佐衛門が指に切り傷を作ってしまった時の血の跡だ。

「なぜ、これが・・・?父上に関係があるのか?」


そして、記憶が掘り起こされる。

実の父が、野盗と戦っている間に横から・・・

「まさか、あの時の・・・、父上を追いやったものか!?」

さすがに、長兵衛に面と向かって聞けばチサと三平が危ないだろう、というのは想像に難くなかった。

そもそも、あの日の実の父からの態度を見るに、面識はあったとは思えない。

宗佐衛門は麻布の中に直刀を包み直し、知らぬ顔をして余った麻布を長左衛門に返却した。


「クワの手当てが終わりました。余った布をお返しします。」

「おう、ご苦労。よく気が付く息子だ。」

「恐れ入ります。では、私はこれにて。」



「クワは尻のあたりにケガをしていたよ。傷薬がなかったから、麻布で傷口を縛っておいた。今度、傷薬も買っておかないといけないな。」

「兄ちゃん、ありがとう。」

「三平、早く良くなるため早く休め。チサ、面倒を見てくれてありがとう。」

「兄上も、三平も、早くお休みになってね。」

チサは隣の部屋へと去っていく。


体を休めよう、と布団に入った瞬間、半左エ門と話した時の記憶がよみがえる。

『でも、おらはずっと気になってたことがあるんだ。なんで、長左衛門のおやっさんは兄さんたちを引き取ったんだろう、ってな。』

宗佐衛門は一晩、眠りに付けずにその意味を考え続けた。

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