第7話 訓練

宗佐衛門はほとんど眠れず、朝を迎えた。

「ふわぁあ・・・。」

「兄様、だらしないよ。」

大あくびする宗佐衛門にチサは顔をしかめる。

「すまん、なかなか寝つきが悪くてな。」

窘めてくる妹のチサに苦笑いしつつ、宗佐衛門は仕事の支度を始める。


「チサも子どもではありません。兄上の相談役くらいできましょうよ。」

皮肉っぽくチクチクとチサは言う。

「うーむ・・・。せいぜい、お前の嫁ぎ先かね。」

宗佐衛門はからかうように言った。

「嫁ぎ先・・・。三平が元服するまでは祝言を挙げるつもりもございません。」

「それは困ったな。」

宗佐衛門は笑った。

だが、眠れずに悩んでいたことは胸に秘めたままだった。

「嫁ぎ先を、と言うのなら、兄様こそ早く嫁いでくれる女性をお探しになってはいかが?」

「お前も言うようになったなぁ。」

生意気な妹め、そう思いつつも宗佐衛門は笑って答えるだけである。


仕事に発つ前、宗佐衛門は三平にも声をかけに行く。

「行ってくるから、大人しくしておきなさい。」

「おらは足をケガして動けないからじっとしておくことしかできないよ。兄ちゃん。」

「そうだったな。じゃあ、行ってくる。」

宗佐衛門は三平の頭を撫でて家を出ていく。


今日は馬術訓練をする日だった。

宗佐衛門はタケという名前のオス馬と訓練にあたる。

タケは宗佐衛門によく懐いており、彼の愛馬でもあるのだが実はチサが名前を付けた。

縁起物の松「竹」梅から取ったのと、竹は竹の子からみるみるうちに若竹へと早く成長することから早く成長するよう願って付けた名前である。

また、竹の中はまっすぐ空洞、つまり腹に二物はない、という意味合いもあった。


「タケ、今日も頼むぞ。」

宗佐衛門の手に顔を擦り付ける。

「本当にタケは兄さんによう懐いてるなぁ。」

羨ましそうに半左エ門が言う。

「毎日ちゃんと世話をしてやらないと、馬も心を開かないぞ。タケとはそうやって信頼関係を築いているんだからな。」

半左エ門は感心したようにタケを眺める。

突如、ゲシッと鋭い頭突きが入る。


「いてー!あ!またお前か!」

ヤキモチを焼いた半左エ門の愛馬であるウメは、機嫌が悪いとなぜか半左エ門を軽く小突いたり、加減をしつつ蹴ったりする。

ウメはタケの兄妹でメス馬である。

半左エ門のことは気に入ってはいるようだが、タケを褒めるとたちまち機嫌が悪くなるのである。

「どうどう、ウメ。お前はちょっと嫉妬しやすいなぁ。せっかくの美人なんだ、落ち着け。」

宗佐衛門はウメをなだめる。

ウメはなだめられて大人しくなる。

「兄さんはすげえな。すぐウメも大人しくしちまう。」


「宗佐衛門、半左エ門。これより模擬戦による訓練だ。急げ。」

「承知しました。」

「はい。ウメ、行こう。」

二人は模擬戦で汗を流す。

大将首を本当に取るのではなく、放り投げられた布を大将首に見立てて争奪する訓練である。

どちらがより早く大将にそれを見せるのか、そういった訓練である。

馬術、そして模擬用の薙刀を携えて二人は武勇を競った。


夕方、二人は揃って草原に寝転がった。

「やっぱり何度やっても、重兵衛じゅうべえには敵わなかったな・・・。」

「あいつみたいのを天才って言うんだろうな・・・。おらより強いのに、兄さんでも敵わないんだから。」

重兵衛は凛とした男だった。

普段から無口なので、あまり誰かと話しているところを二人は見たことはない。

だが、よき好敵手だと二人は感じていた。


ガン、といきなり木刀が突き立てられる。

体に到達する前に、二人は寝転がってかわし、勢いをつけて立ち上がった。

「びっくりしたじゃないか、重兵衛!」

「ふむ・・・。油断しているように見えたのだが、違ったか。」

「だからっていきなり襲撃する奴があるか!」

半左エ門は怒鳴る。

「ぷっ・・・、ハハハ!おもしろいな、あんた。」

重兵衛は腹を抱えて笑い出した。

「重兵衛が笑った・・・。」

宗佐衛門もぽかんとして見ていた。

「俺も人だよ。笑うさ。よかったら明日から一緒に訓練しよう。」

思わぬ誘いに、二人は顔を見合わせるが大きくうなずいた。

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