第8話 連れ去り
重兵衛と親しくなり、三人で稽古に励むことが多くなった二人。
重兵衛が時折、どこを見ているのかと思うほど、遠い視線をすることが多いことに二人は気付いた。
草原に腰を下ろしていた重兵衛に、二人は近づく。
「ああ、すまない。死んだ家族の事を考えていたんだ。」
「重兵衛の家族の話、初めて聞くな。」
宗佐衛門も半左エ門も隣に座って話を聞こうとする。
「過ぎたことだ。考えていても戻ってこないだろう?」
「そうだな・・・。私も両親を亡くしている。気持ちはわかるな。」
重兵衛は意外そうに宗佐衛門を見る。
「母は弟を生むと同時に、父は元服前に村で野盗たちから私たちを守ってな・・・。」
重兵衛はふと目を伏せる。
「似たようなもんだ。俺も。」
「おらも父は病で亡くした。」
重兵衛は半左エ門の頭をわしゃっと雑に撫でる。
重兵衛もかつて、父がおり、母がいた。
妹が二人いたという。
「可愛い妹だったよ。二人とも。けど、上の妹は野盗に攫われ殺された。下の妹だけは何とか守れたんだがね。だから、俺はもっと強くなりたいのさ。」
「充分強いとおらは思うけど・・・。」
「はは、まだまだだよ。妹を守るためにはね。」
重兵衛はどこか冷たく笑っていた。
どういった意味なのか、二人は知ることもなく。
宗佐衛門が家に帰ると、妹のチサが出迎えてくれるのが常であった。
だが、帰っても声はすすり泣く声であった。
「兄ちゃん・・・!兄ちゃん・・・!」
「三平!どうした!」
足のケガの後遺症もあって、三平はよたよたと歩く。
「姉ちゃんが!姉ちゃんが!」
「落ち着け。チサがどうした?」
三平をなだめて、宗佐衛門は話を聞く。
「おらが横になっとって、姉ちゃんが腹減っただろう、って飯を持ってきてくれて。それを食べて盆を下げてくれて、悲鳴が聞こえたんだ・・・。おらはまだよたよたとしか歩けん。」
三平の眼は徐々に涙ぐんでいく。
「見ず知らずの男に、姉ちゃんを連れていかれた!おらは男やのに、守ることもできんかった。連れていかれる姉ちゃんを追うことも、男を止めることもできんかったよ!兄ちゃん、ごめんなさい!ごめんなさい!」
「謝らなくていい。三平につらい思いをさせて悪かった。大丈夫だからもう泣くな。」
「兄ちゃん・・・、本当にごめんなさい!」
「良いんだ。男の特徴を覚えていれば教えてくれ。必ず私が守護職に突き出すから。」
三平は頷き、宗佐衛門に特徴を知らせた。
大柄で、冷たい目をしていて、黒い甲冑を身に着けていて、とにかく強そうな男であったと。
宗佐衛門は、その人物に思い当たる知り合いが一人いた。
それは、友人のはずの重兵衛であった。
まさかそんなはずは・・・。
宗佐衛門はそう思いつつも、三平を信じる。
「兄ちゃん、無理はせんでね。おらが・・・。おらがもっと強かったら・・・、ケガせんかったら・・・、兄ちゃんも姉ちゃんもこんなことにならんかったのに・・・。」
「自分を責めるんじゃない、三平!チサも攫われ、お前にまで何かあれば私はどうすればいい?大事な家族がいなくなることほど辛いことはないのだぞ!」
「兄ちゃんはやっぱり優しいや。おらも兄ちゃんみたいになりたい。」
宗佐衛門はいつものように雑に三平を撫でる。
三平はそれをいつもなら手放しで喜ぶが、さすがに今日はそうもいかない。
翌朝、宗佐衛門は重兵衛にそれとなく探りを入れた。
「最近、この辺でも子女の誘拐が増えているらしいな。私の妹が昨日誘拐されたようで、弟が泣いて大変だったんだ。」
「宗佐衛門のところは妹と弟が一人ずつ、だったな?」
「そうなんだ。養父上も詳しいことは理解していないようで、仕事を終えてすぐ酒を飲んで眠っていてな。朝知ったようだ。」
「父親は死んだと言っていなかったか?」
「ああ。今、私の家族を育ててくれているのは養父(ようふ)だ。たまたまちょっとした事故に巻き込まれて、その縁があって今の養父が我ら三人の父に代わって育ててくれたのだ。」
「そうだったのか。親族か何かではないのか?」
「いや、血縁関係はない。それと、話を戻すが、弟が見かけたというのが大柄で、冷たい目をしていて、黒い甲冑を身に着けていて、とにかく強そうな男であったと言うんだ。」
「ハハ、俺を疑ってるのかい?友人の家族にそんなことするわけがないだろう?きみの家の場所も、妹がどんな子さえ知らない俺が。」
重兵衛は困ったように言った。
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