第4話 新たな家へ

「おとっちゃん!おとっちゃん!」

太兵衛の声が響く。

「おとっちゃん!こんなとこでおねんねしたら風邪ひいてしまうよ!」

三平は父が眠っていると思っているらしい。

ゆすり起こそうと必死だ。


「兄ちゃん、お医者さん呼んできたよ!」

チサは太兵衛に話しかける。

「あんたらは家に帰りな。みんな揃って風邪引いちまう!」

「でも、おとっちゃんがおねんねしたまんまだよ。」

三平は父から離れようとしない。

「三平、おらたちは先に戻ろう。」

太兵衛は率先して三平を父から引き剥がし、チサもその後に続いてついていく。


貫太郎は太兵衛の後ろ姿を見ていた。

「太兵衛兄ちゃん・・・」

「貫太郎、今夜はうちに来な。おっかさんも明日になれば見つかるよ、きっと。」

貫太郎は未だに母親とはぐれたままである。

貫太郎は頷いて、太兵衛に付いていった。

一人ぼっちでいることは、何よりも心細かったのだ。


翌朝になって、太兵衛は医者に改めて話を聞いた。

「太兵衛の父ちゃんは私が来た時点で死んどった。残念やけど、死んだもんは戻らん。何ともできんのや・・・。本当にすまんかったのう。」

太兵衛はそれを聞いて、何も言えなかったが、不思議と涙は出なかった。

医者の言葉が、受け入れられなかった。


三平は朝からずっと、ゴホゴホと咳をする。

瞳を潤ませ、体は熱い。

「お医者さん、弟も見てやってよ。朝から具合が悪くて・・・かわいそうで・・・。」

チサは太兵衛に代わって言った。

「三平のは、おそらく風邪だろう。」

医者はそう言いつつ、三平の診察をする。

「とにかく、粟でも野菜でも何でもいい、ちゃんと食べさせてゆっくり休ませてやりなさい。」

医者はチサに三平の薬を預けて次の家へと向かった。


「貫太郎!貫太郎!どこにいるの?」

外では、そう叫ぶ女の姿がある。


「おっかさん!」

貫太郎は太兵衛たちの家を飛び出し、母親へと泣きながら飛び込んだ。

「ああ、貫太郎!良かった、お前が無事で。」

貫太郎の母親も泣きながら貫太郎を抱きしめる。


「太兵衛兄ちゃんのおとっちゃんが死んじゃった!三平も寝込んじまって・・・。」

「ああ・・・。そんな・・・。三平さんはまだ幼いのに・・・。太兵衛さんたちは子どもたち三人でいるの?」

「うん。おっかさん、太兵衛兄ちゃんたちと暮らせないの?おら、昨日の夜も太兵衛兄ちゃんたちに助けてもらったんだ。おっかさんが見つからなくて、朝までずっと太兵衛兄ちゃんといたんだ!ねえお願い、おっかさん!」

「おとっちゃんにも聞かんと・・・。もちろん、うちで一緒に暮らしたいけども・・・。」

「貫太郎、良いんだよ。」


太兵衛と太兵衛に背負われた三平、その隣にいるチサは馬飼いの男性といた。

「この子たちは、責任をもっておらが預かります。」

「あなたに子どもたちを預けるのは・・・」

貫太郎の母は反対する。

昨日、子どもたちが馬に撥ねられかけた事があるのだから、当然であった。


「夜の事件で、ここらはけが人もいっぱいいて気が休まらんでしょう。太兵衛のお父ちゃんに相談しようとやって来たんですが、探しきれんかったものでね。聞いたら、お父ちゃん死んでしもうたと言うもんですから。太兵衛たちは少し、静かなところで静養した方がええと思って声をかけに来たんです。」

「それでも、なんでそんな事を・・・!」

「三平も熱を出してしまって、静かなところで落ち着いて静養させてやりたいと思っての事です。おとっちゃんもいなくなって、三平までいなくなったらおらたちは耐えられんです。弟のために。剣術稽古はまた落ち着いたら通います。」

「それは・・・そうだけど・・・。・・・もう、覚悟はしてしまったの・・・?でも、いつでも帰っておいでなさい。太兵衛さんたちは家族も同然だから。」

「武士に二言はありません。おらがおとっちゃんの跡を継ぎます。」


貫太郎の母、貫太郎、そして太兵衛とチサは父を弔い、太兵衛とチサ、三平は馬飼いの家へと引っ越していった。


そして数年経ち、太兵衛は貫太郎より一足先に元服した。

糸賀 宗佐衛門 幸綱《しが そうざえもん ゆきつな》と名を改めた若武者となった。


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