第2話 父の宝

太兵衛は父が刀を手入れしている横で、体を丸めてうとうとしていた。

手入れしているのは、太兵衛の祖父から父が受け継いだ太刀であり、どうやら安綱の系統の太刀のようだと太兵衛は父に聞いていた。


この頃は、刀というと太刀が主流であった。

剣や直刀の物ももちろん使用されたが、そちらは突き刺すことに主としていた。

太刀は反りがある湾刀であり、馬上でも片手で抜刀しやすくなっており『断ち切る』ということが可能になったのである。


安綱は、伯耆ほうき国大原(現在の鳥取県西部)の刀工であり、伯州刀工の始祖とも言われ、山城の国三条宗近とともに平安中期からの最初期の刀工でもある。

父が持っている刀は、やや細身でありながら腰反りが高く優雅であるが、それこそ安綱の特徴でもあった。

父は祖父に聞いたが、その太刀は恐らく平安時代末期頃に作られたという。

細身であるのが何よりもその特徴であった。


「ほれ、眠いんやったら布団に入り。風邪っぴきになると困るのは太兵衛だぞ。」

「いやや。おとっちゃんの刀を見ときたい。」

珍しく五兵衛は駄々をこねた。

「本当はこんなもん無くてもええ時代にならにゃいかんのだがね。」

下級とはいえ、武家に生まれたのだが、父は争いを好まず戦が嫌いであった。

太兵衛もその性格を濃く受け継いだようで、争いごとは好きではない。

夕方、男性に怒ったこと自体珍しいのである。


「刀はキラキラしていて、きれいやね。」

「そうかもしれんね。」

「でも、おとっちゃんは刀が嫌いなん?」

「刀は嫌いではない。見とるだけならいろんな形があっておもしろい。けど、戦の道具として使うのは嫌いだ。」

「そういうのは、おらにはまだ難しくってようわからん。」

「今はわからんくてもええぞ。ほら、太兵衛ももう寝んとあかんぞ。」


渋々と、五兵衛は布団に入る。

「兄ちゃん、まだ起きとったん?」

妹のチサが寝ぼけまなこで話しかける。

チサは五兵衛より2つ下の妹だ。

「チサ、まだ夜や。寝とき。おらももう寝る。」

「ふぁぁあ・・・。」

チサは大きくあくびしてもぞもぞと布団にもぐった。

「チサはもぐらか」

五兵衛はチサの行動を見てにんまり笑って寝る。


父は太刀をいつもの刀掛けに戻し、ごろりと寝転がる。

いつも子どもたちと一緒に眠ることはしなかった。

五兵衛とチサは母と眠るのが、三平が生まれるまで普通の事であった。

末子の三平を生み落とすと同時に母を亡くしているので、三平が赤ん坊だった時だけはさすがに添い寝をしてやることはあったが。

「いつになったら、太平の世となるのであろうか・・・。今でもどこかでは戦が起きている・・・。だが私が子どもたちを守らねば。」

目を閉じると、今は亡き妻との会話が蘇ってきた。


『この子たち、夜になるとおとっちゃんと寝たい!おとっちゃんとお話ししたい!と駄々をこねるのですよ。なぜあなたは子どもたちと寝てやらないのでしょうね。子どもたちがお嫌い?』

『いや。この子たちは宝だ。だが、戦の影響で野盗が家に入ることもあるだろう。その時、一緒にいては子どもたちにも危害が加わるやもしれん。だからだよ。お前と子どもを守る為に私はあえて別の場にいるんだ。』

『あなたなりに考えがあってのことだとわかって安心した。子どもたちには私から言っておきましょう。』


遠くで馬の嘶く《いななく》声が聞こえた。

父はハッとして目を覚ました。

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