第10話 兄として 

丘までタケを走らせる。

「チサ・・・チサは無事だろうか・・・。」

目的の場所に付き、手綱を引く。

「タケ、お前も速くなったな。」

撫でると、タケは喜んで擦り寄った。


丘は夜風が冷たい。

その為、宗佐衛門は真綿まわたを入れた衣である、綿衣わたぎぬを用いた。

家にいるときは炭櫃すびつのおかげで寒さを全く感じなかったというのに。

「三平が一緒でなくて良かった。」

三平は父がいたころに、寒空の中で遊び風邪をひいてしまったことがあった。

チサは看病に大忙し、父は仕事へと行ってしまい、家事を一人でやることになった時を思い出した。

そんな日に限って、来客が来ては応対せねばならず、なかなか掃除が終わらず苦労したのが懐かしい。


半刻も待つとなると、さすがに宗佐衛門は冷え切ってしまい、思わずくしゃみをする。

仕方ない、と思い宗佐衛門はタケにくっついた。

「温かいな、タケ。」

タケは誇らしげだった。


ようやく、約束の時間であった夜9つの鐘が鳴る。

「兄様!」

いつもの聞き覚えのある声に、宗佐衛門はハッとする。

「チサ!妹を返してもらうぞ。その為に呼んだのであろう?」

チサを捕らえていた男はチサを突き飛ばす。

「返してやろう。だが・・・、奴と一戦交えてからな。」

「兄様!いけません!」

「チサ、待っていろ。大丈夫だ。私は負けるつもりはない。必ず連れて帰ってやろう。」


宗佐衛門も男が連れてきた男も馬に跨る。

宗佐衛門は先に弓を放った。

男は馬を巧みに走らせて薙刀で払う。

その際に、顔を覆っていた布がはらりと落ちる。

「なぜあなたが・・・」

そこにいたのは、重兵衛であった。

「やはりお前の仕業か、重兵衛!」

「アンタに俺は倒せないよ。それに・・・、俺だって・・・。」

「妹を助ける為なら、誰だって倒す!」


重兵衛は悲しげな顔をした。

「俺だって・・・、妹を・・・」

宗佐衛門は弓を射かける。

重兵衛の頬を弓がかすめ、つぅ、と頬に血が伝う。

不思議なほど、重兵衛は弓を射かけたり、薙刀をふるったりしようとしない。

そして、宗佐衛門は重兵衛を薙刀の柄で落馬させる。


「お前の妹はどこだ!」

宗佐衛門は怒鳴りながら重兵衛に掴みかかった。

「・・・え?」

「・・・私を勝たせようとしただろう?私が妹を助けられるように。」

「なぜ・・・、なぜ見抜いた?」

「一緒に稽古をするようになって気付いたんだ。答えろ重兵衛!」


重兵衛は動揺したように目を見開く。

「なんでそこまで世話を焼こうとする・・・!早く妹を連れて帰ればいい!俺の負けで構わないのだから!」

宗佐衛門は重兵衛の顔を一発殴った。

「友達だから・・・!友達だから助けたいに決まっているだろう!確かに、最初に疑ってしまったのは御免。弟の言葉を真に受けすぎた私が悪いのだ。」

重兵衛はその言葉につぅ、と頬に涙が伝った。

「妹は・・・。末の妹は・・・」

「兄様!私が、チサがお話しますから!」

チサは宗佐衛門のもとに駆け寄った。

宗佐衛門は頷いてチサに事情を尋ねることとした。

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