第13話 二度目の喪失

厩の影から、男はそっと家へと忍び込む。

その場所は、宗佐衛門たちが住んでいた離れではなく、長兵衛が住んでいる本宅だ。

長兵衛は、宗佐衛門に酒を買ってもらい、喜んで離れから本宅へと戻るところであった。


「誰だ!ま・・・待て!」

麻布を持ち出そうとした男を捕まえる。

「うぐっ!・・・う」

長兵衛の腹部に熱い感触が襲い来る。

長兵衛は足掻くように、ビリッとその男の服の布を引きちぎり、その布片を離さない。


ポタリ

ポタリ

と赤い血の跡を滴らせ、男は動じることなく立ち去っていく。

そして、麻布を放り捨て、その中にある直刀を持って立ち去った。


「兄ちゃん!おら、次は植物が欲しい!」

「植物?」

「うん!畑を作ってもらうって養父ちゃんと約束したんだ!」

「それは良かったな!小麦などであれば、馬の飼料にでもできる。」

「うん!だから小麦の種がいい!」

「わかった。では、次の戦果でたっぷり給金がもらえたら買ってやろう。」

「三平、あまり兄様を困らせてはいけません。」

「良いんだよ、チサ。お前も欲しい物は言っていいだろう。それは私が頑張ればいいだけの話だ。」

「私は慎ましく暮らせればそれでいいのです。甘やかさないでいただきたいわ。」

「そうか。だが、遠慮はいらないからいつでも言いなさい。」

「お気持ちだけ頂戴しますわ、兄様。」


長兵衛は朝、食事に来なかった。

チサは心配して離れを見に行く。

「養父上、朝餉の支度はとうに・・・兄様!兄様!」

「どうしたチサ・・・。養父上!」

二人は変わり果てた長兵衛を見つける。


長兵衛はなにかを握りしめている、と宗佐衛門はそっと引き剥がそうとする。

チサはすぐに医者と検非違使を呼んでいた。

「どきたまえ」

医者は宗佐衛門をどかせる。


「ふむ・・・。握っていたのは布だな。恐らく刺してきた人物の着物であろう。」

「刺された・・・?」

「ほら、ここだ。恐らく直刀のようなものだろう。そして、なぜ麻布がそこにあるか・・・、心当たりはないか?」

「直刀・・・!?」

チサはガタガタ震えた。

実父を喪った時のことを思い出して震えが止まらなくなっていた。

宗佐衛門はそっとチサを離れに帰らせる。

「そういえば・・・!」

宗佐衛門は以前、馬がケガをした時に麻布を少し分けてもらった。

その時に直刀が巻かれていることで負傷したことを思い出した。


「養父上はこれを知っていたか、私はついに聞けずじまいでした。」

「恐らく、知らなかったのではないか?そうであれば、おそらく麻布も取り返そうと抵抗したであろう。」

検非違使はそう分析した。

長兵衛はどうやら直刀が巻かれていることを知らなかったようである。


「我ら三兄弟、今後はどうすれば・・・。」

「他に身寄りは」

「おりません。両親を早くに失い、ここにいらした養父上に育てていただいた身です。」

「そうか。」

「養父上も身寄りがおらぬと我らも聞いております。」

「左様であったか。ならばここに暮らしておればよい。何かあればまたこちらから伺おう。」

「ありがとうございます。」

検非違使たちも本宅を捜索し、長兵衛が握って力尽きていた布を回収して戻っていった。

医者と宗佐衛門はその様子を見守る。


そして、翌日には長兵衛を弔った。

家族が眠る墓の隣に、長兵衛を埋葬した。

「養父上、必ずしも敵を・・・。」

宗佐衛門は強く誓った。

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