23:お祓い
丈介の申し出もあって、金銭的な心配をする必要も無くなった。――もちろん柚梨はそのままにはしないだろうし、返済は俺も協力するつもりだ。
お祓いに必要な道具を揃えるということで、
「お祓いって、どんなことするんだろうな?」
「やっぱり、心霊番組とかで観るようなやつなんじゃないの? 白いバサバサしたやつ使ってさ」
白いバサバサというのは、
だが、葵衣の言う通り、確かにそういった道具を使って悪いものを祓うイメージはある。
実際にお祓いをしているところなんて、テレビでくらいしか目にする機会もないだろう。
どのような形であったとしても、怪異が消えてくれるのなら何でもいい。柚梨にとっても、その思いは同じなのだろうと思う。
どうにか緊張を解そうと会話を続けるのだが、彼女の表情から硬さは抜けないままだった。
「お・待・た・せ。それじゃあ、お祓いを始めようかしらね!」
三十分ほどして戻ってきた
俺はあんぐりと開いてしまった口を慌てて閉じつつ、それとなく葵衣と目を合わせる。
あれが
「柚梨ちゃん、この魔法陣の中心に立ってくれるかしら?」
「は、はい……!」
しかし、柚梨はそんな衣装を気に掛けている余裕もないようだ。
建物の外に移動させられた俺たちは、地面の上に大きな魔法陣が描かれているのを見つける。学校の校庭に線を引く時の、石灰で描かれたのだろうか?
その中央に立たされた柚梨の姿を、俺たちは邪魔にならないよう遠巻きに見守る。
「
「アナタはそこに立っているだけでいいわ。だけど、何があっても絶対に声を出さないで頂戴」
「声を出したら、どうなるんですか……?」
鋭い視線をこちらに向けた
どうなるかはわからないが、良い結果にならないことだけは確かなようだ。
トートバッグを手にしていた
次に取り出されたのは、『白いバサバサしたやつ』のついた、
(ほ、ホントにあれ使うのか……!?)
心の中で思わずツッコミを入れてしまった俺だが、葵衣も同じく俺と同じツッコミを入れているのがわかる。
こんな時だというのに、思わず笑ってはいけない番組のような状況になってしまったことに、俺は奥歯を噛み締めた。
「オイ、始まるみてェだぞ」
俺と葵衣の意識が逸れていることに気がついたのだろう。声を掛けてくれた丈介の言葉に、再び柚梨の方を見る。
魔法陣の枠の外から彼女の対面に立った
途端に、場の空気が変わったのがわかった。
「これより、祓いの儀式を始めます」
柚梨は、自身の胸元で祈るように両手を重ね合わせている。
本当は傍にいてやりたいが、そうできない歯痒さを抱えたまま、儀式が開始された。
時折何かを払い除けるように、『ハァッ!』『ハイッ!』などと声を上げているのが聞こえるが、今のところ変化は見られない。
心霊番組だと、段々と柚梨の様子がおかしくなって、苦しみ出したりするのが定番だろう。
だが、彼女は表情こそ不安そうにしているものの、特に変わりはない。
「……なあ、まさかとは思うけど、詐欺ってことはないよな?」
「無いと思うけど……でも、アタシたちじゃ何してんのかわかんないよね」
俺はできる限り控えめな声音で、葵衣に話しかける。
否定こそするが彼女もまた、心のどこかでは
同じく会話が聞こえているはずの丈介も、否定を挟んでこないところを見ると、気持ちは同じなのかもしれない。
そんなことを話しながら、柚梨の方から気を逸らしていた時だった。
「こ……っ、これは……!?」
驚きの声を上げたのは、
何事かと思ってそちらを見ると、魔法陣の周囲にいくつもの小さな黒いモヤが出現していたのだ。
間違いなくあの怪異だと、俺は直感した。
咄嗟に駆け寄ろうとした俺を制止したのは、丈介の腕だった。
そうだ、今はお祓いをしてもらっている最中なのだ。それによく見ると、あのモヤは魔法陣の中には入ることができずにいるように見える。
これはつまり、
(疑ってすいません……!)
俺は心の中で
モヤが出現したことに驚いていた
再びそれを振り上げてモヤに向かって振り払う仕草を見せると、驚くことにモヤのひとつが姿を消したのだ。
それはおそらく、彼女がモヤのひとつを祓うことに成功したということではないだろうか?
「イケる……!
「うん、今消えたよね……!?」
「ああ、間違いなく消えてた!」
俺だけではなく、葵衣の目にもその様子を捉えることができていたようだ。
これまであんな風に怪異が消えることはなかったのだ。
だが、俺たちの期待に反して、物事はそう上手く運んではくれない。
「ッ……! 抵抗するのはおよしなさい……!」
散らばったモヤをひとつずつ順調に祓っていると思われた
目の前を見えない何かに阻まれているように、前のめりの姿勢のまま、彼女はそれ以上を進むことができないらしい。
そうするうちに、
まるで染みが広がっていくように、それはやがて持ち手の部分にまで侵食していく。
「クッ……!」
その染みが手元に迫る前に、
やがて真っ黒になった
液体の中に残った数珠もまた、黒に侵食されていっている。
「あっ、
そちらに気を取られているうちに、いつの間にか
祓うための道具を失った彼女は、そのモヤに手をかざしながら何かを唱えている。
けれど、モヤはゆっくりと一塊になっていき、人の形へと変化していったのだ。
そのまま大きな口を開けたかと思うと、人影はそこから黒い液体を噴射する。
それを正面から浴びせられた
激しく咳込む
それはおおよそ、人間の体内に収まりきる量ではないほど、大量の液体だった。
「っ……!」
その光景を目の前で見ていた柚梨は、彼女に駆け寄ろうとしたのだが、魔法陣を踏み越える直前で立ち止まる。
息も絶え絶えの
魔法陣から出てはいけない。そう言おうとしているのが理解できた。
黒い影は次いで柚梨の方へと、同じ黒い液体を吐き出していく。
だが、見えない壁が盾となるようにそれを受け止め、柚梨まで液体が届くことはなかった。
暫く魔法陣の周りをウロウロとしていた影は、柚梨のところまで行けないとわかったのだろう。そのまま姿を消していった。
「
俺はその場を駆け出して、倒れ込んだままの
口元に手をかざしても呼吸をしている様子はなく、呼びかけても意識が無い。
柚梨は涙を流しながら、魔法陣の中に座り込んでしまっていた。
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