07:協力者


「つーか敬語じゃなくていいよ。そっちのが年上なんだし」


「わかりま……わかった、じゃあそうさせてもらうよ」


 まずは一歩前進したといって良いのかもしれない。


 何の情報も無かった昨日までの状態を考えれば、同じ目的を持った協力者がいてくれるのは心強い。


 もしも死の原因がアプリに関係しているのだとすれば、一番知りたいのは、アプリがどのような条件をもって死者の世界と繋がるのかという点だ。


 幸司のスマホを見ることはできていないが、葵衣の話によれば、彼女の兄はアプリの中で不自然なやり取りをしていたような形跡は無かったという。


「アタシが見た限りだけど、兄貴は普通にアプリを使ってただけなんだよね。変なメッセージがあったり、ヤバイ場所に呼び出されたりとかもしてなかったし」


「……となると、アプリで出会った相手が原因ってわけではないのかな」


 警察だって当然そういった点を調べてはいるだろうが、共通点となるような痕跡は、今のところ見つかっていない。


 もっとも、警察がこんなオカルト話を信用して、捜査をしているとは到底思えないのだが。


 こうしたオカルト現象を引き起こすものは、『怪異』と呼ばれることがあるらしい。


 そうした方面にうとい俺に、幸司がそんな話をしてくれたこともあったと思い出す。


 怪異の中には、その存在が広く認知されることによって、強く力を持つものもあるそうだ。


 有名なものでいえば、トイレの花子さんや口裂け女といった存在が挙げられる。


 それらの存在は俺でも知っているほど有名で、だからこそあらゆる地に現れて、生きる人々に干渉してくるのだという。


 May恋アプリは、幅広い年齢層に人気のアプリだ。それと同時に不審死事件が相次いで取り沙汰されることで、ネット上であらゆる噂も広まっていた。


 それによって力を増した怪異が、獲物を探していてもおかしくはない。


「獲物の選び方には法則性がある場合もあるし、呼び出し方に決まりがある場合もある。トイレの花子さんなら、手前から三つ目の個室をノックして名前を呼ぶとかね」


「ああ、そういうの聞いたことあるな。小学生の頃に、実際やってる奴とかいたし」


 学校のトイレといえば、なぜか近寄りがたいスポットとして挙げられることが多い。


 小学生が夜中の学校に忍び込めるはずもないので、実行していたのは真昼間だったのだが。


 当然何かが起こるはずもなく、呼び出す儀式のような行為自体が楽しかったのだろう。


「無差別な場合もあるにはあるけど……アプリの利用者で無差別なら、もっと被害者が出ててもおかしくないと思うんだよね」


「そうか。連続不審死って言われてるけど、毎日被害者が出てるわけじゃないもんな」


 確かに、連続不審死事件として取り扱われているが、連日被害者が出ているわけではない。少なくとも、ニュースで報道されている限りではの話だが。


 やはり被害者になるまでには、きっかけとなるようなものや、共通する何かがあるのだろうか?


「兄貴はオカルトには興味なかったし、幸司って人との共通点は、聞く限りでは性別くらいのモンかな」


「けど、被害者は男女問わず出てるよな」


 そう。これまで報道された被害者の中には、女性も複数人含まれている。つまり、男性のみを狙った怪異ではないということなのだ。


 住んでいる場所も、年齢も容姿も、何もかもがバラバラだ。


 そうなると、やはり何らかの引き金があって、獲物として選ばれていると考えるのが妥当ではないだろうか?


 その第一歩が、アプリに登録をするということなのだろう。


「少なくとも、アタシもアンタも普通にアプリが使えてる。登録するだけで死ぬことになるなら、登録者全員死ぬってことになるからその線はナシ」


「そうだよな。そんなに簡単な条件なら、そもそもとっくに誰かが特定してただろうし」


 温くなった紅茶で喉をうるおしながら、葵衣は難しい顔をしてスマホを見下ろしている。


 その横で眉間に深い皺を刻む丈介に、俺は控えめに声を掛けてみた。


「あの……常磐さんは、アプリには登録してないんですか?」


 自分に向けて声を掛けられたことが意外だったのか、丈介は怪訝けげんそうに俺を見る。


 それから首の後ろを掻いて、身体ごとこちらへと向き直った。


「丈介でいい。オレぁ万が一の時のストッパー役だ。情報は欲しいが、何がきっかけかわかんねェ以上は、全員が獲物になっちまったら意味ねェからよ」


「なるほど……俺ら全員死んだりしたら、真相探ることもできないですもんね」


 そんな縁起でもない結末を考えたくはないのだが。

 納得しながらも、俺の頭の中にはあの日の幸司の姿が蘇っていた。


 彼の死の真相について知りたい気持ちに嘘はない。


 けれど、改めて考えてみれば事件に首を突っ込む以上は、自分もあのような死に方をする可能性もゼロではないのだ。


 しかも現状では、何がきっかけとなって死に繋がるのかもわからないままである。


 その怯えを察したのか、丈介はこちらに意識を向けろというように、指先でテーブルをトントンと叩く。


「怖けりゃ逃げたっていい。別にオメェのせいで親友が死んだわけじゃねーだろ、逃げたってあの世から責めてきたりしやしねェよ」


「丈介さん……」


「コイツもな、最初は一人じゃ調べんの怖ェからってオレんトコに来たんだぜ」


「ちょっ、余計なこと言わなくていいの!」


 ニヤリとした悪い笑みを浮かべて、丈介は親指で葵衣の方を示す。


 思わぬ方向から飛んできた話題に、羞恥からか頬を染めた葵衣が慌てて制止に入った。


 その様子にケラケラと笑う丈介の姿を見て、この時間だけでも随分と彼に対する印象が変わったように思う。


 怖い人なのかと思っていたが、どうやらそうでもないようだ。


「大丈夫です。……そりゃ、怖くないって言ったら嘘になるんだろうけど」


 誰だって、あんな死に方はしたくない。あの死に様を見れば、大抵の人間はそう思うだろう。


 それでも、親友があんな死に方をした理由を知ることができないままこの先を過ごせば、きっと一生後悔する。


 真相を突き止めたところで、アイツはもう帰ってはこないのだけれど。

 それが俺のできる、せめてもの弔いだと思った。


「俺も、一緒に調べさせてください」


 そんな俺の申し出を、二人が断ることはなかった。


 一人ではわからないことだらけだが、三人ならば心強い。立ち向かう相手が、たとえ常識の通用しない怪異なのだとしても。


「それじゃあ決まりね。やると決めたからには、最後まで付き合いなさいよ」


「ああ、投げ出したりしないよ。幸司のためにも、俺は絶対に真相を突き止めてやる」


「頼もしいな。そんじゃま、景気づけにもう一杯頼むか」


 そう言って丈介は店員を呼ぶと、追加でいちごミルクとプリンアラモードを注文していた。


 メニューを借りることもなく注文している様子からしても、最初にメニューを見た時に目をつけていたのかもしれない。


(この人……さっきパフェ食べてたんだよな……?)


 それを見た俺は何となく、自分の胃がもたれたような感覚に陥ったのだが。


 ふと視線を向けてみると、葵衣もまた同じように何とも言えない顔をしていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る