24:病院
救急車を呼ぶよりも早いということで、丈介の車に乗り込んだ俺たちは、
ストレッチャーに乗せられた彼女は、緊急の手術室へと運ばれていく。
俺たちは何があったのかと聞かれたが、どう答えれば良いかわからなかった。
悪霊を祓ってもらっている最中に、その悪霊によってやられました。そんな話が通用するはずもないことは、全員がわかっていたのだ。
時間がかかるかもしれないと思っていたが、手術室の明かりが消えるのは想像以上に早かった。
扉を開けて出てきた医師は、マスク越しでもわかるほどに、青ざめた顔をしている。
「あ、あの……彼女はどうなったんですか?」
「…………」
「先生……?」
「…………亡くなられていました」
ただ小さく、医者はそう言葉を落とす。
助かってほしいと願っていた。それでも、運び込んだ時点で呼吸もしていなかったのだから、こうなることは予想ができていた。
ただ、医者のその言い回しには違和感を覚えたのも事実で。
「間に合わなかった……ってこと、ですか……?」
「ご家族の方はいらっしゃいますか?」
「僕が、彼女の家族代わりです」
俺の問いに、医者は答えようとしない。名乗り出たのは、
身内以外には聞かせられないということで、医者と共に別室へ移動する杉原を見送る。
それから少しして、戻ってきた杉原は、彼女がどうなったのかを俺たちに説明してくれた。
「病院に運び込まれた時点で、彼女は亡くなっていました。死因は……体内の大半が、溶けてなくなっていたことが原因だそうです」
「溶けてなくなっていた、って……どういうことですか?」
「そのままの意味ですよ。臓器も骨も肉も、すべてがどす黒く溶け落ちてしまっていたそうです」
「そんなこと……」
そんな死に方はあり得ない。そう思うのに、魔法陣の外で異常な量の黒い液体を吐き出していた
あれは、溶け出した彼女の身体だったというのだろうか?
異常事態に言葉を失う俺たちに、杉原はこれから警察がやってくると話した。
ここで足止めを食らうのはまずいと感じていたが、俺たちは無関係で、通りすがりに力を貸してくれたグループだと説明してくれたらしい。
職業柄なのだろうか? こういった時の言い訳を、
「あの、杉原さん。ありがとうございました」
「いえ……それより、あなた方は大丈夫ですか?」
「え?」
あの場所で拾っていたのだろう。黒い汚れのついた数珠の欠片を見つめながら、杉原はとても深刻そうな顔をしている。
「
その言葉を聞いて、俺は背筋がゾッとするのを感じた。
恐らく杉原は、ずっと彼女の傍で共に働いてきたのだろう。
そんな杉原が、彼女の死への悲しみよりも、赤の他人である俺たちの身を案じているのだ。
彼女でも祓うことができない。それはつまり、これ以上の手段が無くなったと言われているようだった。
「僕ではあなた方のお力になることはできませんが、……どうか、この悪意から逃れられるよう、祈っています」
病院を後にした俺たちは、呆然としたまま外のベンチに座り込んでしまった。
最後の手段だと思って彼女を頼ったのに、そんな人物ですらも解決することができなかったのだ。
これ以上、俺たちの手でどうにかできるとは思えない。
「……樹。葵衣ちゃんたちも、ありがとう。だけどもう、いいよ」
「柚梨?」
俯いたままの柚梨は、スマホを手にそんな呟きを落とす。
俺は顔を覗き込もうとしたのだが、それよりも先に彼女は立ち上がってしまう。
「これ以上、みんなを危険な目に遭わせられない。あとは私一人で何とかするから、みんなはもう帰って」
「何言ってんだ……!?」
そんな言葉に、素直に応じられるはずもない。
背を向けたままの柚梨の表情はわからないが、一人で何とかするなんてできるはずがないだろう。
立ち上がって柚梨の肩を掴んだ俺は、彼女を振り向かせる。
「っ……!」
「ゆ、柚梨ちゃん……!?」
その顔は、溝のような目元に舌を垂らした、あの怪異に変わっていた。
俺は咄嗟に彼女を突き放しそうになるが、どうにかその場に踏ん張ると両肩を掴んで、真正面から向き合う。
「俺は、絶対に諦めない。何があったって、お前を一人にしたりなんかしない。だからお前も、絶対に諦めないでくれよ……!」
怪異はきっと、俺を柚梨から引き離そうとしている。だからこそ、こんな風に彼女の姿を恐ろしいものに変化させているのだろう。
そんなやり方に屈したくない。
俺は柚梨を守るって約束したんだ。そんな彼女を一人にして、自分だけが安全な場所に帰るなんてあり得ない。
「い、つき……」
断言した俺の前で、柚梨の顔は少しずつ元の彼女のものへと戻っていく。
その瞳には涙が浮かんでいて、彼女の抱える心細さや恐怖までもが溢れ出しているように見えた。
「そうだよ、柚梨ちゃんを置いて帰るなんてできない。アタシたちはもう、
「葵衣ちゃん……」
「ここで女の子見捨てて帰るようじゃ、コイツの兄貴にも笑われちまうしな。オメェらのダチだってそうだろ?」
「はい、俺はアイツに顔向けできないようなことは絶対にしません」
ここで柚梨を見捨てたりしたら、それこそ幸司に恨まれるだろう。
もしも狙われているのが柚梨ではなかったとしても、友人を見捨てるような人間に、アイツは心底幻滅するはずだ。
俺は幸司が誇れるような人間でありたい。
「そうと決まりゃあ、次の手段を探すぞ」
「はい!」
今は一分一秒も惜しい。
再び手段を模索することとなった俺たちは、手当たり次第に思いつく方法を試してみることにした。
といっても、車があるとはいえどこまでも遠出できるわけではない。
それに何より、今日は行動するには時間が遅くなりすぎていた。どのくらい時間が残されているかはわからないが、不眠不休で動き続けるわけにもいかないだろう。
俺たちは一夜を明かすために、近場のビジネスホテルに泊まることにした。
俺は一人暮らしだから構わないが、柚梨は両親に連絡を入れなければいけない。
今日も友人の家に泊まるというのは通用しないかと思われたのだが、電話口で葵衣が喋りかけていたので、本当に女友達と過ごしているのだと理解してもらえたようだった。
「お前は家に連絡入れなくて大丈夫なのか? 高校生連れ回してるって、結構アレだと思うんだけど」
柚梨の外泊も問題なくなると、残るは葵衣だ。
俺たちも未成年ではあるが、丈介が成人しているので宿泊自体は問題ないらしい。
ただし、親の同意も無しに彼女を連れ回すのは色々とマズイだろうと思ったのだ。
「平気。ウチ親いないし」
「え、いないって……」
何でもないことのように返された言葉を、俺は思わず聞き返してしまう。
柚梨も驚いて彼女を見ていたのだが、丈介は特に気にした様子が無いところを見ると、恐らく事情を知っているのだろう。
「離婚して母親に引き取られたんだけど、事故で死んじゃってさ。父親とは一緒に暮らしたくなかったから、養育費だけ支払ってもらって、兄貴と二人で暮らしてたの」
「そうだったのか……」
「だから今は一人暮らしだし、親に叱られるような心配無いから安心して」
特に変わらない口調で話してはいるが、親の離婚や事故についてはともかく、兄の件はまだ吹っ切れてなどいないはずだ。
事実上は二人きりの
だというのに、母親に続いてその兄をも、こんな形で失ってしまったのだ。
「一応言っとくけど、安い同情とかしないでよね。アタシは兄貴の死の真相を突き止める。それが柚梨ちゃんを狙ってるヤツと同じだっていうなら、ソイツをぶっ飛ばすだけなんだから」
「……そうだな」
彼女がこうして強くあれるのは、元来の性格なのか。それとも、隣に支えてくれる頼もしい存在があったからなのかもしれない。
「ところで、ホテルってツインが二つでいいわよね?」
「ああ、シングルよりは何かあった時に対応しやすいだろうし、それでいいと思う。女子同士もう気兼ねするような仲でもないだろ?」
車での移動中も、すっかり打ち解けた様子で楽しんでいた二人だ。
俺はまだ丈介と二人きりは多少の気まずさもあるものの、特に問題はないと判断したのだが。
「丈介はアタシと一緒。樹は柚梨ちゃんと同じ部屋ね」
「…………ハ!?」
「えっ!?」
俺が予想していたのとはまるで違う組み合わせに、思わず大きな声を響かせてしまった。
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