02:幼馴染み
「お前にもMay恋に登録してほしいんだよね」
やはりロクでもないお願いだった。
その考えがそのまま顔に出ていたらしく、幸司は慌てて身を乗り出して言葉を付け足す。
「お前も一緒に恋人探そうぜってことじゃなくてさ! 友達紹介すっとポイント貰えるんだよね。女の子とやり取りすんのも結構金かかるんだけど、ポイントあると助かるんだわ」
後生だから! と両手を合わせるその姿は、この男と出会ってから何度見てきたか知れない。
後生後生と、コイツは何度死んで生まれ変わるつもりでいるのだろうか?
けれど、街コンに一緒に行ってくれと誘われるよりは恐らくマシなのだろう。
あの時は本当に酷かった……と、思い出したくもない記憶が脳裏に蘇った。
自分で染めたのだという茶髪の、プリンになりかけた幸司の頭頂部を
仕方がないと小さく息を吐き出した後、俺はバッグの中から自分のスマホを取り出した。
無理だと突っぱねたところで、どうせこの男は粘り続けるのだ。俺が応じるまで、時間を無駄にするだけだということはわかりきっている。
「……しょうがない、学食一回分驕りな」
何だかんだ、俺は幸司に甘い。
その自覚はあるのだが、これが女性にも通じるようになれば、彼女など簡単に作れるのではないか。……とは言わずにいる。
女性からしてみれば、幸司はきっと母性本能をくすぐられるタイプなのではないだろうか?
ただそれが、どうしてだか肝心な時には発揮されないというだけで。
「!! サンキュー! 恩に着る! ついでに俺の写真も撮って」
勢いよく顔を上げた幸司は、ちゃっかりと要求を追加してきた。
「プロフィール写真載せなきゃいけないんだけどさ、自撮りより他撮りの方が良く見えるんだって! 一緒に撮ってくれる友達いますよってアピールにもなんの!」
「はあ……まあいいけどさ、店の中で撮った写真ってどうなんだよ?」
「ハッ! それもそうか、じゃあさっさと食っていい撮影場所探すぞ!」
善は急げとばかりに、幸司はトレーの上に残るポテトを手早く胃袋の中に片付けていく。
そうしてこだわりの撮影会が終わる頃には、すっかり日も暮れていた。
幸司と別れた帰り道、スマホを起動すると見慣れないハートマークのアイコンが表示されている。あのアプリのものだ。
ポイントを得るためには、ある程度のプロフィール登録と身分証明書の提出、それから数名の異性へのアプローチが必要なのだという。
会員を増やすための
もっとも、男性は女性側から反応を貰えることはあまり多くはないらしい。
実際に、積極的に活動をしている幸司も、まともにやり取りできている女性は一人だけだと言っていた。
出会いを求める人間たちが登録するのだから、もっと出会いやすいものかと思っていたのだが。どうやらそうでもないらしい。
大学デビュー失敗と同様に落ち込むかと思いきや、今日の運勢は絶好調だから、絶対に可愛い彼女ができると息巻いていた。
気分の上下は激しいが、幸司は基本的にポジティブの化身のような男なのだ。
(あの切り替える能力だけは、見習いたい気もする)
このアプリには一日に一度、運勢占いをしてくれる機能も
それによれば、幸司の今日の運勢は最高で、最良の縁が結ばれるとの結果が出たのだ。
俺は占いなどは信じていなかったが、それでやる気が出て、良い結果に繋がるのであればそれもまた良いのではないかと思っていた。
「……あれ、樹?」
「ッ……!」
突然背後から声を掛けられ、驚いた俺は肩を跳ねさせる。その衝撃で、危うくスマホを落としそうになった。
驚いたのは声を掛けられたこと以上に、それがよく聞き覚えのある声だったからだ。
「……柚梨、バイト帰りか?」
振り返ると、そこにいたのは予想していた通り、見慣れた幼馴染みの姿だった。
相手が俺で間違いないとわかると、柚梨は子犬のように傍へと駆けてくる。
長い黒髪を埋もれさせた真っ白なマフラーを揺らし、表情が見える距離まで近づく頃には、俺のスマホはポケットへと押し込まれていた。
「うん、今日はお客さんが多くて少し遅くなっちゃったんだ。樹は幸司くんと遊んだ帰り?」
「そうだけど、よくわかったな」
二人並ぶと、そのまま自然な流れで同じ方向へと歩き出していく。
頭ひとつ分ほど違う背丈まで差が開いたのは、確か高校に上がってからだった。
それまでは同じ目線で過ごしていた彼女を、異性として意識し始めるようになったのも、その頃からだったかもしれない。
「いいなあ、私も樹と幸司くんと遊びたかった。今日は何してたの?」
羨むように見上げてくる大きな瞳に、まさかマッチングアプリに登録していたなどという話ができるはずもない。
やましいことは決してないが、無駄な誤解を生みたくはなかった。
「何って……別に、くだらないことダベってただけだよ」
「ふーん?」
嘘はついていない。喋っていたのは本当だし、幸司のくだらない一生のお願いに付き合わされていただけなのだ。
向けられる視線が疑っているような気がして、俺は話題を別の方向へと逸らすことにする。
「それより、お前いつもこの道通って帰ってるのか?」
「ん? そうだけど、近道だし」
当然だと言いたげに返す柚梨の言葉に、俺は思わず眉間に皺を寄せてしまう。
柚梨は実家から大学に通っているが、バイトがある日は帰りが遅くなることもある。
バイト先は大学に近いファミレスだが、そこから家に帰るには少しばかり距離があった。
バイト先から自宅までの道のりには、明るくて人通りも多い大通りを使う手段もある。
しかし、今日柚梨が歩いてきたのは、人通りの少ない暗くて細い裏道だった。
「近道って……お前一応女なんだから、夜道は気を付けて歩くもんだろ」
「ちょっと、一応って失礼じゃないですか?」
反応してほしいのはそこではないと、思わず溜め息を吐き出してしまう。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、柚梨は俺の背後に回ると、小さな両手で背中をポンポンと押してくる。
「危ない時は、樹に助けてもらうから大丈夫」
その言葉に、一瞬呼吸が止まったような気さえした。
当の本人は、何の気なしに口にした言葉なのだろうが。
いざという時、柚梨が無条件に頼りにするのは、他の誰でもない自分なのかと。
「……あのな、いつでも俺が一緒にいるとは限らないだろ」
「じゃあいつも一緒にいておいて」
「無茶言うな」
冗談めかして笑う柚梨の言葉に呆れたように返しながらも、俺は悪い気はしていなかった。
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