05:オカルトコミュニティ


 友達招待用のアドレスを送信すると、柚梨はすぐにアプリをダウンロードして、登録をしてくれた。


 審査が終わるのを待つ間、飲み干してしまったコーヒーのおかわりを頼む。


 本当は全て自分の杞憂きゆうで、幸司のことは不運な事故だったのかもしれない。


 そう思えたら良かったのだが、俺の脳裏にこびりついた昨晩の光景は、やはりどうしたって普通だとは思えないものだった。


「あ、登録承認されたみたい。もう使えるみたいだよ」


「ちょっと、スマホ借りていいか?」


「うん」


 早速スマホを借りて幸司の名前を検索してみると、同名の別人のプロフィールが大量に出てくる。


 その中から年齢や住所などの条件を絞り、人数を減らしていくと、幸司らしきプロフィール写真が目に留まった。


 それは間違いなく、あの日幸司に頼まれて俺が撮った写真だ。


「……これだ」


 柚梨も対面からスマホを覗き込んできた。


 ページを開いてみると、幸司のログイン履歴は三日前で止まっている。警察から聞いた話では、幸司の死亡推定時刻は数日前だとされていた。


 幸司のスマホではないので、誰とどのようなやり取りをしていたのかはわからない。


 けれど、俺はプロフィール内にあるアイコンに気がついた。


 このアプリでは、異性を探す以外にもコミュニティに所属することができる仕様になっていた。


 コミュニティの種類は多種多様で、一人五つまで登録できるようになっている。


 サッカーが好きならサッカー好きのコミュニティに、カフェ巡りが趣味ならカフェ巡りのコミュニティに所属をするようだ。


 幸司が登録していたのは、『旅行』『漫画』そして『オカルト』だった。


「幸司くんって、そういえばよく都市伝説の話とかしてたよね」


「ああ……心霊スポットの話とか詳しかったな。高校の頃、夜の校舎に忍び込んで肝試しとかさせられたよ」


「え、そんなことしてたの?」


「見回りに見つかってスゲー怒られたけどな」


 その当時の様子を思い出して、少しだけ笑みがこぼれる。


 お調子者で、何にでも興味を示す幸司に、俺はいつも振り回されていた。けれど、それが楽しくもあったのだ。


 その幸司があんな死に方をするなんて、当時は思いもしなかった。今でもまだ、ひょっこりと姿を現すのではないかとすら感じるほどに。


「ありがとうな、柚梨。あとは俺の方で調べてみるよ」


「うん……でも、危ないことはしないでよね」


 心配そうな柚梨を安心させるように、俺はできる限りの笑顔を作ってみせた。


 幸司が誰とやり取りをしていたのかまではわからないが、少なくとも所属していたコミュニティは判明した。そこから何か情報が得られるかもしれない。


 不審死事件についても、何か情報が得られるとすれば、オカルトコミュニティではないだろうかと考えていた。


(オカルトなんて、信じちゃいないけど……)


 信じてはいないが、真実は確かめたい。柚梨と別れて帰宅をした俺は、早速自身のアカウントでオカルトコミュニティに登録をしてみた。


 基本的には出会いを目的としているアプリだということもあってか、オカルトコミュニティに登録をしているメンバーは、他と比べてもあまり多くはないようだ。


 コミュニティの中には、自由に使える掲示板のようなものがあって、メンバーであれば自由に書き込みをすることができる。


 そこでは、好きな都市伝説に関する話や、嘘か本当かもわからないような恐怖の実体験を書き込む者もいた。


「……どう書いたらいい……?」


 幸司という人間を知っているか、直球で聞く書き込みをすることもできる。


 けれど、個人的なやり取りについて、果たして正直に答えてくれる人物が現れるだろうか?


 仮にもここはオカルトコミュニティだ。幸司について聞くよりも、オカルトな話題の方が飛びつく人間は多いのではないかと感じられた。


 どんな些細なことでもいいから、今はとにかく情報が欲しい。


『アプリ利用者の連続不審死事件について、何か情報を知る人はいませんか?』


 こんな書き込みをしたところで、情報を得られるとは限らない。それでも、他に頼れる場所がないのだから仕方がない。


 何か書き込みがあっても個別に通知は来ないので、俺は何度か掲示板を覗きながら時間を過ごした。


 テレビをつけると、またもアプリ利用者の不審死が発覚したと報道されている。


 建物にはモザイクがかけられているが、それは幸司の住むアパートだった。


 もっと早くに異変に気づくことができていたのなら、幸司を救うこともできたのだろうか?


 そんなことを考えていると食欲も湧かず、夕食を抜いて簡単にシャワーを浴びた。


 ドライヤーもそこそこに、部屋に戻ってスマホを手に取る。そして、あの掲示板を覗いてみると、一件の返信がついているのが目に入った。


「……!」


 書き込みをしていたのは、アオイという名の女性だ。


 慌てて書き込みを見てみると、書き込まれていた返信はとても簡潔なものだった。


『なぜ知りたいの?』


 親切なようにも見えるが、どこか敵意があるようにも見える。


 オカルトコミュニティでは、オカルト話に関しては好意的に食いついてくる書き込みが多いように見られた。


 けれど、彼女の問い掛けの真意は読めない。


 少し悩んだあとに、俺は素直に事実を話すことにした。


 単なる好奇心から事件について探っているわけではないのだと、知ってもらう必要があると感じたからだ。


『親友が亡くなりました。もしかしたら、事件に関係しているかもしれません』


 すると、その書き込みから数分経って一通の通知が届く。


 掲示板からの通知は来ない仕組みなので、どうやらアプリのマッチング機能のようだ。一人の女性からイイネがつけられていた。


 名前を見ると、そこには『アオイ』と書かれていた。恐らくあの掲示板に返信してくれた女性だろう。


 プロフィールを覗いてみると、名前以外の情報が何も記載されておらず、顔写真すらも掲載されていない。


 迷いはしたが、何の手がかりもない現状では彼女に頼らざるを得ない。


 イイネを返すと、解放されたチャット欄に彼女からメッセージが入る。


『実際に会って話したい。時間の取れる日を教えて』


 こちらもやはり簡潔な文章だった。


 情報を得られるなら、少しでも早い方がいい。彼女の予定に合わせるむねを伝えると、二日後の夕方に指定された。


 どこに住んでいるかもわからないと思っていたが、アプリに登録した際に、自分の居住地を登録していたことを思い出した。


 どうやら彼女も近くに住んでいるようで、都合がいいからと池袋のカフェを指定された。


「柚梨にも、報告した方がいいかな……」


 自分のことを心配してくれていた彼女の顔が思い浮かぶ。それに、どことなく罪悪感を覚えていた。


 決してやましいことがあるわけでも、男女の出会いを目的として顔を合わせるわけでもないのだが。


「……いや、やめとこう」


 出会いを目的とするアプリで、こんな書き込みに反応をくれる相手が、どのような人間かもわからない。


 欲しい情報が得られるとも限らないし、不要な心配や期待をさせる必要もないだろう。


 これで情報を得られなければ、また振り出しに戻ってしまうのだ。それだけは何としてでも避けたかった。

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