冥恋アプリ

真霜ナオ

00:始まり-前編-


 大学生にもなると、彼女いない歴イコール年齢というのは、劣等感を抱かせるには十分な肩書きになる。


 高校時代は、青春らしい青春を謳歌おうかできるのなんて、カースト上位の人間だけだと諦めていた。


 それでも僕は、大学に入れば彼女の一人くらい自然とできるものだという考えも、捨てきれずにいたのだ。


 そんな僕、瀬戸 武志せと たけしの人生は、残念ながら予想通りとはいかなかった。


 いわゆる大学デビューとやらは、清々しいほど失敗に終わる。


 異性と交流を持てる機会なんて、待てども待てども巡ってくるものではなかったのだ。


(こんなはずじゃなかったんだ……僕は今頃、可愛い彼女とイチャイチャしているはずだったのに)


 そう思ったところで、失敗を取り戻すことなどできない。


 そのままズルズルと彼女いない歴を更新し続けていき、気づけば大学生活は終盤に差し掛かっていた。


 何の取り柄もない男の人生なんて、こんなものなのだろう。


 そんな時、偶然見つけたのが「May恋~恋の可能性~」というマッチングアプリだった。

 オタク趣味を持つ僕にとって、インターネットサーフィンは日常の一部だ。


 その日もいつものように、開き慣れたSNSを手持ち無沙汰に眺めていたのだが。


「マッチングアプリって……どうせサクラしかいないんだろ」


 こうしたアプリには、正直に言えば偏見があった。


 それに、自然に出会いを見つけられないままアプリに手を出すのは、何となく負けたような気がしていたのだ。


 なのだが、今となっては大学で甘酸っぱい青春を得ることはできなくなってしまった。社会人になれば、さらに出会いの手段は狭まってしまうことだろう。


 今から大学で親しい異性を作るなんてできるはずがないし、紹介してくれるような顔の広い友人もいない。


(そうかといって、ナンパとかハードル高すぎるし……)


 それに、身近な友人からの紹介や、共通の知り合いがいる相手にはリスクが伴う。


 上手くいけば一番確実な方法ではあるのだが、失敗した時に恥をかくのが嫌だった。


 チャレンジするのなら、後腐れない相手の方がまだマシというものだろう。


(なら、アプリで知り合った相手の方がいいんじゃないのか……?)


 決断できずにいた僕は、意味もなく何度も画面を行き来していた。


 だが、なるようにしかならないと判断して、インストールと書かれたボタンをタップする。


 さほど時間はかからず、アプリは僕のスマホへとインストールされた。


 はやる気持ちを抑えながら、僕は早速そのアプリを起動してみる。


「……何か、ゲームの画面みたいだな」


 小気味よい電子音と共に、赤色の大きなハートマークがあしらわれたロゴが表示された。


 新規登録と書かれたボタンをタップしてみると、最初に表示されたのは注意事項や承諾事項だ。


 登録される個人情報はアプリ内でのみ使用されること。


 同じく登録をしている他の会員に対して、嫌がらせのような行為は行わないこと。


 違反をした場合には、罰則が設けられたり、即時退会になることなど。


「基本的にこういうのって、どこも似たような制約事項ばっかり書かれてるよな」


 僕はざっとそれらを読み飛ばして、進むボタンをタップした。


 続いて、アプリ内で表示されるニックネームや生年月日、プロフィールといった必要事項を入力していく。


 少し面倒に思えたのだが、こうしたところをきちんと書いておかなければ、真面目に出会いを探していると判断されない可能性もある。


「ニックネームは、いつも使ってるし闇空やみぞらでいいか……あ」


 すべて書き終えたとろろで、僕はあることに気がついた。

 必要なのはプロフィールの記入だけではなく、自分の顔写真も登録する項目があるのだ。


 登録しなくともアプリを利用することはできるのだが、ただでさえ女性に比べて男性は相手にされないと聞く。


 顔写真の有無で、結果がかなり変わるらしかった。


(写真っていわれても、顔に自信あるわけじゃないしなあ)


 さすがに、ネットで拾った赤の他人の写真を使用する勇気はない。どうせ会えばバレるのだ。

 もっとも、会うところまでいければの話なのだが。


 仕方がないので、顔の上半分を写したものを掲載することにした。まずは雰囲気がわかれば問題ないだろう。


 それから十八歳以上であるという証明のために、身分証明書の写真をアップロードして提出する。


 一通りの作業を終えた僕は、運営からの承認を待つのみとなった。


 それが終わるまでは、異性との交流はおろか、プロフィールの検索をすることもできない仕様となっている。


「何だ、すぐに使い始められるわけじゃないのかよ」


 すぐにアプリを使えると思い込んでいた僕は、出鼻をくじかれたような気持になってしまう。


 ベッドにごろりと寝転んで、今の時点で見られるページ内を眺めていた。


 そんなことをしていても承認がくるわけではないのだが、ふと『運勢占い』と書かれた項目が目に留まった。


 特に考えもなしに、そこをタップしてみる。

 どうやら、アプリの会員になると一日に一度だけ、無料で運勢占いをしてもらうことができるらしい。


「占いとか興味ないけど……やることもないしな」


 誰にともない言い訳を口にしながら、僕は運勢占いを試してみることにした。


 これから彼女をゲットするかもしれないのだから、その前の運試しだ。


 画面に表示されている鈴緒すずおのイラストをタップする。神社の賽銭箱さいせんばこの前にある、鈴を鳴らすためのあの紐だ。


 スピーカーから鳴り出したのはリアルな鈴の音で、やしろのような建物の扉が開かれていく。


 その中から現れたのは、一枚の赤い紙だった。


『最良の縁が結ばれたし』


 登録したばかりだから、ユーザーをキープするために、良い結果を出す仕組みになっているのだろう。


 そう思っても、僕はその結果を見て悪い気はしなかった。


 恋人を作りたくて登録をしたのだから、良い縁が結ばれると言われれば嬉しいものだろう。


「お、早速きた」


 さらに、運営からも承認が済んだとの通知が届いたのだ。


 少なくとも半日くらいはかかるだろうと予想していたのだが、これは幸先がいい。


 善は急げとばかりに、僕は女性ユーザーのプロフィールを検索してみることにした。

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