2-2



 必ず呪いを解くと大口を叩いたものの、まったくあてがなくてドリスはほうに暮れていた。

「どうしよう……」

 リプリィは、さも簡単なことのように「キスをすれば解ける」と言っていたが、ドリスにしてみればハードルが山よりも高い。

 魔女リプリィは現在、宮廷魔法師団のしょである西のとうに身柄をこうそくされている。呪いが解けるまでの間、けいしっこうは保留となっている。

 窓からし込む白い陽光がまぶしい。だんは、できるだけ自室のカーテンを閉めてかげで生活しているドリスにとって、日差しは目に痛い。

 しきから持ってきた私服の黒いワンピースを着ているおかげで、なんとか平常心を保つことができている。ユーフェミアの希望で王宮に数日たいざいする予定だったので、お気に入りのだんを用意しておいたのが役に立った。

 そろそろ昼時だというのに、ドリスのおなかは今朝から食事を受けつけようとしない。考えることが多すぎて、何も食べる気になれずにいた。毎朝の日課であるユーフェミアのしょうぞう(十年分)へのあいさつもできず、心が落ち着かない。

(二か月以内に、だれかとキスをする。その前に、両想いになる。その前に、誰かを好きになる……)

 どうやって?

 呪いを解くための第一歩で、ドリスは思いきりつまずいていた。

 まず、恋の仕方というものがまったくわからないのだ。

(人って、どうやって人を好きになるの?)

 こんなことなら、母が時々送ってくれるれんあい小説をきちんと読み込んでおくべきだった。

 とりあえず流し読みはしたものの、いまいち感情移入できずにほんだなへしまっていた。

 テーブルの下にもぐり込んで頭をかかえていると、部屋の扉がノックされた。ドリスのこうを不思議そうに見ながらも、メリンダが取り次いで客人をむかれる。

「ドリス。お客さんだよ」

「は、はい?」

 ドリスはテーブルからい出て、乱れた衣服のすそをあわててととのえる。

 開かれた扉から姿を見せたのは、昨日の主役である二人……もとい、一人と一ぴきだった。

「こんにちは、ドリス」

「ごきげんよう、ドリス。少しは落ち着きまして?」

(パーシバル様とユーフェミア様がごいっしょということは……)

 ドリスが見上げると、パーシバルはまゆじりを下げて微笑んだ。

「昨夜はせっかく来てくれたのに、会えずじまいで悪かったね」

「い、いいえ! あの、こちらこそ……その」


 言葉を選べずにまどっていると、パーシバルがやさしく声をかけた。

「セレストから全部聞いたよ。大変だったね」

 ドリスは首を大きく横に振った。長い黒髪がおどる。

「申しわけありませんでした。せっかくみなさまじんりょくしてくださったのに、このような事態を招いてしまって……」

「自分を責めないで。きみのせいじゃない」

 こんやく者が呪われてつらいはずなのに、パーシバルはこんな時でさえ優しい言葉をかけてくれる。

「ほかに何か方法がないか、ぼくも探してみるよ。セレストほどじゃないけれど、ぼくもじゅじゅつにはある程度触れているから」

「ありがとうございます」

 まずは自分にできることを……と思うものの、何から始めていいのやら見当もつかないのが現状である。

 二人と一匹で囲むローテーブルに、メリンダの用意した紅茶が並べられた。ユーフェミアには、白磁のうつわに注いだ水が用意された。

「あの……パーシバル様」

 紅茶を一口飲んでから、ドリスはおずおずと呼びかけた。

「なんだい?」

「ご迷惑でなければ、お二人のなれそめについてお聞かせいただけませんか?」

「はぁ!? どうしてそんな……」

「うん、いいよ」

 噛みつくような勢いで毛を逆立てるユーフェミアを抱きかかえながら、パーシバルは何かを察してくれたのか、春風に揺れるタンポポのようにやわらかくうなずいた。

「ぼくたちの話で役に立てるなら」


 生まれつき身体の弱いユーフェミアは、めっに部屋から出ることができなかった。

 その日はめずらしく体調がよかったので、庭園で一人遊びを楽しんでいた。

 前の晩に降った雨でやわらかくなっていた土をこねて、どろ団子をたくさん作った。

 部屋にこもりきりでストレスがたまっていたユーフェミアは、周りに誰もいないのをいいことに、木の幹めがけて泥団子を振りかぶって投げた。

 そこへ、運悪くパーシバルが通りかかった。

 パーシバル八歳、ユーフェミア五歳。今から十一年前のことである。


「顔面に泥団子をぶつけられたのがきっかけ……ですか?」

 にこにことうなずくパーシバルと、そっぽを向くユーフェミア。

「あの時のユフィ、わいかったんだよ。自分でぶつけたのに、びっくりして泣いちゃっ

て」

「パーシー様の泥だらけのお顔が、あまりに恐ろしかったのですわ」

 ばつが悪そうに言うユーフェミアの真っ白な背中を、パーシバルはいとおしげになでる。

「それからいろいろあって、今に至るって感じかな」

 個人的には「いろいろ」についてくわしく聞きたいところだけれど、ユーフェミアの機嫌がますます悪くなりそうなので、ドリスは口をつぐんだ。

「貴重なお話をありがとうございます」

「少しでも参考になればいいんだけど……そうだ!」

 パーシバルは、ふと思いついたように声をあげた。

「セレストに相談してみたらどうかな?」

「殿下に……ですか?」

 聞いたところで「知るか」といっしゅうされそうな気がするのだけど。

「恋愛関係ならセレストが適任だと思うよ。ドリスの前だとあんなあいそうだけど、実際はかなりモテるし」

 ドリスののうに、昨晩の婚約ろうパーティーの光景が浮かんだ。

 花に集まる美しいちょうのように、代わる代わる話しかけてくるれいじょうたちにうるわしいみで対応していたセレストの姿を思い出す。

「たしかに……パーティーでの殿下は、普段と別人のようでした。わたしは、殿下から相当きらわれているのですね。顔と態度に出すのは、王族としてどうかと思いますが」

「え、いや、セレストは嫌ってなんか……ドリス、聞いてる?」

「お兄様って、普段どんな態度でドリスと接していますの……?」

 弁明しようとするパーシバルの膝の上で、ユーフェミアはあきれた声でつぶやいた。

「殿下からは嫌がられると思いますが、ほかでもないユーフェミア様のためですから。思い切って相談してみます」

「う、うん。がんばって……」

 パーシバルは何か言いたげなりを見せつつ、うなずいた。

「ところでドリス。わたくしからもひとつ、たのみ事がありますの。よろしいかしら?」

「ユーフェミア様が……わたしに? よ、喜んで! なんでもおおせつかります……!」

 ドリスは胸の前で両手を組んで吐息を漏らした。こんな非常事態だというのに、幸せを感じてしまう自分が罪深い。

 ユーフェミアはパーシバルの腕の中から抜け出し、軽い身のこなしでローテーブルに飛び移り、ドリスの膝の上へと降り立った。カップの中の紅茶がわずかに波立つ。


(わ、わたし今、ユーフェミア様をお膝抱っこしている……!? なんというぎょうこう……!)

 きんしんと思いつつも、ドリスはユーフェミアを膝に抱える喜びを噛みしめる。

 このまま、もふもふのユーフェミアを抱きしめて頰ずりしたい……という衝動に駆られそうになったが、理性を総動員してこらえた。

「わたくし、ごろは自室で過ごしているのですが、一応は王女という身分ですので、体面を保つ必要がありますの」

 ドリスは小さくうなずいて、ユーフェミアの話に耳を傾ける。

「週に一度、貴族のご令嬢たちをお招きしてお茶会をしゅさいしているのですが、この姿ではおもてなしもままなりませんの。そこで、ドリス。わたくしの身代わりになって、お茶会を仕切ってくださいませんこと?」

「えっ?」

 ドリスはおどろきの声をあげた。まさか、王女の身代わりを頼まれるなど思っていなかった。

……かしら?」

 宝玉のような美しい双眸で見上げられては、じょうだんでも「無理です」とは言えない。

「と、とんでもないです! わたしでお役に立てるのでしたら……!」

 すると、ユーフェミアは空色の瞳を三日月のかたちに細めて笑った。

「助かりますわ。婚約者を取られただのなんだの、散々な言いがかりをつけられて困っているところでしたの。そんな時にわたくしが欠席などしたら、好き放題言われて笑いものにされるに決まっていますもの」

 ユーフェミアは、ピンク色の可愛らしい鼻をふんっと鳴らした。

昨夜ゆうべだって、誰かがわたくしに嫌がらせをしようとしていたのでしょう? 温情をかけて、知らぬふりをして差し上げましたけれど、次はありませんことよ。絶対に叩きつぶしますわ!」

「あの、ユーフェミア様? お茶会……ですよね? けっとうなどではないですよね?」

 ドリスがおそるおそる問いかけると、ユーフェミアは顎をつんと上向けた。

「ある意味、決闘ですわね。何かされたら、えんりょなく返りちにしてよろしくてよ」

「……パーシバル様」

 視線で助けを求めると、パーシバルは小声で「お手やわらかにね」と両手を合わせた。

(王宮って、こんなにさつばつとしたところだったのね……知らなかった)

 呼吸を落ち着けたところで、ドリスはぼくな疑問を口にした。

「ところで、ユーフェミア様。気持ちがたかぶっていらっしゃるせいでしょうか……、わたしが知るせいれんなユーフェミア様と比べますと、しょうが激しいように見えるのですが」

 すると、ユーフェミアに代わってパーシバルが答えた。


「これがユフィのなんだよ。ほかの人たちにはないしょね」

 スズランの花のように麗しく清らかな、あこがれのひめぎみ

 ドリスはふいに、可愛らしい見た目をしたスズランの花がもうどくを秘めていることを思い出した。

 本来の予定なら、今日の午後はセレストに連れられて魔法師団の詰め所を見学しに行くはずだったのだが、後日にあらためることとなった。「昨日からいろいろなことが起きて疲れているだろう。今日一日はゆっくり休め」という、ジャレッドのづかいだった。

 昼食は、リンゴのジャムをえたスコーンをひとつ、なんとか食べきった。

「ねえ、ドリス。気分てんかんに散歩に行かない? 今の時間なら、中庭とかあまり人がいないはずだから。連れてってあげるよ」

 日当たりのい場所は苦手なドリスだが、自分を元気づけようと気遣ってくれるメリンダの優しさに触れて、提案を受け入れることにした。

 昨晩のパーティーに出席していた人たちのほとんどは今朝のうちに帰ったようで、かいろうはしんと静まり返っていた。聞こえるのは自分たちの足音と鳥の声、風が緑を揺らす音だけ。

 メリンダの手引きで中庭に足をみ入れたドリスは、土と緑のにおいをいっぱいに吸い込んだ。

「風が気持ちいいですね」

「でしょ? たまに仕事サボって、あのあたりでひるするんだ……あれ?」

 メリンダが指差した先に、セレストの姿が見えた。

 一人ではなく、誰か女性と向かい合って会話をしている様子だった。

 ドリスとメリンダは無言でうなずき合い、植物のかげに隠れて聞き耳を立てた。

(これは、ぬすきなんかじゃなくて見学よ)

 はしたないこうだと自覚しつつも、心の中で言い聞かせる。

 セレストと一緒にいるのは、月明かりのようなぎんぱつが美しい令嬢だった。としはドリスと同じくらいだろうか。りんとした立ち姿がれいだと思った。

「セレスト様。昨晩はご一緒できずに残念でしたわ」

「すみません、ロベリアじょう。どうしてもはずせない用ができたもので」

 風に乗って二人の声が聞こえてくる。

わたくしとともに過ごすよりも大切なご用事って、何かしら?」

 ロベリアと呼ばれた令嬢は、ふくみを持たせるような物言いでセレストを見上げた。

「本当なら、朝まで離れたくありませんでしたのに」

(朝まで一緒に……って、てつで何をなさるのかしら? チェスとか?)


 自分だったら絶対に途中でてしまう。そんなことを考えながら、ドリスは二人の様子を見守る。

かしはよくないですよ。貴女あなたぼうそこねてしまう」

「まあ、お上手。そう言って、また私からげるおつもりでしょう?」

 ロベリアはセレストの手を取って、自分の頰に触れさせた。

「いつになったら、私をあなたのものにしてくださるの?」

「ロベリア嬢……」

 何やらただならぬふんに、ドリスは息をのんだ。

 セレストは、つかまれていた手をやんわりと解いた。

「ロベリア嬢のことは、いい友人だと思っています」

「私は、あなたの婚約者候補でしてよ? 友人どまりというのは、いただけませんわ」

(婚約者候補……?)

 初めて耳にする言葉に、ドリスは思わず目を見開いた。

 ユーフェミアが婚約したのだから、王太子であるセレストにもそういった相手がいるのは当然だろう。

「もちろん、心得ておりますよ。ですが、貴女の期待に応えることはできません」

「セレスト様は、心に決めたお相手がいらっしゃるということかしら?」

「さあ? どうでしょう」

 軽くかわすセレストの態度にこれ以上押しても意味がないと思ったのか、ロベリアはそこで話を打ち切った。

「今日はここまでにいたしましょう。ゆっくりと少しずつ、セレスト様のこころに私の存在を刻みつけて差し上げましてよ。ごきげんよう」

 ふふっと笑って、ロベリアはその場を立ち去った。一人になったセレストは、「疲れた……」とその場に座り込んだ。

(聞いてはいけない話だったかしら……?)

 ドリスはメリンダと無言で目配せをし、足音をたてないようにその場から去ろうとした。

「そこの二人、どこへ行く気だ?」

 空をあおぎながら、セレストは独り言のような口調でこちらに声をかけてきた。

 逃げ場を失ったドリスとメリンダは、おそるおそる顔を見せた。

「ご、ごきげんよう……殿下」

「ごめんねー。のぞするつもりはなかったんだけど」

 セレストは木の幹に背を預けた格好でこちらを見た。

「悪い、メリンダさん。少しだけ、こいつと二人にしてくれないか?」

「はいはい」


 メリンダは、転移魔法でその場から姿を消した。

「あの、殿下……?」

「別に怒ってないから、こっちに来い。話がある」

 先ほどの令嬢と話していた時のやわらかなものごしはどこへやら、セレストは鋭い目つきでドリスを呼んだ。

(怒っているようにしか見えないのですが……)

 この場から逃げ出したい気持ちをこらえ、ドリスは言われるままにセレストのそばへ歩み寄った。

「これ、着けておけ」

 そう言って、セレストはふところから何か光るものを取り出した。

 ドリスはその場に膝をついて、差し出されたものを受け取る。

 わたされたのは、銀細工のブレスレットだった。バラの花と葉のせいそうしょくがほどこされた、見事な一品である。

「綺麗なブレスレットですね……これをわたしに?」

「城に張ってある結界をぎょうしゅくさせた、無効化の魔法をこめてある。昨夜みたいなことはもう起きないはずだ」

 そう言って、セレストはそっぽを向いた。たんせいな横顔をいろどる金色の髪が風になびく。

 ドリスは、ブレスレットとセレストの横顔をこうに見た。

「殿下が作られたのですか?」

ちょうきんは城の職人に頼んだ。俺がやったのは、せいぜい魔法をむくらいだ」

 ドリスは長いまつを上下させて、セレストの横顔をまじまじと見た。

 せいぜいとか、なんでもないことのように言っているけれど、魔法師団が総がかりで張った結界をしのぐ魔法を凝縮させて装身具にこめるなど、誰にでもできることではない。

「こういったアクセサリーは、一晩で作れるものなのですか?」

「そんなわけないだろう。発注から完成まで半年はかかる。魔法をこめるのは一晩もかからないが」

「半年も前からご用意してくださっていたということですか?」

 ふと浮かんだ疑問を口に出すと、なぜかセレストは頰を真っ赤に染めた。

「こ、細かいことは気にするな! その……ひきこもりのお前でも、たまにはアクセサリーくらい着けてもいいと思ったんだ。ブレスレットならじゃにならないだろ」

「何が、目的ですか……?」

 ドリスは、セレストの顔を覗き込み、声をひそめて問いかけた。

「は!?」

「魔力の暴発をおさえるためとはいえ、わたしをぎらいしている殿下が、なんの見返りもなくわたしのために何かをしてくださるなんて、考えられません……何かこんたんがあるのでしょう? もしかして、このブレスレットには、さらなる呪いがかけられているとか……!?」

くつにもほどがあるだろう! ……って、ちょっと待て。俺がいつ、お前を嫌っているって言った?」

「見ていればわかります。私の前ではいつも親のかたきを見るような目つきですし、口を開けば意地悪なことばかり言いますし……」

(ほかのご令嬢には、あんなに楽しそうに笑いかけるのに)

 思わずそう言いかけて、ドリスは口をつぐんだ。

「お前の目には……そう見えるのか」

 セレストは片手で口元を覆って、ため息をついた。

「本当に嫌いなら、毎月会いに行ったりしない」

「え?」

「別に、見返りなんて求めてない。気に入らなければ、捨てるなり売るなりすればいい。そんなものがなくても、魔法師団がほかに対策を練ってくれるだろう」

「それじゃあ……」

 ドリスは、手の中できらめくブレスレットをふたたび見た。

(これは殿下が、本当にわたしのために用意してくださったもの……)

「ありがとうございます……あの、失礼なことを言ってすみません。わたし、両親以外からこんなてきなプレゼントをいただいたのは生まれて初めてで……うれしいです」

「気に入ったなら、よかった」

 ブレスレットを両手にせたまま、じっとそれを見つめるドリスの姿に、セレストはため息まじりに言葉をかけた。

「身に着けないと意味がないだろ。貸せ、着けてやる」

 セレストは、ドリスの手のひらからブレスレットを取り上げた。

「右と左……どっちが正しいんだ? どっちでもいいか」

 つぶやきながら、ドリスの右手をそっとつかみ、優しい手つきでブレスレットを手首に着けてくれた。金具を調整し、「きつくないか?」と問いかけられる。

「だ、だいじょうです。ありがとうございます……」

 ドリスの手首を包んでいた大きな手が離れていく。

 ささやかで上品な輝きを放つブレスレットを見つめて、ドリスは思わず微笑んだ。

「少しは落ち着いたみたいだな」

「え?」

「その……いろいろあっただろ」


 昨夜のパーティーでの出来事や、今朝のひともんちゃくについて思い出す。

「は、はい。おかげ様でなんとか」

 ふと、セレストの唇が目についてしまい、ドリスはぱっと視線をそらした。

 あの時、あやうく死ぬかもしれなかったと思うと背筋が震える。

(もし目の前でわたしが死んでいたら、殿下の夢見が悪くなってしまうわ)

 ただでさえ世話になっているのに、これ以上めんどうをかけるようなことはしたくない。

「ドリス」

「はい?」

「呪いの件だけど、お前は……何か考えがあるのか? その……心に決めた男がいるとか」

「いいえ。そのようなお相手はまったく」

 セレストがほっとしたように息をついたが、ドリスの目にはとまらなかった。

「その件について……実は、殿下にご相談しようと思っていたんです」

「俺に?」

 ドリスはこくりとうなずいた。

「大変ぶしつけなお願いだとは思うのですが、恋の仕方……というものを教えていただけないでしょうか?」

「……言っている意味がよくわからないんだが」

 逆立ちしてへいの上を歩くアヒルでも見るかのようなげんなまなざしで、セレストはドリスを見つめ返す。

「昨夜のパーティーや、先ほどのお美しい方とのやり取りを拝見していて思ったのです。異性の方とあんなふうに自然と親しくなれる殿下なら、恋をするけつをご存じなのではないかと」

 セレストは目元をひきつらせ、心の中で「俺が知るか」とつぶやいたのだが、ドリスに届くはずもなかった。

「お願いします……ユーフェミア様を元のお姿に戻すために」

 ドリスは胸の前で両手を組んで、セレストの目をじっと見つめてこんがんした。

「……両想いになれるなら、相手は誰でもいいのか?」

「え? はい」

 質問の意図はよくわからなかったが、ドリスはしゅこうした。

「……わかった」

「本当ですか!?」

 ドリスは、ぱっと顔を輝かせた。

「ありがとうございます、殿下」

「途中で泣いて逃げ出すなよ」

「ユーフェミア様のためなら、どんな厳しいしゅぎょうにもえ抜いてみせます……!」



(どうしよう)

 ドリスと別れたセレストは、頭を抱えて歩き出した。

 その場の勢いで引き受けたものの、はつこいをこじらせた十八歳の青年は他人に教えられる手練手管など何も持っていない。

「本当に、ろくでもない呪いをかけてくれたもんだ……」

 地下ろうこうりゅうされているリプリィに向けて、セレストは恨み節を吐き出した。


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