3章 王太子殿下の恋愛講座
3-1
一通は故郷の両親へ。もう一通は、
本当のことは伝えられない。
自分のせいでユーフェミア王女が
永遠の
(キスで呪いが解けるなら苦労はしない……なんて言った過去の自分を、ひっぱたいてやりたいわ)
この日何度目かのため息をこぼす。
せめて、自分がすでに
絵本のページをめくっていくドリスの
ロベリア・カーライル。クレシア国王の
昼間、中庭で見かけたロベリアはとても積極的だった。セレストの心を射止めるために、人知れず努力を重ねているのかもしれない。
仮に、自分が誰かに恋をしたとして、ドリスはロベリアのように相手を
めに行動を起こすことができるのだろうか。
「どうしよう。気が遠くなってきたわ……」
ハードルを
それに、ドリスが
(ユーフェミア様の身代わり……。なんて
猫になってしまったユーフェミアの代わりに、貴族の令嬢たちの中心に立たなければならない。
ユーフェミアから
もしも、お茶会でヘマをしてしまったら、
ドリスは、日が
(そういえば先ほどのユーフェミア様、ご様子が少しおかしかった気が……。お
ユーフェミアは終始、
明日から、午前中はユーフェミアによる
それに加えて、明日は魔法師団の
絵本を最後まで
ささやかな光を放つ銀細工のブレスレット。
ドリスが魔力の暴発に
「何か……お礼をしなくちゃ」
セレストが喜びそうなもの……。パーシバルかユーフェミアなら知っているだろうか。
翌朝。ドリスは頭の上に分厚い本を三冊
「
ソファに置いたクッションの上で、
「わたくしはそんな不格好なガニ
「は、はい……っ」
ドリスは
「先ほどから一歩も進んでいませんわよ。
(王宮のご令嬢は
ドリスは震えるつま先を一歩前へ運んだだけで、すでに息があがってしまった。
「まだまだ!
「は……い……」
ドリスは額に
結局、初日の
ようやく解放されたドリスは、全身汗だくの状態でソファに身を沈めた。
「言っておきますが、あなたが習得すべきお作法はまだまだ山のようにありましてよ。お
「ユーフェミア様は、それらをすべて習得されているのですね。さすがです」
帳面に書き留めながら、ドリスは
「ま、まあ……一応は王女ですから」
つんと顔をそらしながらも、ユーフェミアの
(よく考えたら、ユーフェミア様から直々にお作法を教わるなんて、これ以上ない幸せなのでは……。呪われていてよかった……いえ、よくないけど)
ドリスの呪いのせいで、ユーフェミアまで
だ。この
「身代わりをお願いしたのはわたくしですし、責任をもってあなたを立派な
「ありがとうございます。
「二人ともお
メリンダが、トレイに載せたお
「ありがとうございます、メリンダさん」
「わたくしには、お水をいただけますかしら?」
紅茶やハーブティーなど、人間にとってはリラックス効果のある飲み物でも、猫の身体には有害な成分が
「はい、お水どうぞ。それと、お砂糖や木の実の入ってないクッキーもね。これなら食べられると思うよ」
ユーフェミアの前に、水が注がれた白磁の
「お
「いやいや、あたしは料理なんて
「人は見かけによらないですね……」
「あの大きな手から、どうしたらこのような
そろって首をひねる二人に、メリンダは笑って言った。
「王女様が喜んでたって、団長に伝えておくねー」
「メリンダ様が、ドリスのお世話係をなさっていますのね」
「はい。有事の際に備えて、団長さんが取り計らってくださいました」
とてもありがたいことだが、メリンダの本来の職務を
「
「なんだ、気にしなくていいよ。あたしは結構楽しませてもらってるから。侍女服なんて着る機会ないもんねー」
扉の前にひかえていたメリンダはお仕着せのスカートをつまんで、
彼女の明るさと
「ユーフェミア様も、侍女の方がいらっしゃいますよね? 猫のお姿になってしまって、
毎朝
「心配無用ですわ。わたくし、基本的な
「そ、そういうものなのですか?」
「彼女たちの手を借りるのは、先日のパーティーのように正装する時くらいですわね。ですから、いらぬ気を回してくださらなくて結構ですわよ」
侍女たちの目が届かないのなら、呪われた現状を考えると都合がいいと言える。
でも、身近な人と顔も合わせずに毎日過ごすのは、なんだか
ドリスは、屋敷で留守を預かるメイドの顔を思い浮かべた。毎朝、部屋にズカズカと押し入っては、カーテンを開けろだの朝ごはんをきちんと食べろだの、年下なのに母親のような小言を浴びせてくる。わずらわしいと思う時もあるけれど、ドリスにとっては大切な日常だった。
「わたしが侍女さんだったら、きっと一日に十回はユーフェミア様のお顔を拝見しに行ってしまいます……」
「やめてくださいな、
そう言いながら、ユーフェミアはくすくすと笑った。
「王女様、これ、頼まれていたものだよー」
メリンダがテーブルに置いたのは、細かな文字が
「ありがとうございます、メリンダ様」
ユーフェミアは、前足で紙の綴りに
「ドリス。こちらは、お茶会の参加者の
「は、はい」
ドリスは名簿を手に取り、視線を走らせた。
「あ……ロベリア様もいらっしゃるのですね」
美しい銀髪の令嬢の姿を思い出して、ドリスは思わず頰をゆるませた。
「ロベリアと顔を合わせましたの?」
ユーフェミアは空色の宝玉のような
「はい。昨夜、お友達になりたいと言われました。
「お兄様のお部屋?」
「何か、ご用事があったそうです」
「それは、
ユーフェミアはチッと舌打ちをした。
「よばい……とは?」
「
「あ、暗殺ですか……!?」
ドリスは思わず身を震わせた。
「
「まあ……」
誘惑の
「ロベリア様は、とても大人な方なのですね……」
「ものは言いようですわね」
ユーフェミアはふんっと鼻を鳴らした。
「あなたが特に注意を
ドリスは、ユーフェミアの指し示した令嬢の名前を読み上げた。
「アシュリー様、クレア様、ジェニー様……。この方たちは?」
「婚約
「この方たちが……」
ドリスは息をのみ、ふたたび名簿に視線を落とした。
「表立って何かすることはないと思いますが、
(あの夜、ユーフェミア様を傷つけようとした人たち……)
無意識に指先が震えて、名簿の紙に
心が焼けそうになる感覚を今でも覚えている。
「ドリス、落ち着きなさい。心を乱したほうの負けですわ」
「ユーフェミア様……」
ドリスの
ふいに、ドリスの目の前でユーフェミアがテーブルを
「えっ、あっ、ユーフェミア様!? お身体に
困惑するドリスの目の前へと身軽に降り立った白猫は、宝玉のような瞳でこちらを見上げた。
「ご覧のとおり、わたくし、この姿でいる間はまったく身体が苦しくありませんの。走っても
首をかしげるドリスに、ユーフェミアは言葉を続ける。
「こんな体験は生まれて初めてですの。もちろん、喜んでいい状況ではないことくらい承知していますわ。でも、この姿になったことが、ほんの少しだけうれしく思いますの」
「ユーフェミア様……」
白猫の姿をした王女があまりに
「期間限定だからこそ楽しめるのですわよ。早いところ、呪いを解いてくださいませね」
「はい……!」
おどけた口調で言うユーフェミアに、ドリスは思わず顔をほころばせた。
「ところで、ユーフェミア様。昨晩のお疲れは、もう取れましたか?」
「なんのお話かしら?」
ユーフェミアが不思議そうに瞳を光らせて、こちらを見上げる。
「昨晩は、ご気分がすぐれないご様子でしたので、気になってしまって」
「べっ、べべべべ別にっ!? なんともありませんことよ?」
「それならよろしいのですが。呪いで姿が変わられた反動で、お身体に
ドリスは、パーティーの夜に自分の魔力が暴発した影響から熱を出した。もともと身体の弱いユーフェミアが同じような状態になってしまったらと、気がかりだった。
「お、お気遣い痛み入りますわ!」
ユーフェミアが心の中で「
「
「は、はいっ!」
ドリスは立ち上がり、先ほどと同様に本を頭の上に載せた。
「姿勢が悪いですわ! 表情はもっと美しく!」
「はいぃ……!」
ユーフェミアの厳しい特訓は、このあと二時間に
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