4-2




 その夜、ドリスはメリンダとともに、セレストから借りた上着を返すために彼の部屋を訪れた。おそい時間だったので、上着を渡してすぐに自室へ戻るつもりでいた。

 ところが、セレストは今、来客中とのことだった。

「かしこまりました。それでは、日をあらためてうかがいます」

「よろしいのですか? お待ちいただけましたら、お取り次ぎいたしますが」

 何度か顔を合わせているうちに仲良くなった侍女はそう言ってくれたが、ドリスは急ぎの用件ではないからと、ていちょうに断った。

 ユーフェミアから叩き込まれた所作で、ゆうに礼をして立ち去ろうとした時だった。

「……セレスト様」

 部屋の中から女性の声が聞こえた。

(この声は……ロベリア様?)

 セレストのこんやく者候補のこうしゃく令嬢。彼女は先日も夜にセレストの部屋を訪れていた。

(これはもしかして、ユーフェミア様の言っていたいというもの……?)

 ドリスは、夜遅くに部屋を訪問するロベリアと、それを受け入れるセレストの姿を想像して、頰を赤く染めた。ユーフェミアからいろいろと話を聞くうちに、ばくぜんとした知識は頭に入っていた。

(そ、そうよね。ロベリア様は、セレスト様の未来のおくがたになるとおっしゃっていたし……夜を一緒に過ごされて当然よね……)

 自分に言い聞かせるように思考をめぐらせるドリスだったが、むねの奥はもやもやして落ち着かない。

「あの、ドリス様。やはり、殿下にお声がけをいたしましょうか?」

 侍女の声に、ドリスは顔を上げた。

「い、いいえ。失礼いたしました。わたしはこれで」

 今一度、礼をしてドリスは今度こそ、その場を辞した。


 セレストとロベリアは、グラスに満たしたあかむらさきいろの果実水を口にしていた。

わたくしはもう子どもではありませんのよ。お酒をご用意してくださってもよろしかったのに」

「いけませんよ、ロベリアじょう貴女あなたはまだ成人していない」

 クレシア王国の成人は十八歳。社交界に出ていても、ねんれいの満たない者は飲酒を許されていない。

「セレスト様は本当に真面目ですこと」

 ロベリアはねたように口をとがらせ、グラスの果実水を飲み干した。

「セレスト様と夜を過ごせるのなら、果実水でもってしまいそうですわ」

「ロベリア嬢。そろそろ、大事なお話とやらをお聞かせいただけますか?」

 セレストは対外用のみを浮かべて問いかけた。

「こんな時間に男の部屋へ来るほど、せっまったご用事なのでしょう?」

 するとロベリアは、スミレ色の目を細めてグラスを置いた。

「先日、妹君のお茶会にご招待をいただきましたの。とても有意義で楽しいひとときでしたわ」

「それは何よりです」

 そんなどうでもいい話をするためだけに、けにここへやってきたとは考えにくい。

 セレストは、ロベリアの次の言葉を待った。

「あのお茶会以来、ユーフェミア様のお姿をお見かけしないのですが、おかげんがよろしくないのでしょうか?」

「ええ。妹は身体が弱いもので」

 昼間は猫の姿でそのあたりをうろついている……とは言えない。

「そうでしたの。次回のお茶会では、お目にかかれますかしら?」

「妹はお茶会を楽しみにしていますから、必ず出席しますよ」

 その日までにのろいが解けなければ、またドリスに身代わりをたのむことになるのだが……。

「ところで、ユーフェミア様は猫を飼いはじめましたの?」

「さあ? 妹とはなかなか顔を合わせる機会がないので、それらしい話は聞いていませんが。婚約者のパーシバルのほうがくわしく知っているかと」

 セレストはどうようが顔に出ないよう努めて、がおで聞き返した。

「先日、ユーフェミア様がとても可愛らしい白猫を抱いていらっしゃいましたの」

 ロベリアは意味ありげな笑みを浮かべ、グラスをかかげた。

「どこからやってきた子なのかしらと、気になっておりまして」


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