2章 恋をしろと言われましても
2-1
クレシア王国東部。日の光さえ届かないほどに
「ヒマねぇ」
「今日はやけに静かだと思ったら、リプリィが来ていないのか」
「リプリィなら、真夜中にご
「十年とは気の長い話だな。酒の熟成じゃあるまいし」
魔女は
「元をたどると、何十年も昔の王太子への
「どれだけ年代物の恨みなんだ。
「でも、おもしろそうだと思わない? 王太子が〈野良〉の使い魔に成り下がるなんて、
「それは見ものだ」
リプリィと旧知の魔女は杯に口をつけ、「だが」と続けた。
「あいつは少々、
明け方の王宮、ドリスの
「……大体の
部屋の
「俺にかけようとしていた呪いがドリスにかかってしまったのは、十年前に
その呪いが開発
「そうみたいだね。
「そうか」
セレストはリプリィに歩み寄り、
「ちょっと、何これ?」
リプリィの両手首に、銀色の
「術者みずから現れたのなら、話は早い。今すぐ二人の呪いを解いてもらおう。貴様の
「え、解き方なんて覚えてないけど」
リプリィは
すると、セレストは
「覚えていないなら、思い出させてやろうか」
「よくない。よくないよ! 王太子サマが
リプリィは、さっと青ざめて顎を反らせた。
「
「わたくしは、拷問にかけてでも
「え?」
ナイフを鞘に収めたセレストに、リプリィは
「いいねぇ。その、血の気が多くて小生意気な感じ。今からでも、きみに呪いをかけ直してみたくなってきた」
「お断りだ」
ふいに、リプリィの長い黒髪の間から、金色の
セレストは、横目で白猫のユーフェミアを見やる。
「貴様は、妹を使い魔にするつもりなのか?」
「いや、王女はいらない。私をコケにした男にそっくりな王太子を、自分のおもちゃにしたかっただけだからね」
そう言って、リプリィは赤くつやめいた
「
ベッドの上で、ユーフェミアが
「お気の毒だけど、そういうこと。王女様も、そこのきみも、どうか強く生きてね」
リプリィが指先を軽く
「そうそう。余計なお世話かもしれないけど、王宮の防護結界、もう少し固くしたほうがいいかもね」
バカにしたような口ぶりに、セレストとメリンダが険しい表情を
リプリィが白い指先を
「あの、待ってください……!」
ドリスは夜着姿なのも忘れてベッドから降りて、リプリィに手を
「うわっ!」
宙に浮いていたリプリィの
「〈野良〉の魔女、リプリィだな」
どこからともなく、軍服めいた作りをした
「つ……っ!」
彼が手を
「貴様の身体に〈刻印〉をほどこした。
「
リプリィが吐き
「く……っ?」
リプリィは
「はっ……はあ……っ、死ぬかと思った……。
リプリィは深呼吸を
「ああ、そうだ。貴様より
制服姿の男性は無表情で、「格下」を強調して答えた。
「魔法師団……」
息をつめて見守るドリスに、セレストが説明する。
「宮廷魔法師団長、ジャレッド・コール。この国で一番の魔法使いだ」
ジャレッドは、なおも暴れようとするリプリィの
「いつまでも女性の寝室で話し込むわけにいかないだろう。
三十歳手前と思われる落ち着いた
ドリスは
隣には、白猫を
メリンダは、「あたしはドリスの
「防護結界につけ入る
「
魔法師団の
「では、聞かせてもらおうか。彼女たちの呪いを解く方法を」
「…………」
「今すぐ貴様の気管を
情け
リプリィは肩で何度か呼吸をしてから、口を開いた。
「キスだよ」
その場にいる全員が、「なんて?」と首を
「両
明け方の
「…………ほかには?」
「ほ、ほかには何かありませんか? たとえば、術者の心臓に銀の
「きみ、おとなしそうな顔して
「すみません。もののたとえです……」
ドリスは肩を縮こまらせて顔をうつむけた。
そして隣では、なぜかセレストまで世界の終末のような重々しい表情で、額に手を当てて考え込んでいた。
「魔女リプリィ。呪いについて、ほかに何か
「あんた、いちいち突っかかる言い方するね。別に隠してるわけじゃないけど、動物化の呪いにはリミットがあるから、解呪したいなら急いだほうがいいよ」
「なんですって!?」
一番に反応したのはユーフェミアだった。
「今日一日過ごしてみたらわかるはずだけど、王女は太陽が出ている間は猫の姿に、日が
「あら、元の姿に
「今は、ね」
三角形の耳をピンと立てるユーフェミアに、リプリィは念押しするように言う。
「呪いのリミットは二か月先。正確には
セレストの膝の上で、ユーフェミアが愕然と目を見開いた。
「そんな……」
ドリスが声を
そして鞘からナイフを抜き、逆手に構えた。ナイフは銀色の光を放ち、細長い杭に姿を変えた。
「殿下……?」
「俺は
初めて
「やってみたらいいさ。私が死んだ
「…………」
「この呪いの目的は王族への嫌がらせだよ。私がそんな単純な解呪を許すと思う?」
リプリィは赤い唇の間から、
「どうやら
ジャレッドの言葉に、セレストは無言で銀色の杭をナイフに戻し、鞘に収めた。
「あ、あの……」
場にいる面々に視線を向けて、ドリスが口を開いた。
「わ、わたしが……その、キス……? をすれば、いいのですよね? そ、それでユーフェミア様が元の姿に戻れるのでしたら……。元はと言えば、わたしが平常心を保てずに魔力を暴発させてしまったのが原因ですし……。わ、わたしが必ずや、ユーフェミア様を元の姿に戻します……!」
「ドリス……自信のなさが顔に出ているぞ」
「き、気のせいですよ、殿下……」
これでも、
「それから、もうひとつ」
リプリィは細く白い人差し指を立てて言った。
「万が一、両想いじゃない相手とキスしてしまった場合、ドリスは死ぬ」
「え……?」
今度はドリスが目を見開いて息をのんだ。
「そもそもは、私をもてあそんでくれた過去の王太子への恨みをこめた呪いだからね。適当な女の子とキスして死ねばいいと思ったんだ」
とんでもないことを、いともあっさりと言ってくれる。
「標的を
「ふざけるな!」
セレストが声を
「謝って済む話か! なんでドリスがそんな……」
「殿下、落ち着いてください……!」
「落ち着けるわけがないだろ! お前も、もっと
「でも、呪いを解く方法は教えてもらえたことですし、リプリィをどうにかするのは魔法師団の皆様におまかせして、まずはユーフェミア様を元の姿に戻しましょう……!」
「相手を間違えたら、お前は死ぬんだぞ!」
そう吐き捨て、セレストはリプリィをにらみつけて立ち上がった。
「殺すまでは行かなくとも、今までドリスが苦しんだ分を貴様も思い知るべきだ」
「殿下、おやめください……!」
ドリスはセレストを追うように立ち上がり、彼の上着の
「止めるな!」
「だめです……っ!」
怒りの
「うわっ!」
「きゃ……っ」
その
「…………」
「…………」
セレストの
「気をつけなよ。本当に死ぬから」
リプリィの言葉に、ドリスとセレストはそろって青ざめた。
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