13「とことん甘えさせてあげる」
「なにも起こらなかったね」
「ああ」
ツバサがいなくなって半月、俺たちは久々に最後までシた。それまで思い留まったのはなにかが変わるのを恐れたから。俺たちは二人で悲しみを乗り越え、次の変化を受け入れる覚悟ができた。しかし心配したことも期待したことも起きることはなかった。
「おはよ」
「おはよ。相変わらずキナコとカヌレは追いかけっこしてるわよ」
「ケンカはしないよね?」
「兄弟だからか誰もケンカはしてるのを見たことないけど、いたずらはするわね」
「桶をひっくり返したり?」
「飛び乗ってきたり、三匹くらいで足に群がったりするわ」
「顔が笑ってるけど?」
「かまって欲しいなんてとってもかわいいじゃない!」
咲はとても元気そうだった。しかしツバサがいなくなった悲しさを紛らわすためのカラ元気に見える。
得てして心配したことが起きる。
「龍斗っ!友梨佳っ!」
「「!!」」
血相を変えて慌てて来る咲はあの時のデジャヴだった。次に口にする言葉もそうだ。
「マカロンとカヌレがいないの……」
「十匹もいるのに本当にそう言い切れるのか?」
「昨日の夕方から実は見えなかったの、でもあの子たちは二時間に一度は水を飲みにくるから近くにいるはず、そう思ってた」
「探し始めたのはいつごろから?」
「ついさっき。いそうなところは全部探して、いなくて、不安で……」
「手分けして探しましょ」
「マカロンとカヌレも俺らの家族だしな」
「ありがと」
「マカロンが白い子、カヌレが濃い茶色の子でよかったわよね?」
「そう。特に二匹とも大きい子たちだからすぐにわかるはずよ」
子猫だったマカロンは成長し、大人の大きさになっていた。俺たちも猫たちの見分けがつくくらいには猫たちをかまっていた。
しかし俺の頭の中にはまたツバサのときのようなことが起きてしまったのではないのか、そんな考えがこべりつく。その後いくら探してもマカロンとカヌレが見つかることはなかった。
「こんなのってないよ……」
「「……」」
気が沈む。ツバサや猫たちはある日突然現れたニセモノ、だから前触れもなく消えても不思議ではない。認めたくない仮説が事実に置き換わろうとしている。
「あたし、どうしたらいいかな……なにを支えに生きていけばいいのかな……」
見るからに咲は落ち込んでいた。俺がかけれる言葉は見つからない。
「咲、甘えなさい」
「……は?」
「とことん甘えさせてあげるわ。だから気の済むまで甘えなさい」
友梨佳が咲を抱擁した。咲は静かになり、再びしゃべり始めたのは十分後だった。
「……もういいわ、落ち着いたから」
「さっきの話を聞いてなかった?とことん甘えさせてあげるって」
「もういいって言ってるのっ!」
「本当にあなたは大丈夫?わたしにはボロボロにしか見えないわ」
「っ!?…………あんたのそういうところ嫌いよ」
落ち着いたと言っていた咲は大泣きした。咲は不安をぶちまける。あんなにかわいかった猫たちが近いうちに全員消えてしまうのではないか。また同じようなことが起きた時に現れたそれを愛でることが怖くてできないのではないか。そして咲自身がなんのために生きていけばいいのか分からなくなった。
「咲……」
「咲、あなたはまだ最高に幸せなことを体験してない」
「……なにをしてないっていうの?」
友梨佳が指さしたのは……俺じゃん!?
「あんたなにを言ってるのかわかってるの!?」
「わたしは咲に幸せになって欲しい。もうとっくに嫉妬なんてものはあなたに対してないわ」
「だからって……!」
あの俺の意思は?そんなこととても言い出せる雰囲気ではなかった。
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