4「不満」

「もぉー限界っ!!」

「……そうだね」


 このセカイに来て五日が経った。俺はやることがないので一人の時は筋トレをすることにした。ここの探索はあっさりと終わったからだ。もし白い空間になにかあったとしてもそれは諦めようと思う。あんなところを探し回るなんて果てしない海を泳ぐよりも嫌だ。


「おはよ?」

「おはよ」

「やっぱり変ですか?」

「いいと思うよ。似合ってる」


 三上さんはにっこりと笑った。相変わらず木に隠れて腕で胸を隠しながらだけど少しだけ距離が縮まったように思う。


「ところで二人ともなんで髪をバッサリと切ったの?」

「あのねぇ。ここにはシャンプーやコンディショナーもドライヤーもないの!」

「わたしたち、はやくから髪のことが気になってどうしようかって悩んでたんです。でもハサミしかないから二人でお互いの髪を切り合うしかないって……」


 俺もシャンプーやボディソープのことは気になっていたが心配を他所に水浴びだけでも、どこもかゆくなることはなかった。毛といえば気になるのは髭だな。カミソリがないし鏡もないから自分ではどうしようもないしな。

 あれ?俺だけ野人化してくんじゃね?


「あ~やだやだ!水も食べ物もあるけどそれだけじゃない!あたし達は動物じゃないっての!」

「……」

「この女は……」


 咲の不満は分かる。だけどこうして不満を吐き出す声を聴くとムカついてくる。俺たちではこの状況はどうしようもないし、このまま変化が起きないのかもしれない。でも俺たちは同じ状況下に身を置いている運命共同体だ。なのにひとりガキっぽくワガママを言うのは間違っていると思う。

 ふと俺は冷静になった。なにしろ時間だけはあるのだ、咲が言いそうなことくらい考えてあった。ここで俺が前に出て咲と争うと取り返しがつかなくなるかもしれない。今回は大人しくその場を離れた。三上さんが少し心配だが、このまま咲のご機嫌を取る存在になるかケンカをするのかは彼女の選択だ。



   □    □    □    □



「咲」

「なに?」


 咲はこのセカイに来て、不安を感じ、この状況に憤りを感じていた。理不尽を感じ、不快さ、不便さは彼女を苛立たせた。ここには彼女を押さえつける存在がいなかった。両親や教師でない、普段物静かな友人の諫める声はうるさいものに変わっていた。

 一方、友梨佳はそんな咲の心を見抜いていた。


「不満を言いたい気持ちは分かるけど、わざわざ川村君が来たときに言わなくてもいいんじゃないかな?」

「だってあいつ昔から、僕はわかってます、文句は言わないですって顔するんだもん。いい子ちゃんでムカつくわー」


 友梨佳はその友人の態度にキレた。その感情は拳で先にぶつけられた。


「ヴぇっ……!!!!!?」

「……」


 力任せに振るったこぶしは肋骨を叩く。その予想外の打撃に咲はしばらく呼吸ができない。咲はうずくまり地面に倒れ込む。


「……かはっ!!!」


 咲は友梨佳を見上げるとそこには吐き捨てるように見下ろす女が立っていた。咲は憎しみを込めて睨むがそんな咲に友梨佳は蹴りを入れる。


「グぅっ……!!」


 今度は手を挟み込み、蹴りの勢いを弱めることができた。


「なんでわたしが怒ってるのかわからないの?」

「……」

「ねぇ。少し前に言われたでしょ?あなたバカだって」


 咲はこの目を見たことがあった。自分に向けられたことは少ないけど人に向けたことは多い目だ。


「正確にはワガママなガキよ」


 今までバカにされないために周りに合わせて、反撃してこない弱者を見下してきた。咲は内心、目の前の友人は自分がいないと何も言えないかわいそうな子だと見下していた。そんな彼女に手痛いしっぺ返しを食らったことがショックだった。


「喋れなくなっちゃった?じゃああたし達は別々にいることにしましょ」

「!?……まっ……」

「わたし、あなたのご機嫌はこれ以上取りたくないの。お互いに泉からは少し距離を取って生活しようね」


 三人がバラバラに過ごす生活が始まった。

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