負けたいです

『勝者、フィン・トレード!』


 歓声が湧く。


 俺は、震えながら涙を流す。


 観客側からみたら、嬉し涙を流しているように見えるだろう。


 ちくしょう!なんだよ、準決勝進出って!おかしいだろ!

 いや、理由はわかっている。

 たぶん、強い奴同士がぶつかり合って強い奴が減っていったのだろう。

 しかも、試合は一日おきにあるから勝ち残った強い奴も疲労が抜けず弱い奴に負ける。


 こういうのが重なって、俺は今まで勝ち残って来れたのだろう。

 そう。勝ち残ってしまったのだった。


 うん。準決勝まで十試合以上あった。それで、八試合目くらいから少しヤバいと思い始めたんだ。

 でも、普通だからもうすぐで負けるだろうと思って、気づいたらこんなことに。


 普通なら、準決勝まで行かない。

 当たり前だ。準決勝は四人までしか行けないから。


 これは、あれだな。俺の対戦相手だけ異常にレベルが低かったんだ。対戦相手には悪いけど。


 つまり次の試合であたる選手は正真正銘の猛者。

 よって俺が勝てる道理がないな。


 やってしまったものはしょうがない。プラスに考えるんだ。

 例えば、


『お前準決勝まで行ったのか!』

『たまたまだよ』

『それでも凄いって!なぁ、友達になろうぜ!』


 このように、自然と友達ができるようになる。

 

 まあともかく、明日で終止符を打とう。



◆◇◆◇◆◇



「こんなに早く貴様と再戦できるとはな」


 ……。


「あれから、俺は魔法と剣術をさらに磨いたつもりだ。貴様を叩き潰す」


 ……。


『始め!』


「フィン・トレードぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 マルコぉぉぉぉぉぉぉぉ!


 どうして、お前がここに?!

 言い方悪いけど、実力は普通以下じゃないか!

 まさか、マルコもあれか。俺と同じで運が良かったんだな。

 俺にとっては悪いんだが。


「『悪を滅ぼし光よ。資格ありし我に力を与えよ。我は神の代行者。目の前の悪を浄化せん――ペネトレイト・シャイニング』」


 ああ、あれか。あの目潰しの。


 よし、あれを喰らって適当に負けよう。

 これが、俺の為でもあり、マルコも決勝まで上がれて嬉しいだろう。


 前の模擬戦通り二つの光の玉がこちらに飛んでくる。


 焦る必要はないな。だってこれから目潰しに使われ――


「加速」


 ギュン。


「え?」


 突然変な音を立て加速する光の玉。


 まずいっ?!


 俺は咄嗟に二つをかわす。


 光の玉はそのまま直進し、地面に当たりそのまま直進を続ける。


 穴を見るけど深すぎて穴が見えなかった。


 ちょっと待ってよ。これヤバくない?今反応できなかったら俺も穴空いてたよね。

 まあ、治せるけど。


「どうだ、俺の新しい技は?」

 マルコが自信ありげに俺にたずねる。


「ああ、凄いな」


 本当に凄いよ。


 この短期間で新技作るのは並外れた努力じゃなければできない。


 ここまで努力して上を目指せるのは何か夢があるのか。


 ああ、恨むよ。マルコ。


 そんな、眼を見せられたら、


「……本気出すしかないな」


「ん?何か言ったか?」


「いいや、何でもないよ。それよりも今から本気出すから」

 

 修行していたある日、師匠に言われた。


 冒険者は普通、奥義を持っている、と。


 それは、格上の魔物、相手を倒す為の最終手段ともいえる。


 当然、普通なので俺も作っている。


 今から放つのは奥義その一。


「『太陽、消費魔力300000』」


 高密度な魔力が上空に放出される。

 高密度すぎて空気すらも歪めるほどの。


「マルコ、全力で防げよ!」


「『ストック2、消費魔力5000。断熱付与障壁、消費魔力60000』」


 よし、これで足りるだろう。


 身体強化を発動し、障壁を張る。

 もちろん俺にも張る。

 俺は観客席全体を障壁で覆った。まあ、これで十分か。


「なんだよ、あれ」


 誰かが、呟く。


 その場の全員が上を見上げる。


 そこには、


「太陽だ」


 直径二十メートルくらいの小さな太陽だ。

 だが熱量は相当なもの。

 今のところで摂氏1000℃だ。


「ぐあぁ」


 予想通り、かなりの暑さなのかマルコがうずくまっている。


「加速!」


 マルコの光の玉全部が高速で飛んでくる。


 しかし、俺の障壁に当たりガァンと音を立たて、軌道がずれる。


 もう、終わりにしよう、マルコ。


「膨張、ビッグバン」


 太陽が膨らむ。

 摂氏温度は上昇して行き5000℃を超える。


 そして、大爆発。


 これを喰らってまともに立っていられる人間は人間じゃない。


 この魔法は普通じゃないからな。

 普通じゃなくていいんだ。何故なら奥義は普通じゃないことが普通なのだからな。


 爆発の余韻が消え去り前を見ると、やはりマルコは倒れていた。

 全身に火傷を負っている。


 まあ、本来なら火傷じゃ済まないんだけど、途中からマルコにも断熱付与障壁を張った。


『しょ、勝者フィン・トレード……』


 準決勝だというのに会場の空気は重かった。


 皆の視線が驚くように俺を見ている。


 そうそう。それでいいんだ。だって奥義は持っていることが普通で、奥義が凄いのも普通なのだから。


 そんなことより、ヤバいのは明日が決勝ってことだな。


 マルコのせいで決勝まで進んじゃったよ。


 普通じゃないな。


 

 



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