勇者

 楽しい時間はあっという間に過ぎるという。


 その通り、夏休みは一瞬で終わってしまった。

 この世界の学園はいい。

 宿題が出ないから。まあ、前世で宿題で困ったことなかったけど。


 夏休みの間、マルコはトレード家に泊まり込んで俺と修行をしていた。


「新学期が始まって早速だけど明日から学園対抗戦の選手選考会が始まるわ。生徒会は確定していて、残りの枠は七個だけど、皆頑張るように」


 待て。今、先生ヤバいこと言ってたぞ。

 何か重要そうな大会に俺、出場しなきゃなんないの?

 どうしてだよ。俺なんか出したら皆から反感が。


 まあ、いいや。会長にどうにかしてもらおう。今日ちょうどよく会議もあるしな。



◆◇◆◇◆◇



「学園対抗戦とは、アラード学園とロレイ学園の代表生徒がトーナメント形式で戦うものだ。代表生徒は計十二名。内俺たちは既に確定だ」


 俺はそっと手を上げようと思った。


 ここで、断るんだ。


「選手選考会で頑張っている生徒の皆さんを差し置いて僕達が選ばれたのですから、簡単には負けられませんね」


 ふ、副会長さん?


「当然です。選手選考会で負けていった生徒の皆さんの想いを背負っているのですから」


 しょ、書記さん?


「一回戦負けなんかしちゃったら、他の生徒から反感もらっちゃうよ!」


 会計さんまで……。


「この中に辞退する人はいないと思う。

 俺たちは選手選考会をせずに選手に選ばれる。

 『生徒会だから本戦に出場できた』とか言う生徒もいると思う。

 だから、実力で黙らせろ。結果で示せ。『俺だから、選ばれたんだ』と」


 え?断れなくね?


 それに、負けたら他の生徒から反感を貰うなんて初耳だ。


 学園の代表生徒なんて絶対に強いだろ。


 勝ったら普通じゃなくね?いや、そもそも勝てねえ。


 待て待て。俺、普通に一回戦負けするぞ?


 これは、言うしかない。


「あの〜、本当に申し訳ないのですが。俺、辞退します」


 一回戦で負けて生徒からの反感を買うくらいなら、今ここで。


「腕を痛めてて、剣が扱えなくて」


 言い訳もある。もちろん、嘘だが。


「じゃあ、魔法でやれ」


 え?マジですか?


「というか、もう選手登録は済ませてある。本戦は魔法だけでやれ」


 うわ〜、本気でやっても勝てるかどうか危ういのに、自分で縛りをつけちゃったよ。


 これ、ヤバいな。少し修行しよう。

 師匠に頼みたいところだけど、今いないらしいんだよね。どうしよう。



◆◇◆◇◆◇



 結局何もできないまま、始まる予選。


 俺はマルコのとエリザの試合を見るために来ていた。


 選手選考会は七つのブロックに別れていて、各ブロックの優勝者が代表選手となる。


 二人は同じブロックである。

 二人が当たるのは……決勝戦か。

 じゃあ、当たんないかな。


 今日は二人とも勝ち残っていた。


 二日目も勝ち残っていた。


 三日目、四日目、五日目……決勝戦。


 マルコvsエリザ


 おお、当たったよ。友だちとしてとても、喜ばしいことなんだが、どちらを応援すればいいの?


 というか、決勝まで残れるなんて二人とも強くない?

 いや、でもマルコの実力は俺より少し下くらいだからな。どういうことだろう。


 まあ、いっか。運も実力の内って言うし。



◆◇◆◇◆◇



「まさか、ここまで勝ち残るとはな、エリザ」


 目の前に不敵にたたずむエリザ。


 俺は、最初から知っていた。決勝戦で当たるのはコイツだと。


「私も予想外だわ、マルコ」


 エリザもそう思っているようだな。


「行くぞ」


「私が勝つ」


 俺が負ける?

 そんなことは絶対にない。


 俺は勇者だからな。


「『ファイアーストーム』!」


 炎が渦を巻き近づく。


 エリザはすっかり無詠唱を極めたのか。


 だけど、それでも俺の方が。


「はあっ!」


 剣を一閃。


 狙うは、魔法の核。


 思い描くのは、勇者ではない。もう、俺は勇者に憧憬を抱かない。近くに目指すべき背中があるから。


 チンッ。


「……うそ、でしょ?」


 フィン、見てるか?


 学園対抗戦、お前を倒すのは俺だ。


「はっ!」


 呆然とするエリザに剣撃を放つ。


 剣撃は空気を切り裂き、エリザの元へ。


 そのまま、エリザの意識を刈り取る。


『勝者、マルコ・ブレイブ』


 俺は、フィンの方へ体を向ける。


 俺の顔を見た、フィンは何故かとても笑顔になる。


 それを見た俺も――



◆◇◆◇◆◇



 凄い。


 そんな言葉しか浮かばなかった。


 魔法を斬る剣術なんて教えてない。それなのに、マルコは今、やってみせた。


 それが、どれだけ凄いことか。俺には分かる。


 それに、何故かマルコにだけは負けたくないと思ってしまった。


 マルコの笑顔を見て。




 

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