おじさんの名前聞き忘れたな
「ふっ、ふっ、ふっ……」
今日も、昨日と同じく素振りをする。
「きゃー!にぃに、がんばれっ!」
昨日と違うのは、天使、ソフィアがいること。
ソフィアは椅子に腰掛けて、ずっと俺を見ている。
始めてからすでに一時間程経つけど、飽きないのかな〜。そう思うが、ソフィアに飽きた様子はない。
◆◇◆◇◆◇
「ふぅ〜」
今日は、夕方になった頃にやめることにした。
一緒にいるソフィアに負担をかけたくはないから。
といっても六時間はやってたんだけど。
「ソフィア、帰ろ?」
俺はソフィアの手を握る。
「うん!」
ソフィアが俺の手を嬉しそうに握り返す。
何か、ソフィアの顔が赤くなっている。今日は、暑かったから、そのせいか。
明日からは時間を少し減らそう。
ところで、普通の子供はいつまでこの素振りを続けるだろうか。
剣を貰ったばかりの子供なら、飽きるまでやるだろう。だが、いつごろ飽きるだろう。
いや、待てよ。そもそも、貰ったばかりの子供は素振りをするのか?
友達も剣を貰うだろ?そしたら、するのはチャンバラ。
……クソ。そうか。普通の子供は素振りなんかしない。
チャンバラか!
だがしかし、俺にはチャンバラする相手はいない。
隣も前の家も住んでいるのは老夫婦。子供はいない。しかも、近所にもいない。
よって俺にはチャンバラができない。
じゃあ、チャンバラを諦めればいいじゃないか。
俺の頭にそんな思いがよぎった。
でも、チャンバラは相手がいることにより駆け引き、とっさの判断、応用力など色々なものが鍛えられる。
素振りとは、獲られる経験値が違う。
それでも相手がいないからチャンバラはできない。
ならば、俺はより素振りを専念しなくてはならない。筋トレもやろう。
まだまだ、普通には遠い。
◆◇◆◇◆◇
「フィン〜。昨日の夜に部屋、光らなかったかしら〜?」
母さんが俺を見るなり尋ねてくる。
「え?なにそれ。知らないよ」
もうあの魔法は使えないな。
「そう〜。じゃあ寝ぼけてたのかしら〜」
迷惑かけてごめんね。
「じゃ、じゃあ俺、素振り行ってくるから!」
何か居づらくなったから逃げる。
「は〜い。気をつけてね〜」
母さんの声を背に俺はソフィアを連れ、庭に行く。
「う〜ん、普通の子は、あんなに素振りしないのに、あの子頑張りすぎじゃないかしら〜。
やっぱり、うちの子は天才なのね!」
◆◇◆◇◆◇
「ふっ、ふっ、ふっ……」
「きゃー!にぃに、がんばれっ!」
どうすれば、普通に達することができるのか。
もっと速く。もっと力強く。もっと鋭く。
「お主、名は何と言う」
ん?誰だ?
まあ、いっか。集中集中。
「お主じゃ、そこの剣を振ってる」
「え?俺?」
声のしたほうを見ると、白髪のおじさんが俺を指さしている。
「そうじゃ」
「えーと、フィン・トレードです」
一応名乗る。
「そうか、フィンといったな。お主は何故、剣を振っているのじゃ?」
ええっ?剣振っちゃだめなの?
「え、えっとぉ、普通の子供は剣を振るのでは?」
街の人が言ってたんだけど、まさか違ったの?
だとしたら、やばいな。ここで普通の子供たちとは実力が離れてしまう。
「ふむ、何じゃか面白そうじゃな……いいや、普通じゃぞ」
何か考えていたようだが、やはり普通だったようだ。
「良かった〜」
俺は胸を撫で下ろす。
「それで、お主は普通になりたいように見えるのじゃが、理由はあるのか?」
う〜ん。まあ、聞かれて困るわけでもないしな。
「普通じゃないと避けられるからです。俺は友達を作りたいです」
この世界に来てから、前世のことを思い返していた。
前の俺はあんな性格だったから、もちろん友達がいなかった。
それが寂しかったのだ。
だから今世は友達を作る。
「なるほどな、分かった。では、儂がお主を鍛えよう」
「ええ?!」
いきなりの提案にびっくりした。
教えて貰えるのは嬉しいが、このおじさん剣術知ってんのかな?
「なに、こう見えても儂は元冒険者じゃ。だから、冒険者の普通も知ってるぞ?」
な、何だと……。
普通が学べる。
「よろしくお願いしますぅ!」
俺はおじさんに頭を下げた。
◆◇◆◇◆◇
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「にぃに、水!」
「あ、ありがとソフィア」
俺はソフィアから水を貰い、喉を潤す。
俺はあの後、おじさんと模擬戦を行っていた。
模擬戦といっても、もちろん手加減してもらっているが。あと、ちゃんと木剣で。
「さて、今日はこのくらいじゃな」
おじさんは息を乱した様子はない。
「ありがとうございました」
「明日も今日と同じ時間にくるぞ」
おじさんはそのまま俺に背を向ける。
「あ、ちょっといいですか」
俺は、おじさんを呼び止めた。
「なんじゃ?」
おじさんが振り向く。
「魔法を教えて下さい」
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