第2話

異世界転生してしまった。

さて、これからの生活どうしよう。

ギルドとやらに行ったらどうにかなるかな。


そんな事を考えながらしばらく歩き、中世ヨーロッパ風の街に出た。


わあ、なんか感動。

映画の世界に入ったみたい。


人の往来が激しい。

皆、服装が日本のそれとは違う。

ファンタジーの世界だ。

ふと、あることに気付く。

人々が喋る言葉が、日本語じゃなかった。

どこの言語か分からない。

異国語。

なんか響きがのっぺりしてる。聴き心地は悪くない。

で、非常に驚いたことに、私はその異国語が理解できる。

全く聞き覚えがない言語なのに。

たぶん異世界転生の特典かな。


冒険者ギルドに着いた。

大きな木造の建物。

中に入ると沢山のベンチが並んでいた。

そこには西欧風の甲冑をまとった人や、剣や大きな杖を持つ人など、ファンタジー系のコスプレイヤーのような人達がたくさんいた。


ザ・異世界って感じ。


キョロキョロと周りを見渡す私を尻目に、アリスさんはスタスタとカウンターの方へ向かっていった。

慌ててついていく。


カウンターのお姉さんは、アリスさんに気づくと、「あら先生、こんにちは」と挨拶をした。


アリスさんはカウンター机に肘をつけて、人懐こい笑みを浮かべた。


「ミッちゃん!今日も働き者だね!尊敬しちゃうなあ」


ムッとするお姉さん。

  

「やだ先生酔ってます?」

「昨日呑みすぎてね、ちょっと酔いが残ってるかも」


やっぱり酔ってたんかい。


アリスさんは私の肩に両手を置き、カウンターの前に差し出した。


「紹介するよ。今日転生してきたばかりのモミジちゃん」

「あら可愛いお嬢さん。こんにちは。私はギルドの受付嬢の、ミクルよ」


ミクルさんはニコリと愛想の良い笑顔を浮かべた。


私はペコリと頭を下げた。


「初めまして、モミジです。えっと…12歳です」

「まあ、その年齢で異世界転生なんて大変ねぇ。驚いたでしょう」

「はい、すごく…」


横で「よく言うよ」と笑うアリスさん。


「ちょっと待っててね。まずはギルドカードを作るから」


コクリと頷く。

ギルドカード?

ネット小説では、確か身分証明書の役割を果たしていたけど、この世界でもそうなのかな?

いかにもテンプレ的。


それから、ベンチに座ってミクルさんを待っていた。

キョロキョロと辺りを見渡す。

たくさん人がいる。

皆、日本じゃあり得ない服装。

あとなんだろう、顔面偏差値が高い。


チラリと横に座るアリスさんを見る。

綺麗な横顔だ。

この世界でもアリスさんは飛び抜けて可愛い方だろうな。

全てのパーツが完璧。

なんか良い匂いするし。

白衣が似合う美少女だ。


アリスさんがこちらへ顔を向けた。

目が合う。


「今僕のこと見てた?」

「はい、美人さんだなーって見惚れてました」

「モミジちゃん……!」


急に、アリスさんがぎゅっと私を抱き寄せ、頬擦りをしてきた。


わあ!


ムニュっと柔らかい頬の感触が肌を伝う。


「モミジちゃんも可愛いよう!森で出会った時から良い子の君を大好きになったんだよ」

「…うぅぅ…ありがとうございます…」


周りの人から視線を感じる。

しかも男の人たちの視線はなんだか熱いものを孕んでいる気が…。


お恥ずかしいのでやめていただきたいのですけど。


バシャーン


と水飛沫の音。

な、何…?


気付くと、アリスさんがずぶ濡れになっていた。ポタリ、ポタリ、と水がしたたっている。

水に濡れる白衣の美少女。

謎の色気を醸し出している。


「先生!何してるんですか!」


前方から怒声が聞こえた。

見ると、顔を真っ赤にして、プンスカと頬を膨らますミクルさんがいた。

その手には、木製のコップ。

どうやらミクルさんがアリスさんに飲み物をぶっかけたみたい。


「こんな公共の場で幼い女の子に手を出すなんて!あり得ないです!淫乱!」

「淫乱て…抱きしめただけなんだけど…」


アリスさんは懐から杖を取り出すと、自分の頭をポンと叩いた。

すると濡れた箇所が全て乾いていった。

わあ、魔法ってすごい・・・。

ミクルさんは呆れたようにため息を吐くと、私の前にしゃがんだ。


「モミジちゃん、ギルドカードを作成するにあたって、あなたの情報を教えて欲しいの。まず、どこから来たのかな?」

「えっと、日本から来ました」

「はい。年齢は?」

「12歳です」

「そうだったわね。それじゃあ、希望職業は?」


希望職業?

お仕事のことかな。最初から決めないといけないのだろうか。

私が黙っていると、ミクルさんが表のようなものを見せてくれた。


「この世界では、最初に職業を決めるの。そしたら、それに合わせたスキルが身に付いていくのよ」

「なるほど…」


表には、『お仕事一覧表』と書いてあった。

ちなみに、異国語だけど読める。

これも異世界転生の特典だろう。


闘士、剣士、侍、歩兵、弓使い、etc…


たくさんの職種が書いてある。

じっと見ていると、横からアリスさんが謎の圧をかけてきた。


「モミジちゃんは魔道士になるよねぇ」

「先生は黙っていてください」


ピシャンと冷たく言い放つミクルさん。

アリスさんは「はあい」と拗ねた子供みたいに返事をした。

うーん。

どれが良いかよく分かんないなあ。

職種名を一つ一つ読んでいく。

・・・まあ、これにしようかな。せっかく異世界に来たんだし。

私は「これでお願いします」と、指を差した。


【魔道士】


恐らく魔法使いのこと。


「さすがモミジちゃん」と頷くアリスさん。


「魔道士……ね。本当にそれで良いの?もっと考えてから後日に決めるのでも良いんだよ」


私はフルフルと首を横に振った。


「いえ、これで決定でお願いします」

「分かったわ。じゃあ魔力を測らなくちゃね。適正も。」


ミクルさんは、カウンター机の中から水晶玉のようなものを持ってきた。


「魔力を測るから、この水晶に触れてくれるかしら?」


こんなので魔力が分かるんだ。

便利。

私は言われた通りに水晶に触れた。

すると、水晶の中が真っ赤に光だした。

不思議な現象。

光はどんどんと増していった。


「あらあらあらあら」


ミクルさんが驚いたような声を漏らした。 


「ほおう」


とアリスさんの関心したような声。


光は増す。どんどんどんどん。

直視すれば目がおかしくなりそうな程光った。

やがて光は、ギルド内を真っ赤に染めた。


「…え?! うそ?! こんなに光るの?」


ミクルさんが感嘆の声を上げる。

よく分からないけどすごいみたい。


パリン


と、水晶玉が割れる音が響いた。

水晶玉は光を失い、ただのガラスの破片と化した。


ポカーン


あんぐり口を開けるミクルさん。

私も茫然として割れた水晶玉を見ていた。


ミクルさんは、私の両肩をガシリと掴んだ。


「モミジちゃん…あなた、何者?」


***


学生証と同じくらいの大きさの、ギルドカードが手渡された。


【名前】モミジ

【年齢】12

【出身】ヒラツカ

【魔力】10000

【適正】森羅万象

【スキル】言語理解 


わあ、私の情報が書かれてる。

なんか感動。


ミクルさんがギルドカードを指さした。


「モミジちゃん、魔力の欄を見てくれるかしら。10000って書いてあるでしょ? これは、貴女の魔力が測りきれなかったから、最大値を書いておいたの」

「そうなんですね」


よく分からないけど、魔力が多いってことかな。


「それから、【適正】に森羅万象って書いてあるでしょう? これは、どんな魔法でも使いこなせちゃうってことなの。普通の人は、炎魔法とか水魔法とか特定の魔法しか書かれないんだけどね」

「はあ」


ミクルさんは「やれやれ」といった風に首を傾げた。


「モミジちゃんは、大量の魔力を有していて、どんな魔法でも使えちゃう最強の存在ってこと。本当にあり得ないわ……」


すると横で嬉しそうにアリスさんが言った。


「魔道士は天職だったな。僕の目に狂いはなし」


ふんす、と鼻を鳴らすアリスさん。

私はミクルさんに尋ねた。


「あの、すみません。【スキル】って何ですか?」

「これは、個々人が保有する特殊能力のことよ。今はまだ「言語理解」だけだけど、モミジちゃんもこれからどんどん増えていくと思うわ」

「自由に使えるんですか?」

「それはスキルによるわね。「言語理解」は何もしなくても常に発動されるのよ。他にはスキル名を叫ぶ事で発動するものや、ある条件下に置かれた時に自動的に発動するスキルもあるわ」

「そうなんですね、丁寧に教えてくれてありがとうございます」


ペコリ、とお辞儀。


「いえいえ」


ミクルさんはニコリと愛らしい笑顔を見せた。


「それにしてもモミジちゃんは稀有な存在よ。貴女みたいな人、この国に20人いるかどうか…」

「20人…魔力と適正が最強の人がですか?」

「ええ、そうよ。で、その中でも魔法の研鑽を積んだ特に最強の魔道士が4人がいるの。「魔道四大人」と言われていてね、この国じゃ尊敬される存在よ。………ちなみにその1人がなんと…」


ミクルさんはアリスさんを指差した。


「アリス先生よ。2年前。弱冠15歳にしてその名声を得たの」

「へえ、すごいですね!」


そんな凄い人だったのか。

アリスさん。

私は熱の籠った目をアリスさんの方へ向けた。

目が合う。

彼女は呑気にポリポリと頭をかきながらボヤくように言った。


「四大人とか恥ずかしいんだけどなあ。普通に勉強しただけだし…」


天才かよ。

ミクルさんは私の両手をギュッと強く握り、目を輝かせた。


「モミジちゃん、貴女には四大人に入れる器があるの。がんばってね!お姉さん、応援してるわ」

「・・・はい」


ええ。

そんな高みを目指せと。

せっかく異世界に来たのに、のんびりスローライフは送れそうにない雰囲気。

ミクルさんは「うーん」と考える素振りをした。


「でもモミジちゃんは転生者だから、行く当てがないのよね。まずは孤児院にでも連絡しなくちゃ」

「その心配はご無用だよ」


アリスさんが「待った」のポーズをした後、私の肩に手を回した。


「彼女は助手として、僕が引き取る」


…助手? ワトソン的な?

アリスさんの突然の言葉に困惑していると、ミクルさんが「はあ?」と眉をひそめた。


「ダメに決まってるじゃない。一つ屋根の下で貴女達が暮らすなんて。はしたないわ」

「女の子同士なんだけど」

「だめ!絶対お酒に酔ってエッチなことをするんだわ!」


アリスさんが「はあー…」と大きく溜息をついた。


「あのさあ。僕下ネタとかお下品な事とか苦手なタチ」


プーと頬を膨らますミクルさん。

アリスさんはそれを見てポンと手を叩いた。


「ああ、わかったよ。ミッちゃんは僕にヤキモチやいてるんでしょ」


するとミクルさんの顔はみるみると赤く染まっていった。


「ばか!変態!違うし!もう勝手にしろ!」


そう言って鉛筆や消しゴムやパンやらをアリスさんに投げつけた。

アリスさんは魔法で結界のようなものを張って、それらを回避。


「ふん!もう知らないんですから」


ミクルさんは拗ねたようにギルドの奥の方へ戻ってしまった。

・・・何、この茶番。

2人残されたアリスさんと私。

謝った方が良いのでは・・・と心配していると、アリスさんが私の頭を撫でた。


「で、君はどうしたい? 孤児院に行く? それとも、助手として僕の家に来る?」


「……」


最終的な判断は私か。

まあ自分の事だからそうなるよね。

うーん。

どっちが良いのかわからない。

孤児院はどんな場所かよく知らない。

アリスさんの家にお邪魔するとして、助手なんて務まるか…。

考える。考える。

…答えが出ない。

アリスさんの目を一瞥する。

瑠璃色の綺麗な瞳。

一度見たら釘付けになってしまいそうな、魅惑的な瞳。

でもその眼光は真っ直ぐで、一点の曇りもない。

優しさと強さを兼ね備えているーー。

そんな気がした。

だったら、もう決まってるよね。

決心した私は、ギュッと拳を握りしめ、アリスさんの方へ向き直った。


「私をアリス先生の助手にしてください」


深々と頭を下げる。


「うん。顔を上げて、モミジちゃん」


頭を上げると、穏やかな微笑をたたえたアリスさん…改めアリス先生の顔が見えた。


「君が来てくれて嬉しいよ。これからよろしくね。僕の助手ちゃん」

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