第14話

夕方。


アリス先生の馴染みの酒場にやってきた。

古びた木造の建物で、中ではお酒で酔っ払ったおじさんや、顔に大きな傷を負った海賊みたいな人達が沢山いた。

なんだかお客さんの圧が強い。

最初に出迎えてくれたのは、ツインテールの女性だった。

アリス先生より少し年上に見える。

お胸が、大きい。


「あらあ、アリス先生いらっしゃい。来てくれたのね!今日は可愛い子たちを連れてるのかしら」

「エミリーさんお久しぶり。うん。僕の大事な助手と教え子。席空いてる?」

「ええ」


店の奥の円卓の席に通された。


「はいこれメニューよ。決まったら鈴を鳴らしてね」

「了解エミリーさん」


メニュー表を開いた。

魚料理が多い。

でもどれも元いた世界では見たことのない料理だ。

とりあえず日替わり定食を頼んだ。

プーちゃんはお子様ランチ。

アリス先生はシチューみたいな料理だ。

あと葡萄酒も頼んだみたい。


料理が来るのを待っている間、これからの事を話していた。

新しい家のこと。

学校のこと。

生活のこと。 

家事の役割分担。

などなど。

プーちゃんは魔法学園の初等科に所属することになった。

実は今日ギルドカードを作ったのもその為だ。

悪魔が学園に入学するのは本来認められないが、アリス先生が魔法でプーちゃんの正体を隠してあげるらしい。

学園をも欺けるとは。

やっぱりアリス先生はすごい魔法使いだ。

料理がきた。

3人で談笑をしながら食事をしていると、2人の酔っ払いの男が、お酒を片手にやってきて、

アリス先生を挟むようにして両隣に座った。


1人の男が酔っ払って言った。


「あんた魔道四大人のアリス先生だろう〜? 」


アリス先生は答えない。


「あとステップ魔法騒動もあったな」


かかか、と笑う。

アリス先生は反応することなく黙って俯いていた。

酔いもあってか、顔を赤く染めている。

そのいたいけな姿が、余計に酔っ払い達の嗜虐心を刺激したのかもしれない。

男達はニタニタと笑いながらアリス先生の肩に手を回した。


「それにしても本物はめちゃくちゃ可愛いなあ」


酔っ払いの一人が、アリス先生の顎をクイッと持ち上げた。

…なにこの人たち…。

私が立ち上がって止めに入る前に、

アリス先生は男の腕をガッと掴んだ。

無言で男を睨む。

美人の真顔は恐ろしい。

男がブルッと震え上がった。


「…な、何だよその目。良いじゃねえか。お兄さんたちと遊ぼうぜアリスせんせ」

「…帰ってください」


アリス先生は丁寧な口調でそう言った。

恐らく、一般人…ましてや酔っ払いの相手を本気でする気はないようだ。


「ステップ魔法について説明してくれよ? 本当にあるんだろう。俺たちは信じてるぜ」


そう言う男は明らかに馬鹿にしたような態度だ。


「……帰ってください」

「ああん? なんだ説明できねえのか。やっぱりアリス先生は世紀の詐欺師だったか。へっ!可愛い顔して恐ろしいな」


…ひどい!

アリス先生は反論一つせず男を睨んだ。

もう一人の男が言った。


「本当は実力なんてないのに、若くて可愛い顔してるから良い待遇受けてんだよ。研究所なんてジジイばっかだろ? そりゃあこんな美人、できが悪くても入れたくなるわなあ」


アリス先生はそれにも答えずに、ただ俯くだけだった。

だけど、膝の上に置く拳は震えている。

相当悔しいのかもしれない。


「アリスセンセイ、教えてく……」


バシャーン


男が言い終わる前に、水飛沫の音がした。

男はびしょ濡れになった。

やったのは私。

机に置いてあった葡萄酒を男の頭からぶっかけたのだ。

アリス先生が顔を上げた。


「助手ちゃん……」


私は男に向かって言った。


「何にも知らないくせに、先生のこと悪く言わないでください…!」

「何だテメェ?」

「アリス先生の助手です!先生は勉強熱心で、いつもお仕事か研究ばかりです。あなた達が世間をほっつき歩いて遊んでる間、先生は必死に努力してるんです!」

「うぜえな、ガキはすっこんでろ」


私は男をビシッと指さした。

そして、声を張り上げた。


「うぜえのはあなた達!今に見てろ!!アリス先生はステップ魔法があることを、証明するんだからあ!!!」

「クソガキ!」


男の一人が私の腕をグイと引っ張り、拳を振るった。

私はそれを避けようとせず、殴れることを覚悟した。

…が、そうなる前に男が膝から崩れ落ちた。

そして、口から泡を吹き出した。

地面に這いつくばって苦しそうに悶える。 

…?! なにが…。

ハッとアリス先生の方を見る。

アリス先生は杖を男達に向けて立っていた。

その顔は恐ろしく殺気立っている。


「君達やってくれましたねぇ。僕の助手ちゃんに手を出すなんて…。どう痛めつけたら赦されるだろうか」

「…ぐっ……」


男達は顔を真っ青にして、もがき苦しんでいる。

今にも死にそうだ。


「ハイハイそこまでよ〜」


エミリーさんの声がした。

アリス先生が杖を引っ込める。

男達が「ハア、ハア…」と息をした。

エミリーさんが男達のそばにしゃがんだ。


「もう、どうせあなた達がちょっかい出したんでしょ? 出禁にするわよ?」

「………ち、違……」

「どうかしら。アリス先生の助手ちゃんが大きな声を上げてくれたから、お店の客が皆が見てたのよ。あなた達が手をあげるところ」

「……!?…くそっ」


男達はフラつきながら立ち上がると、走って店を出て行った。

それを見てエミリーさんが「食い逃げね、通報しなきゃ」とつぶやく。

私はアリス先生の方に視線を向けた。


「先せ…」


すると突然、アリス先生は杖を地面に落とし、私を抱きしめた。

それはそれは強い力で。

息が苦しくなるくらい。


「…助手ちゃん……!ありがとう…」


先生は肩を震わせながら泣いていた。

私はそんな先生の小さな背中をさすった。


「……アリス先生」

「僕は君のことがさらに大好きなったよ。もう好きすぎて我慢できない…」

「………え?」


アリス先生は、私を椅子にドサっと押し倒した。


「…あの、先生?」


アリス先生は、私の頬を撫でながら、顔を近づけてきた。

顔が、涙に濡れながら、頬は林檎のようにほんのりと紅潮している。

その顔があまりにも蠱惑的で美しかったので、思わず魅入ってしまった。

…いや、流されてはいけない!


「先生、ちょっと離れてください」

「助手ちゃん…好きぃ…」

「………ひっ…」


何で急にこんな狂ったように…!

頑張って押し返そうとした。

が、魔法を使っているのだろうか。

先生の力が異常に強い。


パコーン


と音が響いた。

刹那、アリサ先生が気を失い、椅子の上で私に覆い被さるようにしてドサっと倒れた。


「も〜、アリス先生大分酔っ払ってるわね」


エミリーさんが、杖を片手に言った。

この人も魔法使いなのか…!


「大丈夫? アリス先生の助手ちゃん」

「…は、はい…」


エミリーさんがアリス先生の頭を撫でた。


「この子本当はお酒に弱いのよ。なのに沢山飲むからあ」

「たくさんって…一杯だけですよね…」

「一口で酔っちゃうのよ」


まじすか。

それは大分弱いな。

エミリーさんがアリス先生の体を軽々しくお姫様抱っこした。


「お店の奥で介抱してるから、あなた達はここで休んでなさい」

「…はい、ありがとうございます」


***


アリス先生がいなくなった円卓席。

一連の騒動の嵐の後の静けさなのか、私とプーちゃんの席は沈黙が走った。

黙々と料理を食べている。

ふいにプーちゃんが沈黙を破った。


「先生、あの時あまり酔ってなかった」

「え?!」


プーちゃんの衝撃的な一言に、思わずスプーンを落とした。

慌てて拾う。 

  

「ぷ、プーちゃん…どどどういうこと?!」 

「見たら分かる。悪魔だから」


あの行為がシラフで行われたというの?

押し倒された椅子に目を向ける。

かああと顔が紅くなるのを感じた。

いやいや、と首を振る。


「で、でもプーちゃん、エミリーさんが言ってたじゃないですか。アリス先生は一口で酔っちゃうって…」


プーちゃんはジーと料理を見て、何か考えているようだった。

うんと頷き、口を開く。


「エミリーさんが嘘をつく理由が分からない。きっとあたしの勘違い。忘れて」

「…そ、そうですよね。はい」


私とプーちゃんが料理を食べ終わる頃に、アリス先生が戻ってきた。


「ごめんね、助手ちゃん、プーちゃん」


ニコニコと笑っている。


「もう酔ってないのですか…?」

「ああ。エミリーさんが酔い止めの魔法を掛けてくれたから。酔ってないよ」


グッドサインを手で送るアリス先生。

魔法って便利だな。


その後、アリス先生は急いで料理を食べた。

ちなみにお酒は呑まなかった。

お店を出ると、もう出来上がっているであろう新しいお家へ向かった。

その間、酒場での騒動には誰も触れようとしなかった。

…アリス先生は酔っ払っている時のこと覚えてるのかな…。

ちょっと気になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る