第13話

その晩、私とプーちゃんはベッドで一緒に寝て、アリス先生は安楽椅子で寝た。


朝起きて、アリス先生の方を見ると机に向かってお仕事をしていた。

結局昨晩は少し寝て、徹夜で仕事をしていたらしい。


「…アリス先生、おはようございます」


アリス先生がこちらに顔を向けた。


「おはよう助手ちゃん!あと少しで終わるから、今日は3人でショッピングに行こうね」


そのために徹夜をしていたのか。

先生の目の下には大きなクマが出来ていた。

体が心配だ。


「…先生、休んだ方が良いと思います…」

「良いの良いの。僕あんまり寝なくても大丈夫だし」


そう言う先生の瞼は明らかに重くなっている。

心なしか上体がふらついている気がする。

アリス先生は、ニコッと笑うとまた机に向かった。

本を読みながら、羽ペンを走らせている。

私はその後ろ姿を不安げに見つめていた。 


「うにゅ〜」

プーちゃんが目を覚ました。

半開きの目を小さな手で擦っている。


「プーちゃんおはよう」


私がプーちゃんに声をかけたその時、机の方からゴッと鈍い音が聞こえた。

…なに…?

見ると、アリス先生が机に突っ伏して気を失っていた。


「先生、倒れたー」

「…そうだね」


やっぱり相当無理していたみたい。

私はベッドの毛布を、先生の体にかけた。


プーちゃんと私は、井戸水で顔を洗い、昨日買った朝食用のパンを食べると、森に出た。

木影に座って少しお話をした。


「ねえプーちゃん、プーちゃんは悪魔なのですか?」

「うん」

「人間の女の子の体をしているけど、それが本当の姿?」

「違う」


プーちゃんは首を横に振った。


「本当はどんな姿なのですか?」

「見る?」

「え…はい」


そんな簡単に見せてもらえるのか。

興味ある。

プーちゃんは立ち上がった。


「第一形態が、こう」


ボフッ


と音が鳴ると、プーちゃんの頭に黒い角と、背中に小さな黒い羽と、お尻に黒い尻尾が生えた。

悪魔…というより、キュートな小悪魔という感じ。


「わああ、プーちゃん可愛い!」


私が言うと、プーちゃんは頬を赤く染めて俯いた。

照れてるみたい。


「第二形態も、見る?」

「…!はい」


プーちゃんが頷くと、またボフッと音が鳴った。

すると目の前には女の子ではなく、黒猫の姿があった。

え…? もしかしてこれがプーちゃん?


「第二形態が、こう」


黒猫が喋った。

やっぱりプーちゃんみたい。


「猫の姿にもなれるなんて、悪魔ってすごいですね」

「うん。第三形態まである」

「え、見たいです!」


ていうか「第三形態」ってフリーザ様みたいな言い方だな。


ボフッ


音が鳴る。

すると目の前には、手のひらサイズの黒い鼠が現れた。


「…プーちゃん?」

「ちゅうー」


鼠が、頷いた。

すごい。

幼女→小悪魔→猫→鼠

と変化した。

ん? なんかだんだん小さくなってるような…。


ボフッ


とまたあの音が鳴った。

目の前には、可愛らしい人間の女の子のプーちゃんがいた。


「どう?」

「すごかったですよ!いろんな姿になれるなんて、素敵ですね」


私が拍手しながらそう言うと、

突然、プーちゃんがキュウウと私に抱きついてきた。


「…?!…プーちゃん?」

「アリス先生も好きだけど、モミジも好きー」

「…っ…」


これは可愛い。

幼女可愛い!

いや、プーちゃんは私より何倍も年上なんだけど…。

私もプーちゃんを抱きしめて、よしよしと頭を撫でた。


「プーちゃん、私も好きですよ」

「うん」


なんだこの可愛い生き物は。

癒しの時間。


すると、


「む、助手ちゃんとプーちゃんが仲良くしてる。僕も混ぜて欲しいな」


アリス先生の声がした。

見ると、いつの間にか先生が側でしゃがんでいた。


「…先生?! 寝なくて大丈夫なんですか?」

「うん。お仕事も今頑張って終わらせたよ」


そう言う先生の服装は、いつもの白衣ではなく、丈の短い黒いワンピースを着ている。

胸元にはピンクのリボンがついていた。

その姿は先生というより、普通の女の子だ。

先生がキラキラした目で言った。


「ショッピング、行こう!」


そんなにショッピングが楽しみなのか。

いや私も楽しみなんですけど…。

ただ先生の体調が心配。

だって目の下の大きなクマは消えていない。


「……」

「助手ちゃん?」

「先生、せめてもう少し寝てから行きましょう。私、先生が心配でならないですよ」

「助手ちゃん……」


先生の目がうるうると潤いだした。


「心配してくれるんだね…優しい子!」

「あ、いえ…」


プーちゃんが言った。


「あたしも先生心配」

「プーちゃんも優しい子!」


アリス先生は泣きながら私達に抱きついた。

なんて女々しい子なんだ。

森の中で女の子3人がお団子みたいになってくっついている…。

側から見たら異様な光景かもしれない。


***


3時間ほど先生はベッドで仮眠を取った。

その間、私は『魔術譜入門I』の復習をし、プーちゃんは部屋にある本を見ていた。

見ていた…というのも、プーちゃんはどうやら文字が読めないみたいで、挿絵を見て楽しんでいた。


先生が目覚めると、3人で街に出た。

まず向かったのは魔道建築士の事務所。

そこで、新しいお家を建ててもらう依頼をした。

どんなお家にしてもらうかは、既にアリス先生が構想を練っていたようで、希望を箇条書きしたメモを魔道士に渡していた。

家は今日中に出来上がるみたい。


次に、洋服屋さんに向かった。

大きな建物で、中に入ると物凄い数の洋服が飾られていた。

入店するなり、アリス先生が言った。


「欲しいものがあったら何でも言ってね!お金なら有り余るほどあるから」


大魔法使いは儲かるらしい。

しかし、私とプーちゃんはお洒落に興味のないタチ。

何を見れば良いか分からず、固まってしまった。

するとアリス先生が楽しそうに洋服を持ってきては私達に試着させた。

結局洋服屋さんでは、私とプーちゃんの服、それぞれ10着ほど購入した。

ついでに下着も。

結構楽しかった。


次に向かったのは家具屋さん。

そこでは、新しい家に合わせて、大量の本棚と、私とプーちゃん用にそれぞれ勉強机、ベッド、クローゼットなど自室に置くものを購入した。

アリス先生は終始楽しそうだ。

たくさん買ってもらって何だか申し訳なくなってきた。


冒険者ギルドでは、プーちゃん用のギルドカードを作成してもらった。

本来悪魔は住民として認められていないので、ギルドカードを作成するのは不可能だ。

しかしアリス先生が裏でミクルさんに封筒のようなものを渡して、特別に人間としてカードを作成してもらっていた。

…たぶん大人の悪いやり取り。


魔法道具専門店に向かった。

プーちゃん用の杖を購入するためだ。

例のダンディーなおじさんが迎えてくれた。


「おお!アリスちゃん久しぶりじゃねえか」

「おじさん久しぶり。今日はこの子の杖を作って欲しいんだ」

「その小さなお嬢ちゃんかい。良いよ、ちょっと待ってな」


おじさんは私の時と同じように数種類の杖を持ってきて、プーちゃんに選ばせた。

アリス先生も「ほうほう」と見ている。

私も杖を眺めていると

背後から突然、

おじさんが、私の肩をポンポンと叩いてきた。

振り向くと、おじさんがこっそり手招きをしている。

アリス先生とプーちゃんが杖選びに夢中になっているのを確認して、おじさんと部屋の隅に向かった。

おじさんが小声で尋ねた。


「で、どうだい? 魔法の手鏡は」

「…使いました。本当に何でも映してくれるみたいで、すごいです」

「それは良かった。あのさ、ちょっと思いついた事があるんだが」 

「何ですか?」

「30年前、俺にその手鏡を預けてきた魔法使いの姿を、その鏡に映してもらうってのはどうだ? もしかしたら正体が分かるかもしれない」

「なるほど」


その考えには至らなかった。


「今度やってみます」

「ああ、結果を教えてくれよな」

「はい。……あの、手鏡のことなんですけど、どうしてもアリス先生に言ってはいけないのでしょうか」


おじさんは険しい顔になって、首を横に振った。


「だめだ。この秘密は絶対に守って欲しい。30年前、魔法使いにはそう厳しく注意されたからな」

「……はい」


やっぱりダメだったか…。

私は落胆しながら、アリス先生とプーちゃんの元に戻った。

プーちゃんはまだどの杖にするか悩んでいる様子。

アリス先生が突然、私の肩に手を回して、体を抱き寄せた。


「…!」


な、なに…?

ふわり、と心地の良い香りが鼻腔をくすぐった。

アリス先生は、私の耳元にその柔らかい唇をくっつけて、低い声で囁いた。


「おじさんと何話してたの?」


うっ…。

ドキリ、と心臓が高鳴る。

おじさんと話しているのを気付かれていたみたい。

迂闊だったか。


「せ、先日のお礼です」

「…ふうん、そうなんだ」

「…っ…」


プーちゃんの元気な声が聞こえた。


「先生、これにするー」


アリス先生がパッと私を離し、プーちゃんの頭を撫でた。


「良いね。じゃあおじさん、これ頼むよ。僕や助手ちゃんの時と同じように可愛く装飾してあげて」

「了解だ」


おじさんは杖を持って店の奥へ姿を消した。


その間、アリス先生とプーちゃんはお店の中を楽しそうに回っていた。

私はお店の隅で、静かにその様子を見ていた。

心がスッキリしないから、楽しむ気分になれないのだ。

…おじさんが受け取ってくれるか分からないけど、やっぱり無理矢理にでも手鏡を返そうかな。 

そんな考えがよぎった。

だって先生に隠し事をするなんて、耐えられない。

隠し続ける自信もない。

時々罪悪感で潰されてしまいそうになる時がある。

この手鏡を私が持っている意味も分からない。


「助手ちゃんもおいでよ!楽しいよ」

「モミジもきて!」


アリス先生とプーちゃんの明るい声が響いた。


「…はい」


私は気分が晴れないまま、作り笑いをして一緒にお店を回った。

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