第12話


まずアリス先生は、プーちゃんを広場に連れて行き、村人達に謝罪させた。

プーちゃんは泣きながら額を地面に擦り付けて謝った。

アリス先生も「どうかこの子を許して欲しいです」と頭を下げた。

私も一緒にお願いした。

それでも家族を誘拐された人達が許す事はなかった。

アリス先生は村人達に「ププルは私が厳しく罰します」と言って、村を後にした。


空が夕陽で真っ赤に染まる頃。

アリス先生と私はプーちゃんを連れて村を出た。


先生の生徒さんのコゼットくんが、馬車の停留所まで送ってくれた。

馬車に乗り込む直前、コゼットくんがアリス先生に頭を下げた。


「先生は、僕らの村を守ってくれたのに、村人たちは先生に感謝を述べませんでした。ごめんなさい」


アリス先生は笑った。


「仕方ないですよ。本当はこの子を罰すべきは村人達なのに、僕が勝手をするので」

「先生…今回は本当に助かりました。やっと村に平和がやって来ます」

「それは良かったです」

「ありがとうございました」


コゼットくんは再度頭を下げた。

アリス先生はその頭をポンポンと撫でた。


「では、新学期からまたよろしく」

「はい、よろしくお願いします」

「それと、助手のモミジちゃんも今度から君の同級生になるから、仲良くしてあげて下さいね」

「……え?」


え?

どう言うこと?

先生に尋ねる。


「あの、同級生とは…」

「新学期から助手ちゃんも魔法学園に入るんだよ」 

「……」


聞いてない。

だけど……。

アリス先生が首をかしげた。


「やだ?」

「…いえ、楽しみです!」


ふふふ、とアリス先生は笑った。

元いた世界では学校は面倒くさい所だった。

それは多分同級生達と無理に関わろうとしたから。

でも今度は魔法の勉強というしっかりとした目標がある。

無理友達を作ろうとしなくて良い。

――アリス先生だっているし。

面倒な気持ちよりも、楽しみの気持ちの方が強かった。

コゼットくんが私に手を差し出した。


「よろしくね。モミジちゃん」

「…!よろしくお願いします」


コゼットくんと握手を交わした。

アリス先生はその様子を嬉しそうに見ていた。


***


馬車の中。

アリス先生は本を開き、仕事をしていた。

私は疲れてウトウトしながらも、『魔術譜入門I』を開いた。

横に座っていたプーちゃんが突然、泣き出した。

びっくりするアリス先生と私。

アリス先生がプーちゃんに尋ねた。


「どうしたんだい?」


プーちゃんが涙を拭いながら言った。


「……せ、先生…モミジ…ごめんなさい」

「…何で謝るの?」

「私のワガママのせいで、先生とモミジに迷惑かけた…村の人達は私を許さなかった…」


要するに罪悪感を感じていたみたい。

アリス先生はプーちゃんの頭を優しく撫でた。


「さっきも言った通り、君がした事は許されることではない。だから、これからは償いの気持ちを持って、よく勉強することだよ。そして、この世界のために貢献する事。いいね?」

「うん」


プーちゃんは目に涙を浮かべながら、素直に頷いた。

一件落着。


・・・と思っていた。

が、この後一波乱が・・・。


***


アリス先生は、プーちゃん撫でた後、ふと前の席の乗客に目を向けた。

その乗客は、ちょび髭を生やし、スーツを着ていて、ちょっとダンディーな紳士という感じ。

年齢は50〜60歳くらいだろうか。

アリス先生はその人をジーと見ていたが、やがてニヤリと小さく笑みを溢した。

あ、と思った。

…これ、悪い顔だ。

瞬時に分かった。

でもこの人と先生の関係が分からない。 

だだとてつもなく嫌な予感がする。

うーん、うーん。

事が起こってからでは遅い。

杞憂である事を祈りつつ、思い切って聞いてみることにした。


「…先生、あの紳士がどうかしたんですか」

「紳士なもんか」


あー、まずい。

杞憂ではなかった。

多分昔に何かあったな。

良いことではなさそう。

アリス先生は私の耳元に手を当てて、話しかけてきた。


「助手ちゃんに教えてあげる。あの人はね、僕を追放した研究所に勤めている人だよ。…あ、僕はね、研究所にいる時、色々な嫌がらせを受けていたからね、全員の顔と名前と住所と家族構成は把握しているんだ」


最悪。

よりによって何でこんな馬車で出会うの?

この人、何かしでかしかねない。

目の前のおじさんは本を読んでいて、アリス先生に気付いていない様子。


私は先生に違う話題を振った。


「…そ、それにしても今日の夕陽は綺麗でしたね」


やばっ。

ちょっと不自然だったか。


「うん、そうだね。さてあのジジイに何をしてやろうか」


やめてください。

何もしないで。


「せ、先生、『魔術譜入門I』のここが分からないんですけど…」


質問で気を逸らす作戦。


「あ〜、これはねえ……」


先生は解説をしてくれた。

が、その目は確実におじさんの方へチラチラと向けられている。


まずい。

本当にまずい。


先生は解説を終えると、


「ちょっと待ってて」


と言い、席を立った。

ちょっ…何をする気ですか?!

アリス先生はおじさんの真横にドサリと座った。

あー。

心の中で頭を抱える私。

おじさんがアリス先生に気付いた。


「…あ、きみは…アリスくんかい?」

「はい!ご無沙汰しております。先生ッ」

「…ああ……そうだね」


おじさんはタラタラと汗を流した。

何か後ろめたいことでもあるのかもしれない。

いやこの反応…絶対にあるな。


「アリスくんが元気そうで何よりだよ……はは…」

「ええ、お陰様で!」


うわー。

アリス先生、すっごく楽しそうに返事する。

何をするの?

やめて。

止めに入りたいけど、私は彼女達のやり取りを眺めていることしか出来ない。

どうか穏便に済んで!

心の中でそう強く祈った。

…が、祈りは届くことがなかった。

アリス先生は、おじさんの顔にその綺麗な顔を近づけた。

じっとおじさんの目を見据える。

おじさんは顔を真っ赤にして、汗をどっとかいた。

恐らく、アリス先生の持て余す程の美貌にやられたのだろう。


「……ア…アリスくん…? どどどどうしたんだね?」

「先生。先生が僕にした事、ちゃあんと覚えてますよ?」

「…な、何のことだね」


アリス先生はおじさんの膝に手を置いたあと、その耳元に、チェリーのような愛らしい唇を付けて、何かを囁いた。

おじさんの顔が真っ青になった。


「…しょ、しょ、証拠はあるのかね?」


アリス先生が満遍の笑みで言った。


「ありますよ!今度先生の奥様に送って差し上げましょう!」

「……なっ…そ、それは…」

「どうしたんですか? センセ?」

「…分かった!何でもするから!何でもするから…それだけは辞めてくれ!」


アリス先生の唇端がひそかに上がった。


「何でも? 言いましたね」

「ああ!だから辞めてくれ!」


正直これ以上は見てられない。

せめてプーちゃんだけでも…。

私はプーちゃんの目を両手で塞いだ。


「モミジ? どうした?」

「プーちゃん!あの…何か楽しいこと考えましょう!」

「……モミジ……」


プーちゃんは「はあ」と溜息をついた。


「モミジ、あたし、悪魔。モミジよりも、“ワルイコト”たくさん知ってる」


・・・ですよねー。


というか目の前で起こっている事が「ワルイコト」と認識しているのか。

私はプーちゃんの目から手を離した。


しばらくして馬車が目的地のチャムリンマに到着した。

その間、アリス先生がおじさんに何をしたかを言うのは控えておく。

ただ、今アリス先生がニコニコしながら、彼の服を手に持っているという状況から、察して欲しいです……。


***


アリス先生の家に無事帰宅した。

この日は、帰りにお弁当を買って、狭い部屋で、3人で晩ご飯を済ませた。

食事中、アリス先生が言った。


「女の子3人で住むのは、この部屋は狭すぎると思う」


私とプーちゃんは頷いた。


「そこで明日、建築を専門とする魔道士に依頼して、家を大きくしようと思うんだ。どう?」


私が尋ねる。


「家は、こことは別に作るのですか?」

「いや、同じ場所に建てる。つまり、この家を建て直すということだよ」

「そうなんですね、それはどのくらいで出来るのですか」

「うーん、まあ6時間もかかんないんじゃないかな」


え、すごい。

さすが魔法の世界だ。

家を建て直すのに6時間て…。

アリス先生はふふふ楽しそうにと笑った。


「その間、3人で街に出てショッピングをしようと思うんだ。お洋服とか、家具を見たり、後はプーちゃんのギルドカードを作りに行ったり!」


プーちゃんが嬉しそうに「お〜」と声を上げた。


「お二人さん、そういう事で良いですか?」

「「はーい」」


私とプーちゃんは一緒に返事をした。

アリス先生は満足そうに頷くと、私とプーちゃんの頭を撫でた。

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