第11話


で、今。

村で最も高級な宿の一室。

ププルさんの身柄は、ひとまず私とアリス先生が預かった。

ちなみに、攫われた女性達は村長の屋敷の地下に閉じ込められていた。

皆無事。

ププルさんは部屋の椅子に縛り上げられている。

顔を真っ赤に腫らし、泣いている。


「ううぅ…ぜったい、ばれないと、おもってたのにぃ」


らしいです。

まあ動機は後で聞くとして。


問題はこの子ですよ。

私は部屋の片隅でうずくまって子供のように泣きじゃくるアリス先生に目を向けた。

アリス先生は薄い肩を震わせていた。

私は先生の背中をさすった。


「先生? 大丈夫ですか?」

「……僕は学者失格だ…」


アリス先生の美しい顔は涙でぐしょぐしょになっている。

どうやら村長をプートだと間違えたのか、ショックだったらしい。

こんなに落ち込むんだったら、事前に何とかしてププルさんが真のプートだと、教えてあげれば良かった。


「先生、先生は学者失格じゃないです。色々なことを知ってるし、魔法も強いじゃないですか。それに教え方も上手です」

「…でも人を見る目がない…。ププルさんみたいな女の子が悪魔なわけないって思っちゃった……」

「仕方ないですよ。だって村長は何故かププルさんを庇っていたみたいだし…」


私はアリス先生の頭を優しく撫でた。


「…でも、でも助手ちゃんがいなかったら、プートを逃したままだった…」

「それは………」


私がプートの正体を知ることが出来たのは、魔法の手鏡というチートアイテムがあったから。

でもこれはまだ先生に言えない。


アリス先生が泣きながら言った。 


「僕みたいな愚かな人間がどうして人に物を教えられよう…先生失格だ」


めちゃくちゃ落ち込んでるんですけどこの子。

どうすれば良い?

うーん、うーん…。


私は思い切ってアリス先生をギュウウゥと抱きしめてみた。


「…?! 助手ちゃん?」


子供を宥めるように、優しい口調で語りかける。


「アリス先生は先生失格じゃないです。立派な先生ですよ」

「違うよ…」

「違くないです。本当に愚かな先生は、自分の過ちを認めません。だけどアリス先生は、間違えたことを認めて、悔やんで、涙を流してる。さっきちゃんと村人にも謝罪したでしょう」

「うん…」

「だから先生は良い先生です。私はそんなアリス先生が大好きですよ」

「……本当?」

「はい」


アリス先生が私を抱きしめてきた。

2人でヒシッと抱き合う形になる。


「僕も助手ちゃん大好き…!」

「ありがとうございます」


ふうー…と心の中で安堵のため息をついた。

何とかなりそうだ。


私は先生の頭を撫でてから、そっと体を離した。

次に、椅子に縛られるププルさんの元へ向かった。


「ププルさん、どうして女性を攫ったりなんかしたんですか?」

「……ふん!」


そっぽむかれちゃった。

こっちも中々厄介そう。

どうしたものか。


「ププルさん、本当は悪い人じゃないんでしょう?」

「………」

「女性達は皆無事だった。ちゃんと村長と貴女で介抱してたんですね。どうしてですか?」

「………」


不貞腐れたような顔。

うーんどうしよう…。


困っていると、アリス先生がグズグスと鼻を啜りながらやって来た。

その目は腫れているが、もう泣いてはいない。


「先生…?」


アリス先生は、濡れた顔で私にニコッと微笑みかけた。

それはまるで、「僕に任せて」と言うように。


先生はププルさんの前にしゃがみ込み、優しい口調で言った。


「君は、賢い子だよ」

「……え?」


アリス先生の意外な言葉に、ププルさんは顔を上げた。


「村長の孫娘として、ずっとバレずにやってきた。僕も騙された」

「………」


ププルさんは、まだ怪訝そうな顔をしている。

しかし、アリス先生の話にはしっかりと耳を傾けている様子。


「なんで皆が君に騙されたか分かる?」

「………あ、あたしが、いたいけな女の子だったから」

「うん。正解」


先生はププルさんの頭を撫でた。


「よく分かってるね。優秀な子だ」


ニコリと笑う先生。


一瞬、ププルさんの顔が綻んだように見えた。やっぱり褒められるのは誰でも嬉しいんだ。さすが教育者。


「僕は君に大いに関心してるんだよ。僕は賢い子が好きだからね」

「………私、賢い?」

「うん。すごく」


ププルさんはコクリと頷いた。


「だから君に興味がある。なんで、こんな事をしたのか教えて欲しいな」

「………」


ププルさんは答えようとしなかった。

でもあともう一押しという感じ。  

どうやってププルさんの口から真実を引き出すか…。

見守っていると、アリス先生の口から魔法の言葉が飛び出た。


「怒らないから、言ってごらん」


ププルさんの顔が俄に明るくなった。


「…本当?」

「うん」


怒らないから…これは子供にとって重要な文句。


ププルさんはボロボロと泣き出した。

そして、語り始めた。


「…私、村長と同い年なの…」


大分ご高齢だった。

見た目は幼女なのに。

悪魔は人間より歳の取り方が遅いのだろうか。


「…村長のことが、昔から好きだった…。村長も私のこと好きだった……」

「うん」


アリス先生は優しく頷く。


「でも、村長は私以外の人とたくさん恋をした…。歳をとってからも、村の女達にたくさん片想いしてた…」


なるほど。

事件の全容が見えてきた。


「だから、村長が好きになった女を閉じ込めた…。それで、村長には夜だけその女達と戯れるのを許して、昼間はずっと私と仲良くしてもらってた」


色恋沙汰だった。

しかもかなりドロドロしてる。

アリス先生が言った。


「よく分かったよ。教えてくれてありがとう」

「うん……」

「でも君がやったことは悪い事だ。許される事じゃないよ」


お説教口調になるアリス先生。

ププルさんはウッと泣きそうな顔になった。


「まずは、村の人たちに謝りなさい。それから、今後一切、誰かを困らせるような事はしちゃダメ」

「………分かった」


素直に応じるププルさん。


「まあしばらくは人里を離れて魔界に戻ると良い。僕が返すから……」

「嫌」

「……や?」

「私、魔界に帰らない」

「……」


泣き顔のププルさん。

だけどその目はしっかりと先生を見据えている。

先生は目を細めて、ププルさんに尋ねた。


「…どうして?」

「だって…」


ププルさんが体に力を入れると、縛っていた縄がパーンと弾けた。

…取れるんかい。

さすが悪魔。

いや、感心している場合ではない。

暴れ出すのではないか。

そう警戒したが、違った。


ププルさんは体が自由になると、椅子から飛び降り、アリス先生を後ろのベッドに押し倒した。

所謂「床どん」状態になった。


「ププルさん、どうしました?」


アリス先生が表情を変えずに言った。


「アリス…先生…」

「何ですか」

「私、私も、アリス先生の助手になる」

「……はい?」

「これからは、先生の、側にいる」


アリス先生が意外そうな顔をした。


「それはまたどうして…」

「先生は悪魔の私を認めてくれた…。人間で私を認めてくれたのは、村長と先生だけ…」

「………」


先生は黙ってププルさんの顔を見ていた。

何を考えているのだろう。


ププルさんが首をかしげた。


「ダメ?」

「……あいにくですが、既に優秀な助手が僕にはいるので」


チラリと私を見るアリス先生。

ププルさんがムッとしたように言った。


「……じゃあ弟子になる」

「弟子を取る予定はありません」

「じゃあ先生の旦那さん」

「…なんで?!」


さすがの先生も突っ込んだ。

ププルさんは答えずに、アリス先生の胸に顔をキュウゥとうずめた。


「魔界に帰らない…。アリス先生と一緒にいる…」

「………」


アリス先生は押し倒されたまま、SOSの視線を私に向けた。


「助手ちゃんどうしよう…」

「…え? えっと…」


どうしようと言われても。

…たしかにこの子を無理矢理魔界に送るのは可哀想な感じがしてきた。


うーん。

丸く収まる良い方法はないかな。

ププルさんはアリス先生に相当懐いている様子。だけどアリス先生は助手も弟子も取る気はない。


…あ、そうだ!


私はトンチに近い妙案を思い付いた。


「先生、ププルさんを先生の教え子にすると言うのは、どうでしょう」

「…教え子?」

「はい。それだったら先生の側にいても、良いのでは」

「つまり、この子を家に迎えるといこと?」

「……それは…」


そうなるのだろうか。

別に保護者を見つけて、先生の学校に通うという形もありそうだけど。


ププルさんが顔を上げた。


「先生の、教え子になる!」

「えー…。君本当に反省してるの?」

「反省は、本当にしてる…。信じてもらうためなら何でもする…先生の側を離れる以外…」

「うーん」


アリス先生は唸りながら目を瞑った。

どうするか考えているのかもしれない。

ププルさんはそんな先生の様子を緊張した面持ちで見ていた。


アリス先生はパッと目を開いた。


「ププルさん、もしも僕の教え子になったら、ちゃんとお勉強しますか?」

「する!一生懸命!」

「悪い事はもうしない?」

「しない」

「村長の事は忘れる?」

「……忘れる、先生のことだけ想う」

「僕だけじゃなくて、全ての善人のことを想ってほしいな」

「分かった…がんばる」


アリス先生は「やれやれ」という風にため息をついた。


「じゃあとりあえず離れてもらえますか?」

「うん」


ププルさんはベッドから降りた。

アリス先生も体を起こし、ベッドに座った。


「ププルさん…いやプーちゃん」

「「プーちゃん?!」」


私とププルさんの声が重なった。

アリス先生はププルさん……改めプーちゃんへ手を伸ばした。


「君を教え子として迎えるよ。これからよろしくね」


プーちゃんは満遍の笑みを浮かべた。


「うん!よろしくお願いします!」

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