第10話

洞窟でひっ捕らえた男を連れて、私とアリス先生は村へ戻った。

村人達は蔓(アリス先生が魔法で生み出した)で縛られている傷だらけの男を不審そうに見ていた。

向かったのは村長の屋敷。

屋敷には村長と、孫娘のプルルさんが2人きりでいた。

村長は蔓で縛られる男を見るなり、


「こやつが悪魔なのですか…」


と震えた声で尋ねた。


「ええそうです」


とアリス先生。


「捕まえて下さったのですね…。これでこの村も安泰です」

「それはどうかな」

「はい?」


アリス先生の返答に驚きの声をあげる村長。


「先生…それはどういう事ですか…?」

「今ここで説明する前に、一旦村人達を広場に集めてもらえませんか? 全員でなくとも、来られる人だけで良いです。そこでお答えしましょう」

「…なぜです、悪魔は捕まえたではありませんか」

「皆で共有するべき真実ですから。さあ僕の言う通りにして下さい」

「…いや、貴女にどういうお考えがあるのかは知りませんが、そういう訳には…」


アリス先生が私の方へ視線を向けた。


「助手ちゃん」

「はい」


私はポケットから杖を取り出し、杖先を村長へ向けた。


うっうぅ…というププルさんの弱々しい泣き声が聞こえた。

村長は「ひぃ」と後退った。


「…な?! 何なのですか?」


アリス先生が落ち着いた声で呼びかける。


「村長」

「…こ、こんな脅すような真似、許されるとでも?!」

「ええ許されますとも。で、村人を集めて下さいますね? 村長」

「…っ…」


ププルさんが声を上げた。


「…あ…あ、どうして、こんな、こんな事……」


彼女は大粒の涙を流した。

小さな体は震えている。

私は彼女の方へ近づき、その手をそっと握り、微笑みかけた。


「大丈夫です。ププルさん」


***


それから、村の広場に村人達が集められた。

その中心にいるのが、アリス先生、私、縛られた男、村長、ププルさんの5人。


私は、なおも泣き続けるププルさんの手を、屋敷からずっと離さずに握ったままでいた。


村人達が縛られた男を見て、あ!と声を上げた。


「こいつ、悪魔か?!」

「やっと捕まえたのか!!」

「嫁を返せこの悪魔!!」


村人達の怒号が飛び交う。

男は俯いたまま、何も喋ろうとはしなかった。

まるで意思をなくしたかのようにーー。


アリス先生がまず言った。


「こんにちは村人の皆さん。お集まり下さって、ありがとうございます」


村人達の視線が一斉にアリス先生の方へ集まった。

緊迫感溢れる場面にも関わらず、アリス先生の顔を見た者は皆、その美しさに「ほう」と息をついた。

村人の一人が尋ねた。


「あ、貴女は何者ですか…?」

「私はアリス・タルコス。魔術学者で、学校の先生をやっております」


村人達が騒ついた。


「アリス・タルコスだと?!」

「四大人じゃねえか!」

「何でこんな村に…」


若い男が、アリス先生の元に跪いた。


「アリス先生!貴女が、貴女が洞窟の悪魔を捕まえて下さったのですね!その男がそうなのですね!」


アリス先生は顔を横に振った。


「いえ…この男は悪魔ではありますが、女性達を攫った犯人ではありません」


村人達が再度騒ついた。

村長を見ると、ブルブルと体を震わせている。

ププルさんは「え…?」と驚いたように声を漏らし、私の方を見た。

私はププルさんの手を握る力を、より一層強めた。


アリス先生は男の服を魔法で剥ぎ取った。

そして、説明を行なった。


曰く、こう。

女性達を払った犯人は、プート・サタナキアという、女を操る能力を持つ悪魔。

最初は洞窟の男こそプートだと思ったのだが、どうも違った。

この男は実は男のふりをした女悪魔だった。

つまり、プートのフリをするように、真のプートに操られていたという訳。

では真のプートは誰なのか。


アリス先生は私と村長とププルさんがいる方に向かってきた。

そして、「犯人はコイツです」と言い、ある者の手を引いた。


ーー村長だ。


村長は村人の前に突き出された。

村人達は最初驚きの声を上げた。

村長が観念したように額を地面につき、


「私がプートです…」


と言った。

村人達はすぐに罵詈雑言を浴びせた。


「貴様!嫁を返せ!」

「ずっと俺達を騙してたんだな」

「娘はどこだ!!!」


石を投げる者もあった。

涙を流す者もあった。

アリス先生は何も言わずその様子を見ていた。


私はと言うと…


「まずいまずいまずい……」


顔色を真っ青にしていた。


やらかした。

違うんだよ。

そうじゃないんだ。

先生、分かってると思ってた。

何とかしなきゃ。

でもどうしようこの状況。


とにかく焦った。


だって真のプートは村長じゃないんだもん。

魔法の鏡でその正体を見たから知ってる。


「あの!」


私は声を張り上げた。

が、村人達の罵声に打ち消される。


ーーこうなったら


私は杖を取り出し、魔術譜の魔法を思い出した。


「トネール!」


呪文を唱えた。

すると私のすぐ横に生える木に


どかああああああん


と大きな音を響かせて、雷が降った。

成功した!

木は燃えた。


村人達が一斉にこちらへ注目した。

アリス先生も


「・・・助手ちゃん?」


と目を丸くしていた。


私は舞台の最中央におどり出ると、今まで握っていた彼女の手を引っ張り、その肩を抱き寄せた。


「この子がプートです!!!」


そう、魔法の鏡が教えてくれた真のプート・サタナキア。


それは、ププルさんだった。

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