第14話

新しいお家に着いた。

以前アリス先生が一人で住んでいた家よりも段違いに大きい。

木造の2階建てで、オレンジの屋根がチャーミングなお家。

メルヘンなデザインだ。

思わず言った。


「かわいい…」

「助手ちゃんが気に入ってくれて嬉しいよ」


とアリス先生。

プーちゃんも目をキラキラさせて「お〜」と声を漏らしていた。

中に入る。

木の心地良い香りが漂う。

1階はリビングルームで、大きな机と、椅子が4つ並べてあった。

台所もある。

でも、一番目立っていたのはーー。

アリス先生がルンルンと壁に向かった。


「ん〜素晴らしい…!」


そう言って頬を擦り付けたのは、なんと大きな黒板。


「サラサラ〜。これでいつでも授業ができる」


アリス先生は黒板にべったり張り付いている。

顔は幸せそうにニマニマと笑っていた。


…根っからの『先生』だ…。


2階に上がると、いくつもの部屋があった。

先生の書斎と、私の部屋と、プーちゃん部屋がそれぞれ決められた。

プーちゃんは自分の部屋をもらえて、かなり嬉しそうな様子だ。

今日買った家具は、明日届けてもらう予定なので、何もない部屋だが、

プーちゃんは窓辺に座ったり、床でゴロゴロしたりして遊んでいた。

微笑ましくそれを見ていると、


「助手ちゃん、ちょっと良い?」


とアリス先生に呼ばれた。


「…はい」


アリス先生の書斎。

元々あった大量の本が山積みになって部屋を埋め尽くしている、

アリス先生は窓の外の月を眺めた。


「…先生…?」

「月が、よく見えるよ。助手ちゃんも来てごらん」

「…はい」


私は先生の真横に並んだ。

窓から月を見る。

綺麗な満月だった。

月の輝きのせいで周りの星々は薄らいでいる。

…月は、私が元いた世界と変わらないんだな…。

そう思った。

ふいにアリス先生が言った。


「助手ちゃん」

「…はい」

「さっきはありがとう」

「酒場での一件ですか?」

「うん」

「……」


…どういたしまして。

…気にしないでください。

…勝手なことしてごめんなさい。


うーん。

何と答えれば良いのか分からなかった。


「僕、がんばるから」

「…え?」

「がんばってステップ魔法があることを証明するんだ」


アリス先生が強く言い放った。

ふと、疑問が浮かんだので尋ねる。


「……あの、素人質問で恐縮なのですが…」

「ちょっと待ってその聞き方やめて!!」

「え、どうしたんですか」

「……いやごめん、続けて」


コクリと頷く。


「皆の前で、実際にステップ魔法を使えば良いのではないですか。私と最初に出会った時に、転送魔法を使ったでしょう」

「うーん」


アリス先生はポリポリと頭をかいた。


「実は、あれは数年に一度しか使えない大魔法なんだ。もっと新しい原理を発見すれば常用出来るようになるかもしれないけど…」


え、と思わず声を出した。


「私の前で魔法を使ったのは…数年に一度の大魔法だったんですか」

「うん、そうだよ」


アリス先生はニコッと笑った。

どうして貴重な魔法を私一人しかいない時に使ったんだろう。

そう思っていると、アリス先生が、「あの時はーー」と語り出した。


「僕が酔っ払ってたのもあったんだけどさ。君に見てもらいたいと思ったの。もう世間の誰にも信じてもらえなくて良いから、目の前のこの子には僕のことを信じてほしいって。で、思い切って使っちゃった」


てへっと笑う。


「……なんでそんな…初対面の私なんかに…」


アリス先生は、俯いて窓辺を強く握った。

優しい笑顔を私に向けたが、どこか切ない。


「…僕、あの日会見でひどい事を沢山言われたんだ。それで傷ついて、ヤケ酒して…もう全部どうでも良いかなって、森を彷徨って、それでいっその事こと………」


先生が言葉を詰まらせた。


「…先生?」

「…僕はあの森で、物凄く悪い事をしようと思ったんだ。でも、君と出会って思い止まったってわけ」

「はあ」


あまり深く聞かないでおこう、そう思った。

それは面倒くさいからではなく、先生のことが大事な存在になっていたからだ。

どうでも良い人ではないから。

少しでも先生が嫌な気持ちになるようなことはしたくないから。


ドアの方からプーちゃんの声が聞こえた。


「先生ー」


アリス先生がドアを開けた。


「どうしたのプーちゃん?」

「虫捕まえたー」


プーちゃんは胸元で手を握っている。

アリス先生はプーちゃんの頭を「よしよし」と撫でた。


「何を捕まえたんだい?」

「ゴキブリ」

「へえー、よく捕まえたねえ」

「うん、見て見てー」

「ほう。これは大きいね!」


・・・・・


私は自室に戻るとしよう。


その晩は、窮屈だったが元々あったベッドで、仲良く3人で寝た。


***



それからの日々は、平凡な日常が続いた。

アリス先生は日々、研究や仕事に明け暮れた。

たまに講演の依頼などもあり、家を留守にすることもあった。

プーちゃんは、まずは文字の勉強から始めた。

プーちゃんの集中力は凄まじいもので、1日自室にこもって勉強をしていた。

なんでもこの世界の言語は覚えることが多いみたい。

私も【言語理解】のスキルがなかったら大変な事になっていただろう。


私は『魔術譜入門I』の暗記に努めた。

その中には覚えてもまだ基礎が足りないために使えない魔術譜もあった。

だけど、先生曰く将来的に財産になるから、と使えなくても覚えておくことを勧められた。

本に載っている魔術譜を全て覚えると、今度は『魔術譜入門II』それから『応用編』にも取り組んだ。


食事は、毎日交代交代で自炊をするのが基本だが、外食する事もあった。

毎晩、寝る前の30分ほど、リビングルームの黒板を使って、アリス先生が歴史の授業をしてくれた。

私とプーちゃんは、そこでこの世界の歴史の知識を身につけていった。


一ヶ月が経ったある日。


アリス先生が私とプーちゃんをリビングに呼んだ。

机の上に二つの木箱が置いてある。

私とプーちゃんが不思議そうにそれを見ていると、アリス先生が「開けてごらん」と言った。

ピンクのリボンが付いている方が私で、黄色のリボンが付いている方がプーちゃんらしい。

木箱を開ける。

黒い布が敷き詰められていた。

取り出す。

金色の紋様が描かれた黒いローブと、フリルとリボンが付いた黒いとんがり帽子だった。


「これは…」


先生の方を見る。


「学園の制服だよ。来週から新学期だから、君たちにも通ってもらおうと思ってね。手続きはもうしておいた」


横からプーちゃんの「お〜」という声が聞こえた。


「先生、学校、楽しみ」

「うんうん。学校は楽しい所だよ」


アリス先生がプーちゃんの頭を撫でる。


「友達、できる…?」

「出来るさ!あ、でも悪友とはつるんじゃダメだよ」

「あたし悪い人分かる。心配ない」

「うん!頼もしい」


私はその横で届いたばかりのローブを眺めながら、彼女達の会話を聞いていた。

するとアリス先生がこちらに顔を向けた。


「助手ちゃんは、楽しみ?」


私はローブと帽子を胸元でギュッと抱いた。

そして、精一杯の笑顔で言った。


「はい!とっても!」

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