第3話
アリス先生のお家に向かった。
場所は、ギルドから30分ほど歩いた森の中。
ポツンと佇む木造のお家。
そんなに大きくない。
アリス先生が扉を開くと、キイイと鳴った。
「さあどうぞ」
「…!はい」
少しドキドキしながら中に入る。
まず目に入ったのは、本。本。本。
狭い部屋の中に大量の本が山積みになっていた。
床にも本が散乱している。
足の踏み場がないくらい。
壁は本棚で覆われていて、ギッシリと本が詰め込まれていた。
本棚以外にある家具は、机と椅子と、ベッドと、小さなクローゼットだけ。
正直、女子2人で暮らしていくにはかなりの困難を極めそう…。
アリス先生がベッドを指差す。
「助手ちゃんはそこに座っておくれ」
「はい…」
良いのかな…と思いつつ、言われた通りにベッドに腰掛けた。
アリス先生は、安楽椅子に深く腰を沈めた。
「ではまず、改めて自己紹介をするね」
「はい、お願いします」
ペコリと一礼。
「僕の名前はアリス・タルコス。魔術学者で、学校の先生をしている」
「学校の先生・・・」
「そう。ここに来る時、街の中心に大きな建物が見えたでしょ」
思い出す。
うん。確かにあった。尖塔の大きな古城みたいな建物。
「あそこがチャムリンマ魔法学園。僕が教鞭を取っているところだよ。……あ、ここチャムリンマは、魔法学園を中心とした、学園都市なんだ」
「なるほど…」
森で出会った時、「教え子」って言ってたのはその事だったんだ。
ふと、今朝のアリス先生との出会いを思い出す。
そういえば・・・。
私は小さく手を上げた。
「すみません、お聞きしたいことがあるのですが…」
「なんだい? 質問は大歓迎だよ」
ニコニコと機嫌が良さそうなアリス先生。
人懐こい笑顔が愛らしい。
「先生はヤケ酒をして森に来てしまったと仰ってましたが、何かあったんですか?」
アリス先生の顔が一瞬にして強ばる。
「聞いちゃう?」
あれ?
聞かないほうがよかったかな。
するとアリス先生はウルウルと女々しい瞳をこちらに向けてきて、もう一度「聞いちゃう?」と尋ねてきた。
あ、これは聞いて欲しいやつだ。
「はい」と頷く。
「聞くも涙、話すも涙の胸糞話なんだけど」
「はあ」
変な前置き。
先生は淡々と語り始めた。
「僕はとある研究所に勤めていたんだ。そこで日々、魔法の研究に邁進していた。だけどある日のことーー」
先生は話しながら、安楽椅子から私の隣に移ってきた。ピッタリと肩が触れ合う。
「僕は『ステップ魔法』という画期的な魔法原理を発見したんだよ。で、さっそく論文を書いて、研究所の学者達に入念にチェックしてもらって、世に出したんだ。それはもう賞賛の嵐だったよ」
「へえ、すごいですね」
先生はニコっと微笑を浮かべた。
でもその笑顔の裏にどこか悲壮感を孕んでいるのを、私は見逃さなかった。
「だけどね、その論文には一箇所だけ間違いがあったんだ。僕も学者の先生達も見落としていた」
「直せば良いのではないですか」
フルフルと首を横に振るアリス先生。
「直したんだけどね。世間がそれを許さなかった。…世間、といっても一部のタチが悪い素人達ね。「『ステップ魔法』はない、アリス・タルコスは詐欺師だ」というデマを風潮しやがった」
「・・・なんでそんなこと」
「ゴシップ好きの奴らは、僕を『世紀の美少女詐欺師』として囃し立てたかったんだよ。あとは、若い女の子が大偉業を成し遂げたのが気に食わなかったんだろうね。ジジイ共の嫉妬は見苦しい」
「・・・」
なんと言えば良いか分からなかった。
アリス先生の肩が震えているのに気づく。
よほど悔しかったのかもしれない。
先生はギュッと胸元で手を握った。
「で、助手ちゃん、ここからが大事」
「はあ」
「昨日、広場で会見をしたのさ。謝罪とアンチへの反論のためにね。でも野次馬しか来てなくて、非難ばかり浴びせられた。だから僕はあえて情緒的に、涙を流しながらこう言ったんだ」
先生は宙へ虚ろな目を向けた。
そして力強く言った。
「ステップ魔法は…あります…!」
ん?
なにこの既視感。
「でも信じてもらえなかった。僕は研究所を追放された。他の学者達だって僕の論文に濃密に携わったのに、だ。僕だけ責任を負わされたんだよ。ねえどう思う? ひどくない?!」
ムゥゥと眉にシワを寄せるアリスさん。その目は今にも泣きそうなほどウルウルしている。
「…ひどいですね」
「だよね!だから今朝嫌がらせをしたんだ」
「嫌がらせ、ですか?」
アリス先生は懐から杖を取り出した。
「今朝、僕がドラゴンに転送魔法を使ったのを見てたね?」
「はい、すごかったです」
ふふふ、と妖しげに笑うアリス先生。
「研究所に送ってやったんだ。ドラゴン」
「…え!大丈夫なんですか?」
「まあ大惨事にはなったろうね」
アリス先生は満足気にそう言った。
・・・いや、それはちょっとしたテロ…。
「あ、大丈夫だよ。心配しなくて。研究所の奴らだって一応エリート魔術師だし、なんとか対処しただろう」
そうかもしれないけど、懸念材料はもう一つある。
「…あの、先生がやったってバレたらまずいのでは…」
「心配ないさ。あの転送魔法はステップ魔法の原理を応用したんだ。だから、僕しか使えないし、世間はその存在を認めていない。研究所も万が一僕がやった事が分かったとしても、建前上公表できないだろうね。あのジジイ共は自分の名誉のためにしか動かないクソだからね」
クックック・・・とアリス先生。
悪い顔をしている。
***
それから、助手の業務について色々聞かされた。まとめると、家事、研究のお手伝い、出張のお供、雑用その他…という感じ。
「てことで、よろしく助手ちゃん」
ニッと真っ白な歯を出して笑うアリス先生。
無邪気だなあこの人は。
「はい、よろしくお願いします」
私は礼儀正しくお辞儀をした。
「で、さっそくなんだけど・・・雑用を頼まれてくれないかな」
アリス先生は申し訳なさそうに目を逸らした。
「はい、なんでしょう」
「お遣いに行ってきて欲しいんだ。これから一緒に生活するにあたって必要なもの。ちょっと待ってね。メモを書くから」
アリス先生は、懐にあった手帳のページを破いて、サラサラと文字を書いていった。
「はいこれ、よろしくね」
渡された紙を見る。
ーーーーーーーーーーーーー
【魔法道具店】
・杖(助手ちゃん用)
【食品店】
・お弁当(僕と助手ちゃんの晩飯)
・葡萄酒(僕用)
ーーーーーーーーーーーーー
「他にもお洋服とか必要なものはあるんだけど、今日のところは最低限のものを買ってきて欲しいんだ。行けそう?」
「はい、でも場所が分かりません・・・」
「待っててね、今地図を書くから」
アリス先生は、また手帳の切れ端にサラサラとペンを走らせた。
「はい、よろしく」
手渡された地図は、丁寧に分かりやすく書かれていた。
アリス先生は懐から銀貨が入った小袋を取り出して、机の上に置いてあったショルダーバッグに入れた。
それを私の肩に掛けた。
「じゃあ、よろしく頼むね。本当は僕も一緒に行きたかったんだけど、溜まったお仕事を消化しなくちゃいけなくて…すまないね」
「いえいえ。大丈夫です。私、一人で行けます」
アリス先生は私の頭を優しく撫でた。
「頼もしい助手だ。この街は優しい人ばかりだから、分からないことがあったら聞くといい」
「はい。では行ってきます」
「行ってらっしゃい、僕の可愛い助手ちゃん」
アリス先生はそう言うと、右手で私の髪の毛をサラリと流した。
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