第4話

まずは、魔法道具店を目指す。

お家を出て、森を抜けて、街を歩く。


アリス先生の地図通り行けば難なく着きそう。 

のんびり歩いていた。

周りを見渡せば本当に異世界だ。

服装も、建物も、日本とは違う。

昔のヨーロッパみたいだなあ。

そんな事を呑気に考えていると、


「ようお嬢ちゃん」


声をかけられた。


見ると、若い男がクッキーと飴玉を両手にチラつかせていた。

サングラス? 

みたいな真っ黒のメガネをしていて、服を微妙に着崩している。

どことなくチャラい。


「俺んち来ねえか? 美味しいお菓子がいっぱいあるぜ?」


これはついて行っちゃいけないやつだ。

瞬時に分かった。

小学校の安全講習で、誘拐犯の恐ろしさはしっかりと叩き込まれている。

私は男を無視してスタスタと歩き出した。

しかし、男はついて来た。


「お? なんだお嬢ちゃん、いけすかねえなぁ。お兄さんのところに来たら、好きなものあげるよ」


無視、無視。

少しでも反応したら相手を期待させてしまう。それが一番いけないよね。


スタスタスタ


とさらに足を早める。

男も私に合わせて足を早めた。

しつこいな。


「なあ、おい、お嬢ちゃん、無視はいけねえぜ。パパとママにそう教えられなかったか?」


無視。


「おい、おいお嬢ちゃん。おい!」


男が私の手首をグイと引っ張った。


次の瞬間


ゴンッ・・・


と鈍い音が響いた。

私が蹴ったのだ。

男の急所を。


「…ぐっ……」


男は顔を真っ赤にして、股間を両手で押さえた。

その場にしゃがみ込む。

苦しそう。

まあ自業自得だけど。

私はその場からタッタッタと走り去った。

厄介事はごめんだ。

地図を見ながら、魔法道具店まで走った。

着いた。

小さなお家が軒を連ねる中の一軒。

看板には『魔法道具専門店』と書かれている。

木造の建物で、所々木が剥げかけていたり、腐っていたりして綺麗とは言えない。

だけど、不思議な雰囲気があった。


ガチャリ


ドアを開ける。

木の心地よい香りが鼻腔をくすぐった。

アンティークな小物が所狭しと敷き詰められている。

奥のカウンターから、


「いらっしゃい」


と男の人の声が聞こえた。

見ると、パイプを吸うダンディーなおじさんがカウンターに肘をつけて、ニヤニヤと笑みを浮かべながら、こちらを見ていた。

私は深々と頭を下げた。


「こんにちは。初めまして。杖を買いに来ました」

「そうかい、礼儀正しいお嬢ちゃん。見ねえ服装だな、転生者か?」


中学校の制服姿の私を舐めるように見るおじさん。


「そうです」と頷いた。


「この店は初めてだよな」

「はい、アリス先生がここを地図で案内してくれて……」

「アリス? もしかして、アリス・タルコスちゃんの事か?」


「ちゃん」という敬称に違和感を覚えつつ、コクコクと頷いた。


「私、アリス先生の助手になったので…」


おじさんは驚いた顔をした。


「助手? あのアリスちゃんが助手を取ったのか」

「はい・・・」

「はあ、あのお嬢ちゃんがねえ・・・。俺はあの娘が10歳の時から知ってるんだ」

「そうなんですね」

「ああ。変わった子供だったよ。何をする時もずっと本を読んでるんだ。しかも内容は大人でも眠たくなるような難しい学術書」

「へえ」


あの先生だったらあり得そうな話。

子供時代が容易に想像できる。


「まあ良いか。で、杖が欲しいんだったよな。ちょっと待ってろ。初心者におすすめの杖を持ってくる」


おじさんはそう言うと、お店の奥から3本の杖を持ってきた。

カウンター席に並べられた。

それらを眺める。


一つ目は、両手で持たなければならないような長い杖。

二つ目は、木でできた30センチほどのシンプルなデザインの杖。

三つ目は、魔法少女アニメに出てくるような豪奢な杖…。


「どれが良いかい?」


うーん。

長いのは持ちにくそうだから論外で、豪奢な杖も恥ずかしい。

消去法で私はシンプルなものを指さした。


「これが良いです」

「ワンドだな。ちょっと待ってな。今、お嬢ちゃん用に加工してくるから」

「はい、お願いします」


おじさんを待っている間、お店の中を眺めていた。

本や羅針盤や地球儀?のようなものがたくさんある。他に文房具や食器も。アンティークな雑貨屋さんという感じ。

10分ほどして、おじさんが戻ってきた。


「はいよ。出来たぞ」


ポンと杖を手渡される。

見ると、木で出来た杖の表面に、小さな装飾が施されていた。

桃色で星や女の子の絵が描かれている。

その先端には、アリス先生の杖と似たような桃色の玉が埋め込まれていた。


「わああ、可愛い…」


にかっとおじさんは笑った。


「気に入ってくれて良かったぜ。何せ若い女の子の趣味は難しい」

「とっても気に入りました。私の杖・・・。」

 


ギュウウと杖を抱きしめた。

自分だけの杖だと思うと、何だか子供のように愛おしく思えてきたのだ。

おじさんはそんな私を微笑ましく見ていた。

代金は銀貨の単位が分からなかったので、おじさんに教えてもらいながらお支払いをした。


「あの、杖、ありがとうございました」

 

帰り際、私はペコリとお辞儀をした。


「大事にしますね」

「ああ。きっと杖も喜ぶぜ」

「はい」


私はニコリと笑った。


すると、おじさんはサッと顔色を変え、真面目な表情になった。


「なあ、お嬢ちゃん、今日は急ぎか?」

「…え?」

「ちょっくらお茶していかないか」

「……えっと、遅くなったらアリス先生が心配するので・・・」

「少しで良い。ちょっと見てもらいたい物があってな」

「・・・・」


見てもらいたい物?

急に何だろう。

少し気になったので、「はい」と頷いた。

お店の奥に通された。

そこは、おじさんが一人で暮らしている部屋らしく、机と椅子2つとベッドが置いてあった。本棚もある。

・・・なお、アリス先生のお家よりは断然片付いていた。


「そこに座っていてくれ、今お茶を出すから」

「あ、お気になさらず…」

「良いから良いから」


椅子に腰掛けて、おじさんを待った。

しばらくすると、おじさんは暖かい紅茶を持ってきてくれた。


「まあ飲んでいけ」

「ありがとうございます、いただきます」

静かに紅茶をすする。


おじさんは、机の引き出しから小さな布袋を取り出した。


「お嬢ちゃん、お前さんに見てもらいた物ってのがこれなんだが…。その前にもし良ければギルドカードを見せてくれないか」

「…え? はい」


私は机の上にティーカップを置くと、ポケットからギルドカードを取り出し、おじさんに渡した。

おじさんは私のギルドカードをまじまじと眺めた。


「…モミジちゃんっていうんだな。【魔力】は10000、【適正】森羅万象…。すげえな。【スキル】は言語理解だけか…」


この人、何かを見極めている・・・?

そんな気がした。

おじさんは「ありがとう」と言うと、ギルドカードを返してきた。


「で、モミジちゃんに見せたい物だが、これだよ」


小さな布袋を渡された。

重さはあまりない。

でも、中に何か硬い物が入っている。


「開けてごらん」

「はい…」


布袋から中の物を取り出した。

小さな手鏡だった。

木で出来ていて、魔法陣みたいなペンタクルが描かれている。


パカリ


と開く。

上面と下面に鏡がついていて、どちらも私の顔が映っている。

いたって普通の手鏡。

おじさんへ視線を向ける。


「あの、これは・・・」

「モミジちゃん、今、見たいものはないか?」

「見たいもの…?」


急に何の質問だろう。

うーん・・・見たいものかあ。

ないな。

特に思いつかない。

私が黙りこくってしまっていると、おじさんが言った。


「モミジちゃんは女の子だから、お姫様には興味がないか?」

「お姫様? この国にいるんですか?」

「ああ。気になるか?」

「はい」


お姫様…いかにも異世界って感じだ。

いるならその姿を拝んでみたい。


「よし、その鏡にお願いしてごらん。お姫様を見せて下さいってな。あ、『鏡よ鏡』と最初に語りかけるのを忘れるな」

「…え?」


おじさんはニヤニヤと口元に笑みを浮かべていた。

しかしその目は、笑っていない。

真剣に私のことを見つめていた。

…この鏡も何かの魔法だろうか。


「……」


状況をよく理解できないが、おじさんに言われた通り私は鏡に話しかけた。


「…鏡よ鏡、お姫様を見せて下さい…」


すると、不思議なことが起こった。

今まで私の顔を映していた鏡が、突如として見知らぬ女の子を映し出したのだ。

その子は、頭に豪華な王冠のようなものを被っている。


「…え? うそ、何これ…」

「何か見えたか?」

「はい、なんか、綺麗な女の子が、映ってます…」


す、すごい。

魔法…だよね!


はっはっはっはっはっ


と突然、おじさんが大声で笑い出した。

びっくりして肩が跳ねる。

おじさんは嬉しそうに声を張り上げた。


「やっと見つけたぞ。鏡を使えるやつ」


鏡を使えるやつ?

何のこと?


「お嬢ちゃん、その鏡はな、いかなるものも映し出してくれる、魔法の鏡なんだ。」

「いかなるもの…」

「ああ。それを使える者はこの世界にたった一人しかいない。それがモミジちゃんだ」


私しか使えない魔法の鏡?

・・・うーん、何で?


「釈然としないって顔だな。ちょいと俺の話を聞いてくれないか?」

「はあ」


おじさんの話の内容はこうだ。

今から30年前、このお店を訪ねてきた魔法使いがいた。その魔法使いは、おじさんに手鏡を預けた。そして、こう預言を残した。


ーー30年後、この店に一人の少女が現れる。その子は唯一この魔法の手鏡を使える子だ。彼女にこの手鏡を渡すようにーー


「すなわちそれがモミジちゃんだったってわけ」


おじさんは嬉しそうに言った。


「その、魔法使いさんって誰なんですか?」

「知らん」


ぶっきらぼうに言うおじさん。


「…えっと、何で私なんですか? 私、今朝転生してきたばかりなんですよ」

「知らん」

「・・・この鏡は何なのですか?」

「知らん」


知らないことばかり!

情報が少なすぎる。


「なんで私がその少女だって、分かったのですか?」

「…何となくだよ。30年後に来店する少女って情報しかない。だから半分は勘だ」

「・・・・」


私が困惑していると、おじさんはワシワシと私の頭を撫でてきた。


「まあ、それはやる。どう使うかはモミジちゃん次第さ」

「…え? こ、こんな大事なもの頂けません…」


私は手鏡を布袋に入れた。


「いやいや、貰ってくれ。モミジちゃんに渡す為に30年間大事に保管しておいたんだ。それに、モミジちゃんは賢い。目を見ただけで分かる。アリスちゃんの保護下というのも安心だ」

「……でも…」

「あ、そうそう」


おじさんは人差し指を口元に添えた。


「この鏡のことは、俺とモミジちゃんと…例のどこにいるかも分からない魔術師だけの秘密だ。絶対に誰にも言ってはいけないぞ。アリスちゃんにもだ。30年前、魔術師にキツくそう言われた」

「そんなあ」


アリス先生に言えないのはキツい。

やっぱり返そう。

こんな大事なもの頂けないし。


「やっぱり貰えないです…!」


おじさんに布袋に入った手鏡を返した。

が、右手で制止される。


「何としても貰ってくれ。じゃないとこの手鏡が日の目を見ないんだ。30年前の魔術師がなぜ少女に託せと言ったのかは分からんが、何か意味があるはずだ…」

「……」

「まあとにかく紅茶を飲め。冷めてしまうぞ」

「は、はい……」


***


結局、魔法の鏡は私がもらうことになった。

おじさんと少し談笑をしてから、よくお礼を言って店を出た。

食品店に行って、今晩の夜食とパンと葡萄酒を購入。

ポケットには例の手鏡が入っている。

ふと、その力をもう一度自分で確かめようと思った。

人のいない裏路地に隠れて、手鏡を取り出す。手鏡をパカリと開いて、何を映し出すかを考えた。

うーん、うーん。よし。

鏡に向かって語りかけた。


「鏡よ鏡、この国で一番美しい人はだあれ」


お決まりのセリフである。

すると、私の顔を映していた鏡面がポワ〜とぼやけ、とある少女が映し出された。

水色の髪に純白の白衣…

て、アリス先生じゃないですか!

わああ、やっぱりあの人はこの世界でも飛び切りの美人さんなんだなあ。

いやいや、と首を横に振る。

そうじゃなくて…


「鏡の力は本物だったんだ…」


念の為、他にもお願いしてみることにした。


「鏡よ鏡…えっと、この街で一番大きな猫さん見せて」


鏡面は、アリス先生の顔から、大きく太った野良猫の映像に移り変わった。

わあ、何これ面白い!

魔法の手鏡の力を確信した。

手鏡を布袋に仕舞い、ポケットに入れた。

まだどう使うかは決めてないけど、大事に持っておこう。

おじさんに言われたように、誰にも知られずにーー。


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