第8話

コゼットくんが村まで案内してくれた。

そこは小さな村で、農村などをして暮らしているような田舎だった。

村の入り口で、一人の少女が出迎えてくれた。

ストロベリーブロンドのショートヘアに、丈の長いワンピースを着ている。

年齢は8、9歳くらいだろうか。

幼い。

でも、その顔に無邪気さはなく、どこか落ち着いた雰囲気。


「ようこそ、いらっしゃいました」


女の子は私や先生と目を合わせようとしない。

人見知りなのかな。

先生はニコリと上品に笑い、挨拶をした。


「こんにちは。お嬢さん。僕はアリス・タルコスです。今日は、洞窟調査の依頼を受けてこの村にやって来ました」


女の子は小さくコクリと頷いた。


「私は、ププルと申します。貴女のことは、祖父から、聞いております」

「祖父? 貴女のお祖父様はどなたですか?」

「祖父は、村長、です」

「そうですか」


どうやらププルさんは村長のお孫さんのようだ。

ちなみに今回の依頼主は村長。

さっそくププルさんは村長さんの屋敷へ案内してくれた。

村長さんの屋敷は、村で一番立派な建物で、唯一の煉瓦造りだった。

村長の部屋に通される。


大きな広い部屋で、その中央には長い机が置かれていた。

その奥に小さなご老人がチョコンと座っている。

あの人が村長さんか。

ご老人が言った。


「やや、ようこそいらっしゃいました。アリス先生。私はこの村の村長をしております。どうぞ、お掛けください」


アリス先生はププルさんの時と同じように自己紹介をした。

ついでに私の事も助手として紹介してくれた。

本題に入る。

まず村長さんが尋ねた。


「この村の近郊の洞窟に、悪魔が住み着くという話はコゼットからお聞きになりましたか?」

「ええ。」

「女性を連れ去るという話も?」

「・・・いえ、それは今初めて聞きました」

「そうですか。では、ご説明致しましょう。ここ最近魔物の動きが活動的になっているのはご存知でしょう」

「はい」

「その事と関係があるかは定かではないのですが、数年前から洞窟に悪魔が住み着くようになったのです。なぜか奴は、夜な夜な村の女性を攫っていくのです」


アリス先生は「ん?」と首を傾げた。


「なぜ洞窟の悪魔が女性を攫っていると分かったのですか? 貴方は悪魔を見たことがあるのですか?」

「私ではないのですがね、村の者が見たのです。夜中、大男が女性を攫っていく様子を」

「なるほど」

「どうか、我が村を救っていただけないでしょうか…」

「・・・他に情報は?」

「いえ、奴の事は詳しく分かっておらずこれぐらいしか…」


アリス先生は頷くと、立ち上がった。


「では、今からその洞窟に案内して頂けますか?」

「え?」


村長さんが驚いたような顔をした。


「今お行きになるのですか? 準備などもありましょう。明日にしたらどうです、宿も用意してあります」

「いえ、すみませんが仕事が立て込んでいるので、村には泊まれません。すぐに洞窟へ案内してもらえると助かります」


村長さんは困った顔をしたが、アリス先生の勢いに押され、渋々「分かりました」と頷いた。

村長さんが「ププル!」とお孫さんの名前を読んだ。


「はい」


ププルさんが飲み物が乗ったお盆を手に部屋に入ってきた。


「先生方を今すぐ洞窟に案内なさい」

「…え? 今から?」

「ああ。」

「分かった。お爺ちゃん…」



***


早速、ププルさんの案内で洞窟に向かった。村を出て、森を通る。

すぐに洞窟に着いた。

ププルさんが洞窟を見つめながら言った。


「ここが、例の、悪魔が出るという洞窟…」


よく見るとププルさんは、頬を真っ赤に染めて、目には熱いものを溜めている。

怖いのかな。


アリス先生が杖を取り出し、ププルさんの方へ向けた。

ププルさんの体が水色に光った。


「はい、君にお守りの結界を張っておいたよ。あとは僕達に任せて、村に帰りな」

「ありがとうございます」

「こちらこそ、案内ありがとね」


ププルさんはペコペコと慌ただしくお辞儀をすると、村へ帰っていった。


「さて」


アリス先生は洞窟の中は目を向けた。


「ここに悪魔がいるのか。確かに異様な魔力を感じる…」


私は不安気に尋ねる。


「悪魔は強いですか…?」

「どうなかなあ。まあ僕の敵ではないだろうけど」


自信たっぷり。

さすが先生。

洞窟に入っていった。

しばらく歩くと、

奥の方から

ドスンドスン

と喧しい足音のようなものが聞こえた。


「あ、悪魔ですか…?!」

「いや、魔物でしょ。恐らくドラゴンかなあ」


敵が闇の中から姿を表した。

先生の言う通り、赤い甲羅のドラゴンだった。


ギャオオオオオン


と吠えた。


ひっ…!

やっぱり迫力がある。


私は杖を取り出して、ドラゴンの方へ構えた。警戒を怠らない。


しかし先生は至極落ち着いている。


パチン


と先生が指を鳴らした。

するとドラゴンは「キュ・・・」と小さく呻き声を上げたあと、バタンと倒れた。


ん? 今、何が起こったの?


「せ、先生、何を…」

「魔法で首を絞めて殺した」


怖!そんなリアルな殺傷能力あるの?

もっと、炎でバーンとか、水バシャーンみたいな派手な戦闘が繰り広げられるかと思ってた。


それから、ドラゴン、ゴブリン、オークなどの魔物に何度も遭遇した。

その度にアリス先生が面倒くさそうに倒していった。全て瞬殺。

本当にお強い…。


丁度10体目の魔物を倒したその時、


「あ・・・」


先生が何かハッとしたように声を上げた。

そして、顔を真っ青にして私に言った。


「…ごめんね助手ちゃん、僕ばっかり魔物を倒してた…」

「え?」

「助手ちゃんも戦いたかったよね、せっかく魔法覚えたんだもんね…」

「あ、いえ…」


戦いたくはないです。

こいつは俺にやらせろ!的な戦闘狂ではありませんから。

常識人です。


「次に魔物に遭遇したら、助手ちゃんに譲るね」

「はあ」


譲るって何ですか譲るって。

さらに奥へ進んだ。

ドスンドスン

と大きな足音が聞こえた。

うわあ。

次は私が戦わなきゃいけないのかあ。


「よし、助手ちゃんいけ!やっちゃえ!」


ばん!と背中を叩かれる。

この人は楽しそうだ。


仕方ない。

勉強したことを活かせるように戦おう!

ポケットから杖を取り出した。

一寸先は闇、へ杖先を向ける。


どすん、どすん、どすん


巨大な何かが、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。

ひい、緊張する。

中学受験当日の時と同じくらい怖いよっ。

・・・いや、魔物と相見えるというのにその程度の恐怖か。

自分で自分に突っ込んだ。

闇の中から姿を表したのは、鬼のような魔物だった。

2本の大きな角。鬼瓦みたいな顔。そのムキムキボディは真っ赤に染まっている。

身長は私の倍の倍くらい。


いやこわ!ビジュアルこっわ!


「わー、イフリートだあ、がんばれ助手ちゃん〜!」


アリス先生が無垢な笑顔で声援を送ってきた。


「…はあ、でもやっぱり可愛い助手ちゃんの晴れ舞台、見てるこっちが緊張してきた。授業参観で我が子を見守る父母さんはこんな気持ちなのかなあ」


今そんな暖かい気持ちなのか。


アリス先生の天然に付き合っている暇はないので、私は視線をイフリートへ移した。

いや怖い。何度見ても怖いわビジュアル。


ふうー・・・


と息を整える。


まずは集中。

昨日勉強したことを思い出して。

敵はイフリートか。

転生もののネット小説では何度も見たことのある名前だ。

確か炎系のモンスターだっけ?


じゃあ水系の魔法かな。


昨日、本で見た魔術譜を思い出した。

杖の振り方

呼吸

魔力放出

などの手順を思い出す。


ーーよし


練習通りに一連の動きをした後


「アクア!」


呪文を唱えた。

するとイフリートの地面に桃色の魔法陣が現れ、そこから大量の水が勢いよく吹き出した。


やった!成功!


オオオオオオオオオオオン


イフリートの断末魔のような声が洞窟内に響く。

敵の声が聞こえなくなるまでは魔法を放ち続けた。

溺れさせる作戦。


ばしゃあああ


水が吹き出す音とイフリートの鳴き声が重なる。


まだ、敵は生きてる。


オオオオオオオオオオオン


まだ。


5分ほどすると、ぴたりと鳴き声は止んだ。


…死んだかな?

杖を引っ込める。

同時に魔法陣と水も消えた。


中から出てきたのは、白目を剥いて口をぽっかりと開けたイフリート。

イフリートはそのまま力無く前方へドスーンと倒れた。


倒した…!


胸の中に感激が広まった。

初めて魔物を倒したのが嬉しかった。


ポンポンと頭を撫でられた。

見ると、頭上で先生が微笑んでいる。


「先生、どうでしたか?」


アリス先生は「うーん」と声を漏らして、人差し指をその小さな顎に当てた。


「55点かな」


思ったより低かった。

反撃の暇を与えずに倒したのに…。


アリス先生は、先生が生徒を指導するような口調で言った。


「確かに魔術譜はしっかりと読み込んでいるのが分かった。暗記もキチンと出来ている。炎系の魔物に水魔法を使う判断も正しい。」


まずは褒め言葉を頂いた。


「だけど、攻撃中杖の先がブレていたね。まずそこで-10点。ついで呼吸ね。緊張しちゃったからだと思うけど、大きく変動していた。-15点。あとはーー」


先生は-45点分の説明をきっちりとしてくれた。プロの先生にそこまで丁寧に採点してもらったのなら納得せざるを得ない。


…それでも少し悔しい。

先生は、そんな私の気持ちを察してくれたのだろう。

また頭を撫でてきた。

今度は優しく。


「でも自信を持って良いよ。最初から高得点を取る人なんていない。むしろ、初めて魔物に遭遇した子は皆腰を抜かして魔法どころじゃなくなる。その点助手ちゃんは戦った。そして実際に倒した。偉いよ」

「先生……」


胸がじんわり温かくなった。


「魔法のお勉強に大事なものは二つあるんだ。何か分かる?」

「…えっと、実践と…暗記…?」

「もちろんそれも大事だね。あと、僕の経験上、『反省』と、勉強した事の『繰り返し』。この二つが重要だと思ってる」


なるほど。

反省と繰り返し、か。

それは魔法だけじゃなくて、学問全体に言えることなのかもしれない。


「じゃあ反省も済んだところだし、進もうか」

「はい」

「ゴーゴーヘブン!」

「・・・・」


場を和まそうとして言ってくれたのだろうけど、ヘブンではないと思う。

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