第7話
翌朝、馬車の停留所に向かった。
アリス先生は、肩に大きな手提げ袋を抱えている。その中には本やらノートやらペンやらが無造作に詰め込まれていた。
「私が持ちますよ」と言ったが「自分の仕事道具は自分で持つよ」と断られてしまった。
馬車に乗った。
中には何人か既に乗客がいて、その中に子供が3人いた。
どうやらご家族も乗っているようだ。
アリス先生と私は隅っこの席に座った。
先生は、席に座るなり本を読み始めた。
読みながら、ペンでメモ書きをしたりしている。
私も『魔術譜入門I』を開き、昨日覚えたことの復習を始めた。
タッタッタ
と元気の良い子供たち3人が駆けてきた。
男の子と、女の子と、小さな女の子。
小さい子は可愛いなあ。
どうしたんだろう…。
男の子がアリス先生を見て大きな声で言った。
「『ステップ魔法は、あります』の人じゃん!」
アリス先生のページをめくる手がピクッと止まった。
「そうなのぉ?」
女の子が聞いた。
「うん!回覧板の似顔絵で見た!実物めっちゃ可愛いじゃん!」
「お人形さんみたい…」
末っ子らしき女の子が言った。
「『ステップ魔法は、あります』って泣きながら言ったんだよね」
「そうだよ」
おいおいおい、やめい。
先生の方をチラリと見る。
アリス先生は今にも泣きそうなくらいウルウルと目を潤わせていた。
体もプルプル震えている。
ダメージを受けている…!
それ姿はまるで、生まれたての子鹿…いや、小リス?
男の子がアリス先生の袖を引いた。
「ねえお姉ちゃん!『ステップ魔法は、あります』って言ってよ!」
無邪気さの暴力。
これはいけない。
ご両親は何をしてるんだろう…。
父親と母親らしき人の方を見ると、他の乗客と談笑していた。
自分達の子供が何をしているかは見てらっしゃらない様子。
うーん、仕方ない。
私が先生を守らねば。
私は本をパタリと閉じると、子供達に言った。
「…ねえあなたたち、私と遊ばない?」
子供達が嬉しそうに笑った。
「遊ぶ!おままごとする!」
「家族ごっこしよう!こっちにきて」
子供たちに袖を引かれた。
ホッと一安心。
馬車の中央。
子供達の指示で床に座らされた。
女の子が楽しそうに言った。
「私がお母さんで、お姉ちゃんは娘ね」
「じゃあ俺はお父さん」
「あたしはペット!」
次々に役割が決まっていく。
女の子が私の背後に回って、髪の毛をいじりだした。
髪を結んでくれているみたい。
お父さん役の男の子が怒鳴った。
「おい娘!宿題はやったのか!」
「やりました…」
「うそつけ!お前が机に向かっているところ、父さんは見たことないぞ」
この子が本当に父親に言われた台詞なのだろうか。
とにかく厳しいお父さん役らしい。
ペット役の女の子がペロリと私の手を舐めてきた。
「にゃおーん」
ひっ…可愛い…!
そんなこんなで平穏無事におままごとが続いた。大人達は、そんな私たちのことを微笑ましく見ていた。
「はい、出来ましたよ!」
髪の毛をいじっていた女の子が、鏡を持ってきてくれた。
「どう?」
耳の下で綺麗な二つ結びが出来ていた。
赤いリボンがついている。
「可愛い!ありがとう」
「えへへ」
女の子は満足気だった。
すると男の子が突然、私の頭をベシッと叩いてきた。
「おい宿題はやったのか!」
まだ怒っているようだ。
女の子が男の子に怒鳴った。
「ねえ!せっかく結んだんだから叩かないでよ!崩れちゃう!」
「知らん!俺は父親なんだ!」
「ばかお兄ちゃん!」
女の子が男の子を叩いた。
「何をする!」
兄妹の喧嘩が始まった。
慌てて止めに入ったが、聞く耳を持ってもらえず、喧嘩は取っ組み合いに突入していった。
ご両親の方を見ると、また他の乗客と談笑していて、気づいていない。
「ばか妹!あほ!」
「お兄ちゃんなんか大嫌い!」
二人とも泣き出していた。
あわわ、どうしようこの状況…。
「にゃおーん、にゃおーん」
「ひっ…」
ペット役の女の子は相変わらず私の足や手や顔までもをペロペロと舐めてくる。
何このカオス状態…。
困っていると、頭上から声がした。
「君たち、ちょっとこれをごらん」
アリス先生だ。
先生は、子供達の前にしゃがみ込むと、懐から杖を取り出した。
子供たちは喧嘩をやめ、不思議そうにそれを見た。
アリス先生が杖を一振りした。
すると、ポンッと音が鳴った後、キラキラと輝く星屑が宙を舞った。
綺麗だ。
子供たちも目を輝かせてそれを見た。
女の子が胸元でギュッと手を握り、尋ねた。
「すごい…綺麗…!ねえこれ魔法?」
先生は「うん」と笑顔を見せて頷いた。
「お姉ちゃんも、あそぼう。にゃおーん」
末っ子ちゃんがアリス先生の白衣を引っ張った。
お仕事の途中だった先生は「うーん」と唸った。
「ねえ遊ぼうよ、遊んでくれないとやだぁ」
泣き出しそうになる末っ子ちゃん。
「分かった。ちょっとだけだよ」
先生が了承すると、子供たちは喜んだ。
「じゃあ、お姉ちゃんはお人形さんね!そこに座って!」
女の子の言葉にアリス先生が「はーい」と頷いた。
女の子はアリス先生の背後に回り込み、その髪の毛をいじりだした。
男の子はその間、先生にお説教をしていた。
…この子のお父さんは説教ばかりする人なのだろうか。
しばらく子供達のおままごとに付き合わされる時間が過ぎた。
馬車はやがて、降りる予定だった停留所に到着した。
その頃には、女の子の器用な手によって、先生の髪型は、2つの三つ編みお下げになっていた。女学生みたい。
アリス先生は荷物を持って、子供たちに別れを告げた。
「じゃあ達者でね」
「うん!綺麗なお姉ちゃんバイバイ!」
馬車を降りる。
降り際、男の子がアリス先生に言った。
「ステップ魔法、見つかるといいね」
「・・・・」
***
「だからもうあるんだってばあ」
馬車を見送った後、先生は私の肩をガシッと掴んで、泣きそうな声で言った。
「ねえ、助手ちゃんなら信じてくれるよね」
「…は、はい。信じますとも!」
グスリ、と鼻を啜る先生。
元々『魔道四大人』で名を上げていた先生は、絶世の美少女だったことも相まって「ステップ魔法は、あります」でさらに有名になってしまったみたい。
子供達にまで広まるくらいに…。
先生は、子供達の言葉にかなりダメージを受けているようだった。
「こんにちは。アリス先生」
男の子の声が聞こえた。
見ると、金色の髪をした美少年が立っていた。私と同じくらいの年齢に見える。
先生は泣きそうな顔からスッと真面目な表情に変えた。
「こんにちは。コゼット・ユーゴーくん」
「先生、ご無沙汰しております。今日は遠くからありがとうございます」
「いえ良いんですよ。可愛い教え子のためですから」
教え子ってことは、この子は先生の生徒さんなのか。
それにしてもアリス先生、表情から口ぶりまで全て変わってる。
これは『先生の顔』なのかな。
アリス先生が私を少年の前に突き出した。
「この子は僕の助手のモミジさんです」
慌ててペコリとお辞儀をした。
「はじめまして、モミジと言います」
「はじめまして。ボクはコゼットです。モミジさんは何歳?」
「12歳です…」
「じゃあ同い年だね。タメ口で良いよ」
「…!うん!」
この世界に来て初めて同年代の子と会った。
なんだか嬉しい。
コゼットくんが、アリス先生の髪の毛へ視線を向けた。
「お下げなんですね…」
「女児にやられました」
「はい?」
先生は三つ編みヘアーで、私は赤リボンの二つ結び。
解こうとすると女の子が泣きそうになったので、そのままにしていた。
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