第6話

翌朝。


私は部屋にたった一つしかないベッドで体をムクリと起こした。


アリス先生は普段は椅子で寝ていて、めったにベッドを使わないらしい。

で、安楽椅子の方を見ると、案の定先生が寝てーーいなかった。

机の上で本に読み耽っている。

時々ブツブツと何かを呟きながら、ペンで本に書き込みをしている様子だ。 

お仕事? 研究?


うーん。昨晩は私の方が先に寝たはず。 

早寝早起きなのかな。


「先生、おはようございます」

「あ、助手ちゃん起きた?」


アリス先生がクルリとこちらに顔を向けた。

朝らしい爽やかな笑顔だ。

だけどその目の下には小さなクマができていた。


もしかして…


「先生、寝ていないんですか?」

「うん、近代魔術に関して面白い論文を見つけてしまってね」


徹夜らしい。

お体が心配。


「あの、寝たほうが良いのでは…」

「一徹くらいどうって事ないよ。それより助手ちゃん、顔を洗ってきなよ。今日は君に、魔法の使い方を教えてあげる!」


キラキラと目を輝かせる先生。

この人、本当に魔法が好きなんだなあ。

魔法の先生に直に教えてもらえるのはありがたいことだ。

私は急いで外の井戸水で顔を洗って、部屋に戻った。


先生はパンをモグモグと咥えていた。


「ほい、助手ちゃんも」


昨日購入したパンで、朝食を済ませた。


魔法は、先生のお家がある森の中で教えてもらう。

森に出る。

鬱蒼とした木々に覆われた場所。

空気が気持良い。


先生が楽しそうに言った。


「じゃあまず、単純な魔力放出から教えてあげるね」

「お願いします」


ペコリと一礼。


「助手ちゃんは炎でも水でもどんな魔法でもこなせちゃうんだよね。とりあえず炎魔法の練習をしてみようか」

「はい」

「的があった方が良いな…」


アリス先生は懐から杖を取り出し、軽く縦に振った。

すると、ポンと音を立てて、小さな可愛らしいぬいぐるみが出現した。

ぬいぐるみは、黒いローブを羽織ったお爺さんの形をしている。


「これを的にしよう」

「お爺さんのぬいぐるみなんですね」

「ああ、これかい?」


ただの的なのに、何故わざわざ人の形にしたのか気になった。

深い意味があるのかもしれない。


アリス先生はニヤリと笑った。


「これはね、僕を追い出した研究所の所長を模したぬいぐるみなんだ」


私怨でした。


「しかもこのぬいぐるみ、ちょっとした呪いが掛かっていて……まあこの話は良いか。よし、じゃあ魔力の放出方法を手取り足取り教えてあげる」

「…は、はい」


最初に言いかけたことは聞かなかった事にしよう。


それから、本当に手取り足取り、魔力の放出方法を教えてくれた。

杖の振り方。

体のどこに力を入れるか。

呪文。

などなど。


学校の先生だけあって、非常に分かりやすい。


「一連の動作は頭に入った?」

「はい!」

「じゃあ実際にやってみよっか。分からないことがあったらなんでも聞いてね」

「了解です」


お爺さんのぬいぐるみに杖を向けた。

先生に言われた通りの動作をした後、


「フィアンマ!」


呪文を唱えた。


が、魔力が発動される事はない。

なんでだろう。

不安気に先生の方へ視線を向けた。

すると、先生はニコニコ笑って私の頭を撫でた。


「大丈夫、大丈夫。最初から魔法を使える人なんていないから。魔法はね、初めの一歩が一番難しいんだよ」

「先生・・・」


お優しい!


「こればっかりは数あるのみ。出来るまでやってごらん。その間僕は本を読んでいるから」

「はい!」


先生は、近くの切り株に腰を下ろして、本を読み始めた。

ペンで何か書き込みをしている。

あれもお仕事かな。


「よし」


私は気合を入れて、もう一度ぬいぐるみの方を見た。

それから何度も、何度も呪文を唱えた。


フィアンマ!

フィアンマ!

フィアンマ!

・・・・・

・・・・

・・・

・・ 


1時間くらい続けていた。

だけど、一向に魔法を使える気配がない。

うーん、どうして?

先生の方を一瞥した。

ゴロリと草むらに寝転んで、ペンを片手に読書をしている。


数あるのみ、だよね。

何度でも頑張ろう!


再度ぬいぐるみへ杖の先を向けた。

頭の中で炎をイメージして、


ーーフィアンマ!


刹那、何者かに抱きかかえられた。

後ろにグイと引っ張られる。


「…え?」


ぼかあああああん


と物凄い爆発音。


気付くと私は空高く浮いていた。

下を見ると森全体が目に入った。


ん? 空に浮いてるってどう言う状況?


「やってくれたね」


頭上からアリス先生の声がした。

現状を確認。

アリス先生が、私を抱きかかえて空に浮いているようだった。

いや、よく見ると、先生は箒の上に立っている。

で、下を確認すると森全体が燃えていた。

焦げ臭い。

悶々と湧く煙。


つまりこういう事。

私の炎魔法が大成功しすぎて、森全体が爆発した。

先生は咄嗟に浮遊魔法で箒に乗って私を助けてくれたのだ。

私は先生にお腹を抱えられている状態。

魔法が成功したのは嬉しいけど、大惨事になってしまった。

私は先生に抱えられながら慌てて言った。


「ご、ごめんなさい…」

「なに、謝る事は何もない。魔法が成功したんだ。喜ばしいことだよ」

「でも森が…」

「それは大丈夫!」


先生は本を持つ手を振り下ろした。

すると森の炎が一瞬にして消えた。


「はい、元通り。折れた木も全部直しておいたよ」

「お家は…」

「僕のお家は強力な結界を張ってるからね。このくらいの爆発じゃどうって事ない」

「そうなんですね」


とりあえず安心だ。

地上に戻った。

先生が箒を投げると、家の方まで一人でに帰って行った。

魔法すごい。


「魔力放出は成功したね。しかし助手ちゃん、初めてであんなに大きな爆発を起こせるとは。君の潜在能力は僕以上かもしれない」

「そうなんですね」

「うん、育て甲斐がある。先生頑張って教えちゃうよ!」


素直に嬉しかった。

アリス先生は腕を組み、考える素振りをした。


「うーむ。さてどうしようか。助手ちゃんの場合他の子と同じ教え方ではダメみたいだ」

「…なんでですか?」

「普通はね、魔力放出はすごく苦労するんだよ。皆最初はちょびっとしか出せなくて、何回も練習してやっと自分が持てる分の魔力を放出できるようになる。しかし、助手ちゃんは魔力が多すぎるゆえ、必要以上の魔力を放出してしまう」

「はあ」

「つまり魔力放出はそれ以上必要ない。むしろ大きくすぎて使い物にならない。自分もダメージを受けてしまうからね。まあ抑える練習は必要だけれども」


アリス先生は、先程からずっと読んでいた本をドーンと私の目の前に突き出した。


「今の君に必要なのはこれ!」


表紙を見る。


『魔術譜入門I』


と表題。

まじゅつふ?

当然ながら初めて見る単語だ。


「これ、何ですか…?」

「うん。魔術譜は、魔法を使うための譜面のこと。杖の振り方、呼吸の仕方、力の入れ方、どの魔力を放出するか、などによって、使える魔法が違ってくるんだ。それが複雑であればあるほど、結界で防ぎにくくなる。この本には沢山の魔術譜が載ってるんだ」


なるほど。

つまり、音楽で言うところの楽譜、あるいは将棋で言うところの定跡みたいな感じかな。


「と言っても、ここに出てくる魔術譜を全て覚えるのは大変だ。だから、助手ちゃんに覚えて欲しい所をピックアップしておいたよ。目次のところにチェックマークを入れたから、確認してごらん」

「ありがとうございます」


先生から本を受け取り、目次を確認した。

たしかに、番号のところに赤いチェックマークが書いてある。

そっか…。

私が魔力放出の練習をしている間、先生はずっと私の為にこの作業をしてくれていたんだ。

ありがたい。


「アリス先生、私、一生懸命勉強しますね!」

「うん。勉強は大事だよ」


学者の先生が言うと、言葉の重みが違う。

アリス先生はピンと人差し指を立てた。


「それじゃあ今日は実践練習は終わり。君の優先課題は、魔術譜を覚えて基本の感覚を身につけることだ。座学の時間だよ」

「…はい!頑張ります」


先生は満足気にニコリと笑い、私の頬を撫でた。


***


その日は一日、先生の家で魔術譜の暗記に勤しんだ。

ちなみにアリス先生は、史料を集める為に、学園の図書館に出向いているので、私はお家で一人だ。


魔術譜を覚えるにあたって、杖を実際に振ってみたり、体内の魔力を調整してみたり、呼吸を譜面通りに整えたりして、目ではなく体で覚えるようにした。


途中、集中力が切れてウトウトしかけたので、上手く仮眠をとりながら勉強をした。


なんだか中学受験を思い出すなあ。

失敗したけど。


夜。


先生が帰宅した。


「ただいま。」

「お帰りなさい」

「勉強は順調かい?」

「はい。先生がピックアップして下さったものは、全て覚えました」


先生は「おお」と目を見開いた。


「優秀だ。3日はかかると思ってたよ」

「えへへ」


褒めてもらって、思わず頬がほころんだ。

頑張って良かった。


晩ご飯は、先生が買ってきてくれたお弁当を食べた。

先生が安楽椅子に座って、私はベッドに座っている。


「ところで助手ちゃん」

「はい」

「明日、とある場所を調査する為に出張をするんだけど、一緒に来てくれる?」

「…!もちろんです」

「良かった、ありがとう」


出張のお供かあ。

なんか助手っぽいお仕事。


「あの、ちなみにどこに行くのですか?」

「ここからちょっと離れた村だよ。馬車に乗って移動する。僕の教え子が住む村でね、何でもその村の洞窟には悪魔が出るって言うんだよ。」

「なるほどです…」


悪魔が潜む洞窟かあ。

ザ・異世界ファンタジーだ。

想像しただけで何だかドキドキする。


アリス先生は首をかしげた。


「やだ? 怖い?」

「いえ、全然大丈夫です。足手まといにならないように、がんばります」

「助手ちゃん…。そんなに気を張らなくて大丈夫だよ!もう居てくれるだけで助けになってるから!ていうか助手ちゃん居ないと無理!」


女々しい…。

昨日出会ったばかりなのに。

でもそんなアリス先生の一面も可愛らしく思える自分がいた。


先生は「あ、そうだ」と何かを思い出した。


「このお家、大きくしようと思ってるんだ。やっぱり女の子二人で暮らすには狭すぎるから」

「大きくって、魔法でそんなことできるのですか?」

「うん、出来るんだけどね、今回は建築魔道士さんに頼もうと思っているんだ。プロに頼んだ方が住み心地の良い家をデザインしてくれるからね」

「そうなのですね」

「うん…」


先生が首を傾げた。


「楽しみ…?」

「もちろんです!」


パアアと先生の顔が明るくなった。


「うん!僕も楽しみだよ」

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