第8話 劇団の問題とこれから
俺達[演劇集団きなりいろ]の代表の一人である、藤池周多さん。
彼は約6年前、ワイドショーや週刊誌、ネットニュースの主役になった人物だ。
始まりは、当時上周秀太という芸名で将来有望人気実力派舞台俳優と称されていた周多さんが、格上の人気女優である篠礼乃さんと婚約を発表した事からだった。
この発表はさわやかな実力派カップルの誕生だと世間からもファンからも大いに祝福された。さらには、周多さんは有名舞台作品の主演、礼乃さんは連ドラ主演がそれぞれ決まりプライベートも仕事面でも充実し二人には明るい未来が待っている、はずだった。
―入籍間近の篠礼乃、イケメン俳優と二股発覚-
センセーショナルな記事が週刊誌に取り上げられたのは、もう入籍予定日が目の前に迫った日の事だったという。
記事は瞬く間に拡散され祝福ムードから一転、礼乃さんは信じられないほどのバッシングを受ける事となった。
ところがこの騒動はここで終わらず、ここからまた大きくなっていくのだ。
―上周秀太、悲劇の主人公気取りで元アイドルと蜜月交際―
礼乃さんの記事が出てから約1週間後、今度は別の週刊誌に周多さんの二股交際記事が載せられたのだ。
連日、自分達は被害者だと交際相手のイケメン俳優と元アイドルが様々なメディアに登場し続け騒動に拍車をかけていく。結果、一連の騒動は抑える事も出来ないほどに日に日に大きく燃え広がってしまった。
しかし、肝心の周多さんと礼乃さんはこの騒動が始まってからというもの「必ず真実をお話します。どうか信じて待っていて下さい」とだけ声明を事務所から出したのみで、それから表に姿を見せる事はなく、ただ静かに全ての仕事から自ら降板を申し出るだけだった。
マスコミが躍起になって二人の消息を探したが見つける事は出来ず、事務所も親しい関係者も口を決して割る事はなく、さらには彼等の家族でさえどこかへ雲隠れしていた。
いくら周りが騒ごうが当の本人達が出てこない事には話にならない。
しばらくは異常なほど過熱した報道やネットも、周多さんと礼乃さんを問題から逃げ出した卑怯者と叩きつつ次第に収まっていった。
そして、この収まっていた騒動がまた大きく動きだしたのは、世間からの興味が薄らいでも俳優と元アイドルが未だにメディアでこの騒動について話を続けていたあれから3カ月後の事だった。
突然、動画配信サイトにとある動画が配信されたのだ。
動画に出演していたのは行方をくらましていた周多さんと三礼乃さん、それから二人の顧問弁護士の三人。まずは深々と頭をさげ、ファンの方への謝罪をする。
そして、この動画では信じられない事実が明かされる事となったのだ。
「この一連の報道は事実無根であり、今から全てを明らかにしたいと思います」
これらの騒動は全て記事を担当したという記者と二股交際相手とされていた俳優と元アイドルによって作られた捏造であるというのだ。
三人はただ淡々と事実を話し、報道された全ての出来事に対し偽りのものだという証拠を提示していく。
加えてこの動画が投稿されたのちすぐに会見も開き公の場で改めて説明するという事、あまりにも巧妙に作られた捏造だったため下手に動けば無駄に長引き多方面に迷惑をかけ泥沼になっていくと予想が出来た事と、どこまでの人間がこの嘘に関わっているのか等の調査や十分な証拠集めと然るべき対応をとるまでに時間がかかってしまった事、携わっていた仕事関係者には最初の段階で本当の事を全て話しその上で慰留もしてもらっていたが騒動で迷惑をかけないようにと自らの意思で全ての仕事を降りた事、その上で発生した違約金や損害賠償金などは責任を持ってこちらで支払うという事等も語られた。
そして最後にもう一度頭をさげファンへ謝罪と感謝、そしてこのような事に巻き込まれてしまったのは自分たちの脇が甘かったからだとし、無期限活動休止して反省し自らを見つめなおすという事、落ち着いたら入籍し二人支えあっていく事を話した。
この動画通り、その日の内にマスコミへ向けた会見が行われ、二人は3カ月ぶりに公の場に姿をみせた。用意した証拠は全て紛れもない真実で、事態はあっという間にひっくり返る事となった。
その後調査の結果、それぞれの週刊誌は載せた記事が間違っていたという事を認め担当記者の解雇と謝罪と然るべき対応を約束し、全ての元凶である悲劇の主人公ぶっていたイケメン俳優と元アイドルも全ては自分達が作ったデマだったとすぐに認めた。
「はい、ここまでで一旦一息しようか~。どう?ここまでで質問とかある~?」
「…えっと、すみません、今のところはまだ上手く頭が追い付いていなくて…」
「あはは、だよね~!!」
要さんがケラケラと笑うが小川夕日の顔は固まったままだ。
まぁ無理もないか。要さんが重く暗くならないように話してくれたとして、いきなりこんな話を聞かされても困るだろう。いくら芸能事には疎い人間でもこの騒動については少しくらい覚えがあるだろう。
「まさか当時あれだけ騒がれた人間が目の前にいるなんて誰も思わないよなぁ~!」
「あ、いや…えっと…すみません…」
「いやいや、礼乃ちゃんはドラマとかCMとかバンバン出てたから覚えているだろうけど周多はなぁ~…。舞台の人間だったからねぇ~。分からなくても当然だから!」
そう言われた当の本人である周多さんでさえも自分で深く頷いている。
「あ~でもね、申し訳ないんだけどさぁ、もう少しだけ続くんだけど…平気?」
「…とりあえずは…」
小川夕日はさらに顔が曇ったがとりあえず話を受け止めていくらしい。
「うん、じゃあ無理ってなったら止めていいからね?…さて、話を再開するとして、夕日ちゃんは[ディープピンク]っていうアイドルグループ知ってるかな?」
「はい、知ってます…でも、そのグループって…」
「そう、周多達を嵌めた元アイドルがフロントメンバーを務めてたグループ。…それとね我が代表、章ちゃんが所属していたグループでもあるんだよ」
俺は章さんの名前を聞いた途端、小川夕日の目の色が変わった事を見逃さなかった。
周多さん達が動画を投稿する少し前の事、捏造騒動を起こした元フロント人気メンバーである槇右果が主演を務める舞台が発表されていた。
そしてグループを卒業したばかりの章さんもまたその舞台の出演者の中に名を連ねていた。
稽古さえも始まる事もないまま、この舞台は主演の不祥事によりお蔵入りになってしまった。
[ディープピンク]は大手芸能事務所ストレンジが作った大人数アイドルグループで人の入れ替わりも激しく、今までも多くの卒業生たちが芸能界へ羽ばたいていた。しかし人気アイドルグループのメンバーという看板を失った彼女達にとって芸能界は決して甘いものではなく、活躍している卒業生も少なくないがその陰で消えていくメンバーも方が遥かに多い。
そんな中で卒業一発目の舞台の仕事を失った事は章さんとってかなり痛手だったという。
しかし、グループ内で人気が高い方ではなかったものの章さんには並外れた演技力があった。
自ら志願し、規模は小さいながらも舞台オーディションを受け見事合格したのである。
また、その舞台での芝居がきっかけとなり、派手ではないが少しずつ業界内で評価や人脈を得ていく事となる。
そして章さんにとって決して順風満帆というほどでもないが、なんとか希望が見え始めてきた頃、自分の運命を大きく変えるとある人物と出会う。
それが俺をこの世界、劇団へスカウトしたあの白尾璃緒さんだった。
元々、共演舞台を通して白尾さんと知り合った章さんは都合が合えばお互いの舞台を観劇し合う程度の関係だった。
そう、ただの仕事仲間の一人。ただそれだけだった。
だがそれは突然章さんに襲い掛かる。
―あの噂のグループ元メンバー今度は人気イケメン俳優白尾璃緒にロックオン?―
たまたま観劇帰りに劇場近くで仲間達と談笑していた写真をまるで二人きりで親密そうに話しているかのように切り取られ、さらに話題を呼ぶために槇右果を連想させるような悪意のある記事を載せられてしまったのだ。
恋愛禁止が出されているグループにも関わらず定期的に熱愛報道が上がり、しかも相手がアイドルや若手俳優であることが多いことから、元々[ディープピンク]に対して女性層のアンチが少なくなかったが、さらに元人気メンバーだった槇右果の捏造問題が決定打となり、[ディープピンク]に対して世間の目はかなり厳しく冷たくなりそれは卒業生も対しても同じだった。
そんな時期に出てしまったこの報道、すぐにこの熱愛報道を双方が否定したものの、章さんに対してネガティブなバッシングは続き、さらには根も葉もない噂が流れだしてしまう。
―岡田章はグループ時代から槇右果の金魚のフンで捏造問題にも一枚噛んでいる。しかし槇右果がダメになってしまったから次にすり寄る相手を探し、男漁りのために芸能界に残っている―
章さんが槇右果と同期で同い年で特に仲も良く片や人気メンバーで片や不遇メンバーだった事、そして偶然卒業一発目の舞台も彼女の主演だったという事、加えて報道の見出しも相まって根拠もない噂はどんどんエスカレートしていったのだ。
ついには [ディープピンク]卒業生と共演NGという芸能事務所も出てきてしまう始末。
章さんはこの報道がきっかけで事務所を辞め、少しずつ積み上げていたモノを全て失う事となる。
それでもなんとか芝居を続けられるようにと一人もがいていた章さんに手を差し出した人物がいた。それがあの白尾さんだった。
「まずはこんな事になってゴメン。あと今だからこそ章ちゃんに会って欲しい人がいる」
「で。そこで出会ったのが周多で、色々あって章ちゃんが劇団を立ち上げたいってな~ってなって、今現在ここに至るんだけど」
「いや、急に雑に割愛したな」
誰しもが思った事を美早子さんが真っ先にツッコんでくれる。
「美早姉ぇ、そこも話し出したら日が暮れちゃうってぇ」
「まぁそうだけど、アンタ雑なの雑」
「ま~ま~そこはもう章ちゃんが言ってたみたいに追々でいいんじゃない?まずはほらこの劇団、[演劇集団きなりいろ]が抱える大きな問題について話しましょって事だったし~」
「も~…ごめんねぇ、夕日ちゃん、ウチ色々話す事があってさ」
「ほんとにね~」
「あ、いや…大丈夫です」
顔は未だ固いままだったが物腰の柔らかい二人がそれとなく場の緊張をほぐしたおかげで最低限の受け答えはできるようだ。
「えっと後、話さなきゃいけない事は~…」
「待って」
今まで黙って聞いていた聖が要さんの話を止める。
「ここからは、私が話したいです。自分の口から」
「なるほど、それは、聖ちゃん的に大丈夫なの?」
「もう慣れました」
一瞬章さんと、周多さんへ視線を送り二人が軽く頷いたのを確認し、優しく笑う。
「…そっか、じゃあ任せちゃおうかな」
「…はい」
聖は軽く深呼吸して小川夕日へ向きあう。
「…夕日ちゃん、私ね、一度芸能事務所に入ってたんだ…2カ月だけ」
「2ヶ月…?」
「うん。それでね、入ってすぐにね、映画の主演が決まりそうだって言われたんだ…でもね、そのためには映画のプロデューサさんと…その…寝て欲しいって頼まれたんだ。事務所社長に」
「あ…それって…」
「もちろん断ったよ!けど…ご飯だけでもって。そこで断ればよかったんだけど…二人きりじゃなかったし、大丈夫かなって。…でも、いつのまにか二人きりにされて、プロデューサさんお酒に酔っちゃって無理やり連れ込まれそうになって…でも、私は必死で逃げて…」
「そんな事が…」
「その事をね社長に訴えたんだけど、証拠もないし相手もお酒入ってたし、それにそんな事で文句言ったら事務所を潰されるって社長に泣きつかれて…それがきっかけで事務所も辞めたんだ…」
「…そう、だったんだね」
「だから私もね、一部ではちょっと業界的に良く思われてないというか…断ったのが本当に大物って言われている人だったらしくて…だからちょっと訳アリって言えば訳アリなの」
聖は慣れたと言っていたがこの話をするときはいつもどこか泣いているようだった。
そして話が終わった良いタイミング要さんが助け舟を出す。
「ま、つまりうちはさ~こんな感じだからさちょっと大変でねぇ~。ただお芝居をしたいんですっていうんだったらうちはちょっと面倒かもしれないよ~って話なんだよね~。話を色々聞いてさ、やっぱり入団を辞めるってなるならそれはしょうがない話なんだよ」
そこにきて周多さんが不機嫌そうに口を挟む。
「というかだな、こんな大事な話をしないで入団させるとかおかしいだろうが!
なんでそれでイケルって思ったんだよ、お前は!」
「はい…ごもっともです…まさか来てくれると思ってなくて、話したらすぐに入団しますって言ってくれたから…夕日ちゃんが入団してくれるって自分でも驚くほどものすごく嬉しくて…つい」
「つい、じゃない!つい、じゃ!」
「すみません…」
「まぁまぁ落ち着きなさいな、うるさくしてちゃ夕日ちゃんの考えがまとまらないでしょうが!それになんだったら今すぐにじゃなくても少し時間を置いて答えを出してもいいんじゃない?」
章さんと周多さんに挟まれる形で黙ったままの小川夕日をかばいながら美早子さんが提案を出す。すると黙っていた小川夕日が口を開く。
「…どうして?」
「ん?」
「どうして出会ってすぐの私にそんな大事な事を全て話してくれたんですか?もし私が今聞いたことを悪用したりSNSで拡散するかもしれないんですよ?なのに、どうして…」
「…ごめん」
「え?」
「勘」
「は?」
小川夕日は章さんから返ってきた言葉にポカンとしている。
あぁ、そういえば、俺も同じやり取りをしたな…この話を聞いた時に。こいつはやっぱり同じような人間だってことか。
がははは!とたまらず笑い出した要さんが小川夕日へ代わりに答えを渡す。
「章ちゃんはさ、人を見る目があるんだよ、まぁハズレもあるけどさ~。だから、この色々厄介ごとを抱えてるこの場所に夕日ちゃんを招いたって事はもうそれだけ信用に足る人間だと思うって事なんだよね、理屈じゃないんだよね、ウチの代表は」
「そうなのよ。ごめんねぇなんかこんな適当な返ししか出来なくて」
美早子さんが困ったように笑いながら続くと聖がそっと小川夕日の手を両手で握る。
「…嫌になったかな…入団…」
少しの間そのまま小川夕日は黙っていたが意を決したように聖へ返した。
「私の…気持ちは変わってない。私は入団したい」
「夕日ちゃん…」
「私は、この劇団で…[劇団集団きなりいろ]でお芝居をしてみたいの…」
その言葉を聞き場は一気に明るくなり聖はそのまま小川夕日へ抱き着くと続けて章さんまで抱き着いた。結果小川夕日は今日一番の動揺を見せ、二人とも美早子さんにまたストップをかけられる。そんな彼女達を周多さんは呆れたように、でも優しく見守っていた。
まぁ、こうなるよな。わかっていた。
俺は小さくため息をつく。そんな俺に要さんは全てを見透かしたように問いかけてくる。
「難しい顔の少年も、とりあえずはいいのかな?」
要さんには俺がいつもと違う事がバレているのだろう。まぁそもそもこの人に隠し事をする気はないが。
「まぁ…それにしてもよかったですね」
「ん?」
「…新しい人が増えて」
「ふふ。それは本音みたいでよかったよ」
そういうと要さんは軽く笑うと聖たちへ絡みに戻っていった。
見たところ今の小川夕日に脅威は感じられない。すぐに排除はしなくてもよさそうだ。
一旦様子見といったところだろう。
まぁいい。これからじっくり調べていけばいい。それに何かあればすぐに動けばいいのだから。
一体小川夕日は何者なのか、何が目的なのか。
どうなったとしてもだ、俺が今度こそ章さんを、フゥーシェ様をお守りしてみせる。
和澄さんの…エリットン=ロイ様のためにも。
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