第13話 これが私の「今」
書いている内に登場人物が勝手に動いていったとはよく聞く話で私にも身に覚えがある事。
それが今回も起こっただけで全く悪い事ではない。むしろその話はそうあるべきであったというだけ。今回だって自画自賛にはなるが良い話が出来たと思う。
でも、まさかここまで変わってしまうとは。
元々、第二回公演については旗揚げ公演とセットで長い間考えていた構想があったし、更に夕日ちゃんという強烈な新しい存在がこの劇団に加わった事が自分にとっての追い風となったのか、今まで書いてきた脚本の中で自分でも驚くほどにここまで不思議と迷うことなく一気に書き上げきた第二回公演脚本初稿。
ところが、書いているうちに練っていた展開と大きく変わっていき、当所考えていた物語とは全くの別物になってしまったのだ。
旗揚げ公演と同じく今回もうちの劇団員皆一人一人への充て書き。
そのせいか書いている内に、実際に舞台に立ち芝居をしている皆の顔、声、佇まい、照明、音響、出ハケなど全てが映像として頭の中で映像として流れ、まるで自分が観客として客席から物語を追いかけているような感覚に襲われ、無我夢中で終わりまで駆け抜けた。
そして夢中追いかけていった結果、いつの間にか話そのものが変わっていってしまったという訳だ。
でも、冷静になって何度も読み返してみたけれどやっぱり元々の話よりも、もう初めからこの話がこうなるものだったと思ってしまうほどしっくり来てしまう。
今の私の持ちうる全てがここに詰まっていると思うし、これ以上のモノは実際に稽古に入ってみないと見えてこない。
「うん。これでいこう」
私はPCの前で小さく呟き、腕を上へあげ伸びをして気を緩めた。
するとふと目の端に、書いている間ずっと放置していた携帯が飛び込んでくる。
「あ、やば」
執筆作業中はどうしてもその世界に潜ってしまうため携帯を放置する癖があり、その間はもちろんPCのメールチェックもしない。しかし劇団の代表でもある私は関係各所からの連絡が多い。代表が二人いる事になってはいるが本当の代表は私だけ。だから決定権や重要な物事は私が動かしているのだが、こうして私が携帯を放置したり、メールをチェックしない事により様々な進行がそこで止まってしまうのだ。だからこそ一時間おきでも何でもいいから定期的に携帯はチェックしろだとか、マナーにはするなだとか藤池さんからいつも注意されるのだが結局ついついそれを忘れてしまう。
恐る恐る携帯を確認して見ると案の定着信アリ。しかもその着信のお相手は藤池さん。
「また怒られるかな…」
苦笑いを浮かべつつ私はすぐに藤池さんに折り返した。
「まさか、自分から連絡寄こしてきて電話に出ないとは思わなかったんだけど。俺言ったよね?この後すぐに読むから連絡つくようにはしとけって。で、お前言ったよね?大丈夫です、この後は事務作業をしてるだけなのでって。携帯もメールもちゃんと確認しますって」
電話越しで顔は見えないが声だけで藤池さんがどんな表情をしているかがすぐにわかる。
「いや、だってこんなに早く読んでくれるなんて思わなかったんですもん」
一応の反撃。
「あ、そうですか、それはすみませんでしたね。早く読んだ方が諸々都合がいいと思いましてね、それはいらない親切でしたか」
「…すみませんでした」
「初めから素直にそう言え」
反撃とかしてみたけれど、これは私の分が悪い。すぐに折れた方が自分の為にもなる。
「っていうか、何?俺にデータ送ってからなんかまた修正とかしてたの?」
「あ、いや、何度か自分でも読み返してまして。そしたら…ついつい、色々考えちゃって」
「ついつい、じゃない。あのな、何回も言うけど俺みたいな身内だからいいものの、もしこれが外部の人間だったらどうすんだよ」
「いや、それは、大丈夫です。もう治しましたから。今回はほら、藤池さんだったからいいかな~と思いまして~」
「…お前、日に日に俺に対して扱いが雑になって来てるよな」
「え?そんな事ないですよ~気のせいですって!」
電話越しに聞こえる盛大な藤池さんのため息。これは会った時にまた怒られる奴だ。
「まぁ、いいや。このまま話しいても本題が遠くなるだけだ。いいか?この話は今度しっかりと直接話すからな」
「えぇ…」
「えぇ…じゃない!…とにかく、読んだぞ、本」
その言葉を聞いて私は少し緊張する。やはり自分の師に読んでもらう瞬間は何度経験しても慣れないものだ。
「…どうでしたか?」
「確かに。俺と話していた構想とは全く別物だな。まぁそこは問題ないだろう。そもそもこの劇団の代表、演出や脚本その全ての舵取りはお前なんだからな。俺がとやかく言う資格はない。お前がこれで良いと思ったならそれが正解だ。お前はその重さについても嫌というほど分かっているだろうし」
「はい…それはもちろん」
「それに、お前が狙いたかった旗揚げ公演とは真反対の劇団の姿を見せたいっていうコンセプトからはズレていない。前回とは打って変わってのバッドエンドのシリアスアクション」
「ちょっとシリアス感増し増しになっちゃいましたけど」
「確かにな。けど、ま、いいんじゃない?…俺は観たいと思ったよ。素直に」
「本当ですか?」
「ただ好き好みが出るのは間違いない。これだけ重い作品だと、どうしても苦手に思う層は一定数いるだろうし前回の旗揚げ公演とは毛色が違い過ぎる」
「そこは信じられないくらいに最初の段階でお知らせしていこうと思います。あえてチラシにも【注意!】みたいな文字をでかでかと載せてみようかと」
「なるほど。それが功を制すのかどうかはやってみないとわからないけど、やってみたらいい。で、そこは追々詰めるとして。そことは別にこの本には懸念点がある」
「懸念点?」
「この本だと、若手三人に相当頑張ってもらわないと話自体がグダって終わる。それになんとか舞台として成立しても今のままだと要さんと美早姉ぇに食われて観客の記憶には残らない」
「私も、書いていて、そこは結構やっちゃったかなって…」
「でも、お前はそれでもこの本で行くと決めた。そうだろう?」
「…三人ならきっとやれると思います。三人にとって辛い日々になるかもしれませんが…」
「ま、最悪要さんと美早姉ぇの二人芝居に変えればいい。下手もんみせるくらいならな」
藤池さん提案に一気にこみ上げる熱いものがった。
「それは、嫌です!皆で、この劇団の舞台を創ってみせます!」
思わず大きな声が出てしまって自分でも驚く。電話からは藤池さんの笑い声が聞こえてくる。
「その勢いなら大丈夫か。なら、頑張るとしましょうか、俺も」
「藤池さん…」
「そんじゃあまた次の集合日、そこでまた話すとするかね。いつもの時間でいい?」
「はい!お願いします!」
「わかった。じゃあそれまで色々考えとくわ。とりあえず執筆お疲れ」
「ありがとうございました」
藤池さんとの通話が切れたあとも私はしばらく携帯を見つめていた。
合格は貰ったものの問題は山積みといったところだろうか。
両手で頬を叩き気合を入れる。
書いたら終わりじゃない。ここからが本番なのだから。
まずは皆にこの本を読んでもらう。そこからだ。
私は期待と不安に胸をざわつかせながらもう一度作品に目を通した後、溜まっている劇団の仕事に手を付けた。
賑やかなお腹の音が鳴る。
仕事が一区切りついて気が抜けたのか自分は空腹なのだと自覚した。
そういえば今日は、朝ご飯を食べてからずっと仕事部屋に籠っていたため飲み物以外何もお腹に入れていない。
窓の外に目を向けると太陽は沈み、夜が始まっているようだ。
「もう九時過ぎてるじゃん…」
本当に時間の速さにはいつも驚かされてばかりだ。結構な時間が過ぎたという事がわかったからなのか、またお腹の音が部屋に響く。
「なんか、食べよ…」
私はのそのそと立ち上がり、久しぶりに部屋の外に出た。
部屋の外にでると、ダイニングの方からいい匂いが漂ってきた。
これは、まさか。
匂いにつられるまま私はダイニングへ急ぐ。
辿り着いたダイニングでは私が想像した通りの物が準備されていた。
「親子丼~!!」
「お。章お疲れさん。もうご飯食べられるか?」
ソファーの方から優しい声が飛んでくる。
声の方をを見やるとこの親子丼を作ってくれたであろうその人がいた。
「大智君ゴメン!帰ってたの気が付かなくて…それに、ご飯まで…」
「気にすんな。ちらっと部屋をのぞいたらなんか集中してたみたいだからさ、そのまましておいたんだ。今温めるから座って待ってな」
大智君はそう言うと私の頭に軽く手を乗せるとすぐにキッチンに向かって準備を始めてくれる。
「いいよ、自分でやる。大智君も疲れてるのに」
「いいから、いいから。ほら立ってないで座れよ。脚本、書いてたんだろ?完成出来たか?」
「うん。藤池さんにも合格貰ったよ」
「そうか、よかった」
大智君の優しいその笑みが私の疲れに響いた。
思ったよりも空腹や疲労がたまっていたらしい私はコンロに向かっている彼の背に吸い寄せられ行く。
「こら、火使って危ないから」
「ん~」
「ん~、じゃないよ、ほらお腹空いてるんでしょ?」
「ん~」
「も~困ったなぁ」
それでも離れない私を見て大智君はわざわざ火を止めて私に向き返ってくれた。
「はい、お疲れ様」
大きな彼の腕にすっぽりと包まれると一気に安心する。
匂い、温かさ、声の優しさ、全て、私が昔から大好きなもの。
劇団立ち上げを決めたと同時に大智君と一緒に住み始めたけれど、劇団最優先の私に代わって家事を率先してやってくれて、彼だって仕事で疲れているだろうに嫌な顔一つせずに私をこうして受け止めてくれる。ただひたすら甘えっぱなしの私はきっともう一人では生きていけないだろう。
思い返せば、小さい頃からずっと大智君は傍にいてくれた。
そしてそれは、アイドルや女優を幼い頃から目指していた私の邪魔にならないようにとあくまで友達、幼馴染として一定の距離を保って私の傍にいてくれていたのだ。
そんな大智君は私が恋愛禁止アイドルグループの一員としてデビューをした際に、連絡先さえも変え、関係を自ら断った。私もデビューの為に地元を離れたため、もう二度と逢う事はないんだろうなと分かっていた。これが私の初恋の終わりで彼の事は忘れようと努力した。
アイドルとして本気でやっていくために一度は関係を断った私達が再会したのは、私が熱愛報道騒動で芸能界を負われ挫けそうになっていた時だった。
ダメになりそうな私の前に現れた大智君はまさに私にとってヒーロだった。
人を信じる事さえ怖くなっていた私にもう一度立ち上がる勇気をくれたのは間違いなく大智君で、関係を断った後もずっと陰から応援してくれていた事を知った時は涙が出るほど嬉しかった。
「しつこくてゴメン、一度は本気で忘れたはずだった。だけど、もう一度君を好きになった」
大智君から想いを告げられたのは、私が今度は劇団主宰として前を向いて走りだすと決めた日。その時にはとっくに改めて彼の事を好きになっていた私はその気持ちを全力で受け止めた。こうして私の初恋は時間と形を超えて実ったのである。
「お母さん達にさ、大智ちゃんを絶対逃すなって言われちゃった」
私は気の済むまで大智君に癒された後、大好きな大智君特製親子丼を頬張っていた。
「おばさん達にもしばらく会ってないね、また会いに行かなきゃね」
大智君は私の目の前に座りにこにこと私の話を聞いてくれている。
「それも、もう少し先になるかなぁ…公演だとかなんだかんだ続くし…」
「そうだね、忙しくなるね」
「うん」
「でもさ、身体壊さないようにしてね」
「それはもちろん。全ては身体が資本!忙しくするためにも健康管理は大事!」
「ならいいけど…」
「心配してくれてありがと」
「いや、俺が心配性なだけだからさ。…」あ、そういえば、忙しいと言えばさ、見たよ?」
「え?何を?」
「璃緒君、また映画出るんだね。さっき情報解禁されたみたいで」
「あ、そうなんだ!私も後でチェックしよう」
私は大智君とこうして何気ない話をする時間を何よりも大事にしていた。
一度は離れた二人が今こうして一緒に生きている。それはとてもかけがえのないものだから。
「…前世から君を愛してる」
それは突然だった。
何気ない会話の中で突然放たれた言葉に私はお米を喉に詰まらせかけた。
「なに?急に?」
「ゴメン、つい。さっき話した璃緒君が出る映画のキャッチコピーが印象的で」
「あ…そういう事?」
「驚かせてごめんね、お茶飲む?」
「ううん。大丈夫…。でも確かに印象的だね…前世からか…」
「もし、そんな事があったら凄いよね」
「そうだね、まぁ、けど…」
「けど?」
「…ううん。なんでもない!」
「そう?あ。おかわりいりますか?」
「うん!いる!」
「わかった。ちょっと待っててね」
私が言い澱んだ事に少し引っかかったようだが、お椀が空になってしまっている事の方が気になってすぐに反応してくれる大智君らしさに心が温かくなる。
それに、やっぱり言えない。
前世だとかもし本当にそういう事があるのなら私は、大智君と前世から結ばれる運命だったとかならいいのにな。なんて、そんなこっぱずかしい事。
何、急にロマンチストなこと思ってるんだか。やっぱり少し疲れているんだな。
「はい、お待たせ」
「ありがとう」
私は再びお椀一杯に乗せられた親子丼を見て再度手を合わせて味を堪能した。
それに、前世だとかはよくわからないけれど私は今が幸せだからそれでいいのだ。
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